六神信仰
聖王都ラザリスは、まさに“荘厳”の一言だった。
中心にそびえる白亜の塔は、雲を貫くように真っ直ぐで、
その周囲を守るように六つの円形の城壁が連なっている。
城壁の内側には、塔と同じ白で統一された街並みが広がり、
陽光を受けて淡く輝いていた。
迷いようのない“聖なる都市”――そんな神々しさを纏っていた。
リベル・オルムは何もかもをごちゃ混ぜにした荒々しい活気があったが、
ここは対照的に、研ぎ澄まされた美しさと秩序に満ちている。
城門の外には、果てしなく続く長蛇の列。
さすがは法王のお膝元、街に入るための審査は徹底しているらしい。
僕たちも並ばされ、気が付けば半日以上待っていた。
思えば、リベル・オルムは夜こそ城門が閉まるものの、
昼間は門番すらいないことも珍しくない。
夜ですら通用口からの出入りも自由で、多少の賊や魔物が迷い込んだところで、
街の住民――冒険者と商売人――が黙ってはいない。
聖騎士も駐屯しているし、各国から派遣された傭兵や軍人もひしめいている。
守るというより、“守られる側に恐れた方がいい”街だった。
「呼びつけておいて、並ばせるってのはどういう了見なのかね」
ユノがぼやくと、カイルは半泣きで震えた。
「や、やめてよ!聞かれたら不敬罪で処刑されちゃうって!」
そんなことで処刑されるのか……?
アーシェルからリベル・オルムと渡り歩いてきたせいで、
いまいち“この世界の宗教観”が掴みきれていない。
貴族であるリサも、特別敬虔というわけではなさそうだ。
食事や就寝前の簡単なお祈りは見るけれど、
積極的に教会へ通ったりする姿は記憶にない。
……もっとも、リサの場合は彼女自身が“特殊”である可能性も高いのだけど。
そもそもこの世界の人々が
どれほど“六神”を信仰しているのか、僕には分からない。
僕の知る限り――
* 冒険者の多くは自然神オルメアを信仰している
* 冒険者階級制度の名前が風を司るオルメアにちなんだものになっている
* 主神オルフェウスと名前が似ているせいで、ややこしい
……この程度の知識しかない。
こんな浅い理解で法王庁に呼ばれて、本当に大丈夫なんだろうか。
むしろ、不遜なユノよりも
何も知らずに失礼をしそうな僕の方が――
処刑される確率、高くない?
そう思った途端、
急に胃が痛くなってきたのだった。
***
列を待つあいだ、
カイルが六神について詳しく説明してくれた。
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● 陽光と秩序・根幹の神――主神オルフェウス
六神の筆頭ではあるが、“偉さ”では一番というわけではないらしい。
● 風・自然・自由を司る神――オルメア
冒険者が一番信仰している神様。
● 火・戦・浄化の神――フォル・ディアン
戦士や鍛冶屋の守り神。
● 水・記憶・真実の神――リュミナ
船乗りや学者、神官にも信者が多い。
● 土・平和・豊穣・救済の神――アストレア
農民の守り神で、慈愛深いとされる。
● 夜闇・魔素・根幹を司る神――ノワール
魔術師の信仰が多いが、一般にはあまり馴染みがない。
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「でね、どの神様がどれより上、ってのは特に無いんだよ」
とカイルは言う。
「主神オルフェウスも“筆頭”ってだけで、一番偉いってわけじゃないんだ」
そのあたりがとてもややこしい。
しかも――
六神にはさらに上がいる。
六神でさえ頭を垂れるという、
“名を呼ぶことさえも許されない存在”。
人間が語ることさえ禁じられ、信仰の対象にもしてはならない。
そんな存在が“この世界の最上位”なのだと、カイルは声を潜めて説明した。
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「王侯貴族はオルフェウス信仰が多いかな。
騎士とか戦士はフォル・ディアン。
鍛冶屋もそうだね」
「土のアストレアは農民とか商人の守り神だし、
水のリュミナは船乗りの信仰が多いんだけど……
真実とか救済を司るから、神官なんかもよく信じてるよ」
「ノワールは……まあ、魔術師くらいかな。
普通の人はあんまり信仰しない。
オルメアはもう、説明いらないよね?」
最後の一言に、僕は力なく笑った。
オルメアさえ理解しきれてないよ?僕…⋯
名前を覚えるだけでもパンクしそうだった。
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「そういえばユウさんは洗礼は受けたのかな?
記憶がないからわからないよね」
「洗礼?」
「うん。12歳になったら教会で洗礼を受けて、
どの神様を信仰するか決めるんだよ」
「それって、受けないと何かまずいことがあるの?」
カイルは指を折りながら説明してくれる。
「神様の加護が貰えるって言われてるんだ。
俺の《怪力》のユニークスキルも、その時に発現したんだよ」
なるほど。
ちなみにカイルはアストレア信仰らしい。
信仰対象を変えること自体は可能だが、
よほどの理由がなければ変えないし、
変えたとしても加護は一度きり。
信仰を変えたからといって新たな能力に目覚めるわけではない。
しかも“発現することもある”というだけで、
必ず能力が得られるとは限らないようだ。
宗教というより、
この世界では“加護”が本当に存在するため、
信仰が生活と密接に結びついている――
そんな印象があった。
僕は思わず呟いた。
「……覚えること、多すぎない?」
カイルは笑いながら肩を叩いた。
「まあまあ!そのうち慣れるよ!」
まったく慣れる気がしないのだった。




