リサリエル・フォン・アルカナ
そこからは早かった。
リサは――いつ準備していたのか、
昼過ぎには、
必要な資料のすべてを揃えていた。
何もかもが“形”になっていた。
僕とカイルは、ただぽけーっと口を開けるしかなかった。
ユノが珍しく苦笑いを浮かべながら言った。
「リサは一度スイッチ入りゃ早いんだよ。
振り落とされんなよ? こっからもっとめんどくせーぞ」
バサッ、と音を立てて渡されたのは
リサがまとめたこの世界の資料だった。
「ユウは特にちゃんと目を通しなさい。
カイルのには“間違い問題”入れてるから、間違えを見つけたら書き直しなさい」
「ひどいっ……!」
紙はこの世界では貴重なものだ。
それでもリサは惜しげもなく、
びっしり書き込んだ手作りのテキストを用意してくれた。
* 六神
* 魔素
* 世界史
* 魔物
* 国家構造
* 社会制度
* そして “深淵”
必要最低限どころか、冒険者ギルドよりはるかに丁寧な資料だった。
僕は思わず感嘆の声を漏らした。
そんな僕らを見て、リサは小さく咳払いする。
「ここからは、おまけよ。
黙って聞きなさいよ!」
その言葉に、自然と背筋が伸びた。
リサは資料の束を整えながら語り始めた。
リサが辿り着いた「世界の終焉」のことを
「三回よ」
リサは静かに言った。
「この世界が“深淵の鯨”によって滅びた回数。
私が調べられる限り――三回」
カイルが言葉を失った。
ユノも目を細める。
リサは淡々と続けた。
「文明が絶頂を迎えた時に、深淵の鯨は現れる。
そして文明を“巻き戻す”の」
「巻き戻す……?」
僕が思わず問い返すと、リサは頷いた。
「そう。
完全な破壊ではなく、文明を“原初の段階に戻す”。
生き残れたであろう原初の種族――エルフや古龍、
長命の部族に、その伝承が色濃く残っているわ」
リサはさらに資料をめくる。
「追跡できた歴史は三つまで。
でも、もっと昔……もっと前にも、
この世界は何度も巻き戻されていると考えるべきね」
ユノが腕を組む。
「……じゃあ、この世界の“今”ってのは?」
「既に絶頂に至ってる可能性があるってことかもしれないわ」
リサは静かに言った。
「魔導技術の進歩、魔物の変異、各国の高度化、
それに……ダンジョンの挙動」
彼女は僕を見る。
「法王猊下が“深淵が揺れている”と言った理由、分かる?」
僕は息をのむしかなかった。
カイルは小声で震えながら続ける。
「じゃ……じゃあ、もしかして……
また……深淵の鯨が出てくるってこと……?」
リサは頷いた。
「ええ。
それに、これは“ただの伝承じゃないわ」
***
この世界の遺跡を調べ、文献を読み解く限り、
リサにとって深淵の鯨の存在は、
むしろ必然とすら言えた。
魔術の発展も、魔導技術も、
そのすべては、
もっと優れた何かが存在しなければ成立しない。
結局のところ、
自分たちが使っているものはすべて、
太古の優れた技術の“模造品”に過ぎないのだ。
その言質を、
法王猊下の口から直接聞けたのは、
正直なところ“ラッキー”だった。
今回、リサが得た中で、
もっとも有益な情報だったのはそこらしい。
聖務院に向かうはずだった当初の目的は、
もはや消えていた。
「報告書なんて、私が適当に出しとくわ。
あとは法王猊下が、いい感じに処理してくださるでしょ」
そして、きっぱりと言い切る。
「私たちは、法王直下。
聖王国図書館に向かうわよ!」
その顔は、
今まで見たことがないくらい、生き生きとしていた。




