勇者
僕が途中で走り出してしまったせいで、
イグナさんと再び会うことは叶わなかった。
大図書館を出るとき、ほかの司書さんに
「新人で、眼鏡をかけた司書の方はいませんでしたか?」
と尋ねてみたけれど、思い当たる節はないらしい。
「イグナさん、という方なんですが」
そう伝えると、司書のおじさんは首を傾げた。
「うーん……そんな人、いたかなあ?」
大図書館の職員はかなりの数がいて、業務内容も、研究、蔵書の管理、新しい本の追加や精査など、多岐にわたる。
そのすべてを把握するのは難しいのだと、司書のおじさんは笑っていた。
……それでも。
今日一日を一緒に過ごしただけだけれど、イグナさんのことを思うと、同僚に名前も覚えられていないのは、大丈夫なんだろうかと、少しだけ心配になってしまう。
一言お礼を言いたかったな。
僕は他の司書の方にお礼を言って、皆と一緒に大図書館を後にした。
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ヴォルフさんの捜索と大図書館での調べ物に何日か費やしたころ。
ある晩、リサが切り出した。
「……ワガママが許されるなら、私はこのまま、ここに留まりたい」
正直に言うわ、と前置きしてから、リサははっきりと言った。
「私は大図書館にこもりたい。
深淵の鯨がどうとかは別にして、これは、完全に私のワガママ」
そして、二手に分かれるべきじゃないか、というのが彼女の提案だった。
このまま一ところにとどっまっていても、らちがあかなない。
「欲を言えば、リシアを置いていってほしいところだけど……
あんた、ユウと絶対一緒に行くでしょ?」
その問いに、リシアはほとんど反射的に頷いた。
リサは肩をすくめる。
「でしょうね」
そして続ける。
「だから提案。
リシアを置いていかないなら、私は私で、研究欲は我慢しつつ、ここでできる限り調べる」
「ユウたちは、ローレンを目指しなさい。
できる範囲でいいから、ギルドでのランクも上げること」
「そのあたりは、リシアとユノに任せるわ」
そう言ってから、リサはリシアを見た。
「特に、あんた。
今後のことは任せるから。
こっちに残らないなら、しっかりやりなさい」
別に、ユウを勇者に仕立て上げたいわけじゃない。
でも――
「法王猊下に見栄を切ったんだから、何もできないままじゃ、格好つかないでしょ?」
それが、リサの意見だった。
ユノも、笑って頷いた。
「見過ごせないって言った以上、自分のケツは自分で拭くさ……嫌なジジイだが、見返りもあったしな」
リシアは少し考えてから、こくりと頷いた。
リサは満足そうに笑う。
「よろしい!
じゃあ今後の計画よ!」
そして、ぴしっと手を叩く。
「……と、その前に。
ご飯!!」
すべての方針が決まったその場で、カイルだけが取り残されたように叫んだ。
「俺はっ!?」
***
その夜の宴は、なんだか楽しいものだった。
ラザリスのレストランだと窮屈だと、リサが言って。
ロザリオとリサのアルカナパワーを使って宿のキッチンを貸し切った。
作るのはリシアと僕だ。
僕も生前、病弱な引きこもりだったから、アウトドア料理は不得意だけど、普通にキッチンを使えるなら色々作れる。
リサか用意してくれた食材を使って、リシアのアイテムボックスからも材料を出してもらって。
角兎の肉とキノコを使ってトマト煮込み、レバーとミルク、バターを合わせてペーストを作る。
リシアととった香草のタイムみたいなのがこれにはあうんだ。
それから黒胡椒をたっぷり。
香辛料は流通していて、保存の効くハーブ類や胡椒、乾燥唐辛子はわりと安価に手にはいるのだ。
パンに乗せて食べると最高に美味しい。
「こんなことに法王さまと、侯爵の権威使って良いの!?大丈夫!!?」
と不安がるカイルにリサははっきり言ってのける「使えるもんは、使えるときに使うもんよ!」と。
その堂々たる発言を見てると、リサを欠いたこれからの旅が少し不安になる。
僕の作った料理を食べて「あんた、ぽやーんとしてるだけだと思ったら、やるじゃない!」
と褒めているのか褒めていないのかわならない感想を漏らし
リサを見る僕の横にそっと来たユノが「めんどくせーやつだよな」言った。
僕は頷く。
そして「リサが居なくなるとちょっと不安だけど、ユノが居るもんね、宜しくね」
と軽口を叩いてみる、ユノは大笑いして「全部、人任せかよ」と僕の背を叩いた。
「だって、頼れるもん」
抱えこもうとして、無理して全部だめにしてしまうくらいなら、僕は助けられて、守られて、そして感謝すると決めた。
カイルはいつも、自分の不満や不安を口にしてどう解決すべきか聞いてくれる。
リサはいつも答えを示してくれた。
ユノとリシアはそんな僕たちを見守ってくれる。
みんなが教えてくれた、できないことを身の丈に合わないことを抱え込むじゃない。
僕は僕を受け入れて、人に頼り人を助ける。
その強さをこの人たちは与えてくれた。
僕たちは仲間だ。
だからそ、ここでリサと離れるなら。
僕は勇気を出して言った。
「クランを組みたいんだ!僕とリシア、ユノ、リサ、そしてカイル!!世界を救うパーティー、僕は勇者じゃない、でも僕は勇者を見つけられる、リシアやユノやリサ、カイルみたいな凄い人たちを」
リサは、即座に言った。
「ばっかじゃないの」
フォークを置き、僕を見る。
「私に頼るんじゃないわよ。
あんたなら、何でもできるわ」
少しだけ目を細めて、いつもの調子で言い切った。
「勇者になりなさい」
それは命令でも、期待でもなく、当然のことみたいな言い方だった。
ユノは、肩をすくめて笑う。
「右に同じだ」
火酒を一口あおって、続ける。
「勇者になれよ。
……おもしれーから」
理由はそれだけで十分だ、と言わんばかりに。
リシアは、少しも迷わなかった。
「ユウは、勇者にございます」
当たり前のことを述べるように、淡々と、でも静かな確信をもって。
その言葉に、胸の奥が、きゅっと締まる。
カイルは、しばらく黙っていた。
手元の皿を見つめ、何かを考えている。
やがて、顔を上げて、
少しだけ不安そうに言った。
「……俺さ」
「俺なんかが、ユウさんについてっていいの?」
場の空気が、ほんの少しだけ揺れた。
カイルは続ける。
「ユウさんも、リシアさんも、リサさんも、ユノさんも……」
「みんな、すげー人じゃん」
自分の胸を、軽く叩く。
「俺、怪力しか取り柄ないしさ。
頭も回んねーし、
判断も遅いし……」
言葉を探すみたいに、少し間を置いてから。
「足、引っ張らねーかなって」
その瞬間だった。
ユノが、何でもないことのように言った。
「引っ張るに決まってんだろ」
カイルが目を丸くする。
「えっ」
「でもよ」
ユノは笑った。
「引っ張るやつがいねーと、前に出過ぎて死ぬやつも出る」
リサが、鼻で笑う。
「そうそう。
完璧なパーティーなんて、一番信用ならないわ」
そして、カイルを見る。
「カイル。
あんたがいなかったら、アーシェル街道で、ユウは死んでた」
カイルが固まる。
リシアは、静かに頷いた。
「事実にございます」
僕は、慌てて口を挟んだ。
「それに……」
自分の言葉を探しながら、でも、はっきりと言う。
「カイルがいなかったら、
僕はここまで来てない」
「だから」
僕は、少し照れながら笑った。
「一緒に来てほしい」
しばらくの沈黙。
それから、カイルは大きく息を吸って――
「……じゃあさ」
「俺、最後までついてくよ」
少し照れたように、でも、ちゃんと前を向いて。
「勇者様の、一番でけー足手まといとして」
場に、笑いが広がった。
リサが呆れたように言う。
「ほんと、どうしようもない連中ね」
でも、その顔は、どこか嬉しそうだった。




