表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/67

ヴィサーク・エルドル

法王様を部屋に招き入れ、

どこに座っていただくべきかで右往左往する僕たちをよそに、

リシアだけは驚くほどいつも通りだった。


静かにお茶を淹れ、

まるで宿の主人のように自然な動作で席へ案内する。


「ヴィサーク様。もう夜も遅うございます。

お話があるのならば手短にお願いいたします。

ユウは普段なら寝ている時間でございますので」


変わらぬリシアの口調に、

ユノですら動きを止めた。


僕も混乱していた。

法王に向かってそんなことを言える人、いる?


ただ、法王だけが、

“久しぶりに会った孫に小言を言われた老人”みたいに笑っていた。


法王は出されたお茶をひと口含む。


「さて……どこから話すべきか」


ひと息つき、


「深淵が揺れている。

その呪縛から解き放つため、我らは――

勇者ユウ。君を召喚した」


その言葉を聞いた瞬間、

リサもユノもカイルも、一斉に僕を見た。


驚いているのは僕も同じだった。


リシアが僕は勇者だと言った時、

冗談、あるいは間違いだと思った。

それでも期待に応えたいと思ってここまで来た。


まさか法王にまで同じことを言われるなんて。


胸がざわつき、喉がひどく渇いた。


「世界を救えるのは君しかいない。

……まことに手前勝手な話だがな」


法王の静かな声が響く。


するとリサが息を呑んだ。


「深淵……勇者……まさか!?

深淵のアビスホエール……!」


「お、おとぎ話の?」


気を取り直したカイルが尋ねる。


僕はますます分からなくなる。


そんな僕に、リサが早口で説明してくれた。


「この世界は千年ごとに文明の絶頂を迎え、

その直後に深淵の鯨が現れて……世界を“喰らう”の。

七日間で文明のほとんどが失われるといわれているわ」


ユノが眉をひそめる。


「伝説じゃなくて、本当にある話なのか?」


「古代文明の痕跡は無数に残っているわ。

魔導機構も魔導器も、私たちが使っている魔術でさえ……

全部、古代文明の模造品よ。

ダンジョンだって神が作ったと言われているけど、

あれも太古の――」


はっとしてリサは口をつぐみ、

法王の顔色をうかがった。


法王はゆるやかに首を振る。


「よい。ここで隠すことでもない」


法王は続けた。


「此度の異変も、深淵によるものであろう。

いまはまだ小さな波だが、いずれ大きな渦となる。

魔王や竜たち、そして神の眷属すらも動き始めている」


そう言って、

法王はまっすぐ僕を見つめた。


「ユウ。

そなたが勇者として、この世界の中心となるのならば、

儂は力を尽くそう」


――そんなこと、急に言われても。


僕には何も分からない。

勇者だなんて思えないし、

深淵の怪物とやらを倒せる気もしない。


喉の渇きはひどくなるばかりだった。


何をすべきかも、

どう答えるべきかも分からなかった。


その時、

リシアがそっとお茶を差し出してくれた。


そして――

ほんの少し、微笑んだように見えた。


それだけで、言葉がこぼれた。


「……僕は、僕が分かりません。

弱くて、何もできない僕を勇者だと言われても……

この世界のことさえ、まだ何も。

深淵の鯨がどんなものかも……

お力になれるのかどうかすら分からないんです」


法王様はふっと笑った。


「もっともだ。急かして悪かった。

力をつけ、また儂の前に立っておくれ」


そのとき、黙っていたユノがぽつりと口を開いた。


「……断るって選択肢もあるんだぜ?」


リサが叱ろうとしたが、

なぜかそのまま口をつぐんだ。


法王様は少しだけ楽しそうに言う。


「そうだな。

だが――それでお主たちは納得するか? 見過ごすのか?」


ユノは鼻で笑う。


「嫌なジジイだな、あんた」


「褒め言葉として受け取っておこう」


そのやりとりに思わず空気が緩んだ瞬間。


「ユウは。」


リシアが静かに、しかしよく通る声で言った。


「勇者であろうがなかろうが、

困っている人を見過ごせる方ではございません。

ヴィサーク様がお困りなら、きっと力になりましょう。

……世界の中心になど、なる必要はございません」


きっぱりと言い切った。


ヴィサークは静かに立ち上がる。

僕も反射的につられて立った。


「長々と失礼した」


扉へ向かう途中で振り返り、

法王は穏やかに僕へ言った。


「何か助けになるものを贈ろう。

ユウ、願わくば次に会う時は――

力をつけて、勇者として儂の前に立っておくれ」


扉が静かに閉じられた。


その音を聞いた瞬間、

僕の脚から力が抜け、

その場に座り込んでしまった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ