聖務院からの手紙
「ヤバい、ヤバいよー!」
ギルドに新しい依頼を見に行ったカイルが泣き顔で帰ってきたのは、
風見の迷宮探索から何日か経ったあとのことだった。
僕たちは簡単な依頼をこなしつつ、
リサはひたすら“異変”について調べていた。
ただ、目立った魔素の乱れもなく、
風見の迷宮もあれ以来静かで、変異種の目撃例もない。
いつも通りの日常と言える日々。
カイルは「せっかくだし」と、今日も簡単な素材回収依頼がないかと
ギルドへ赴いたのだ。
そして持って帰ってきたのが――。
「聖務院からの呼び出し?!
あんた、なんてもん持ち帰ってくるのよ!」
そこに押された重厚な印を見て、
リサが絶句していた。
僕には何のことか分からないし、
リシアはいつも通りお茶を淹れてくれているし、
ユノは窓際で横になって、どこ吹く風。
そして、カイルは死にそうな顔をしている。
なんだこの状況?
ヤバいのかヤバくないのか、よく分からない。
「なにこれ?」
僕が尋ねると、リサが特大のため息を吐いた。
「とんっでもなく面倒な手紙を、ガキンチョが持ってきたのよ!」
***
曰く――
変種ゴブリンと巨大洞窟狼の件について、
神聖リュミナート法国から“聞き取り”をしたいとのこと。
ここまではただの事情聴取だ。
けれど問題は、その封書に押された印だった。
「……法王印よ、これ」
リサは頭を抱えた。
ちょっとした役所でポンと押される印とは訳が違う。
法王自らが捺印した印章なのだ。
「どどど、どうするリサさん!?
俺たちどうなるの!? 処されるの!?!」
カイルは完全にパニック。
僕は無知ゆえにパニックすら起こせない。
リサは杖でカイルをひっぱたき、
「どうするもこうするもないでしょ!
法王猊下から呼ばれてるのよ!?
無視できるわけないじゃない!
――ラザリスに向かうしかないわ!」
こうして、あっという間にラザリス行きが決まった。
リサは慌ただしくギルドへ走り、
カイルは右往左往し、
ユノはあくびをひとつして昼寝に戻り、
僕の前に、リシアが静かに湯気を立てるお茶を置いてくれた。
---
ラザリスまでは馬車で三日ほど。
のどかな丘と畑が続く街道を、ゆっくりと進んでいく。
ユノは朝から上機嫌で馬車の屋根に寝そべり、
「呼びつけるんだったら送迎くらいしろってな」
と不遜なことを平然と言っている。
この馬車は昨日のうちにリサが用意したものだ。
僕の横、御者席で手綱を握るリサは珍しく黙り込み、
振り返ればカイルが地図を膝に置いたままぶつぶつ呟いている。
リシアはそんな僕らを静かに見つめていた。
……でも、
なんとなくだけど、彼女の表情には
いつもより“硬い影”があるように見えた。
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「……ねえ、ユウ」
不意にリサが口を開いた。
その声には珍しく緊張がにじんでいた。
「うん?」
「聖務院……あんたらに、っていうかあんたに何の用だと思う?」
今回は僕ら五人全員に召集が出ていたが、
特に僕ら三人に対して“必ず来るように”という強い文言があった。
実際に変種に遭遇したのは僕とカイルとリシアだし、
ユノとリサはギルドで依頼を請け負っただけ。
僕はそれを当然だと思っていた。
「え? ただの聞き取りじゃないの?」
そう返すと、ユノが屋根からひょいと顔を出す。
「お前な、法王印の重さ知らねえだろ。
あれはそんな軽く押されねえんだぞ」
「そうなの?」
と尋ねた僕に、リサが深いため息をつく。
「普通はね、魔王出現とか、戦争とか、大陸会議とか……
そういう時に使われるのよ。
変種魔物の報告で押されるような印じゃないわ」
(っていうか魔王… え、魔王いるの!?)
情報量が多すぎて、深刻さがぜんぜん理解できない。
ユノは御者席に降りてくると、腕を組んで。
「なあユウ。
お前……なんか隠してるだろ?」
「いや!隠してないよ!ほんとになにも!」
自分でも声が裏返ってるのが分かる。
僕はまだ、みんなに“異世界から来た”ことを言っていなかった。
隠そうと思ったわけじゃない。
ただ、言い出すきっかけがなかっただけだ。
そもそもどう伝えればいいのか分からない。
自分が一度死んで転生してきたなんて……どう言えば良いんだよ?
僕が言い淀んだ、その時、
「ユウさんはさ、記憶ないんだよ!」
カイルが後ろからひょこっと顔を出した。
(そういえば、リシアが僕の無知をフォローするために
“記憶喪失設定”を作ってくれてたんだった……)
「そうなの?」
リサが尋ね、僕は曖昧に頷く。
カイルは続けて、僕が森で倒れていて、
リシアが救い、旅を始めたことを説明した。
「だからさ!
ユウさんって実はどっかの王族の子供とか、
めっちゃ凄い人って可能性もあるだろ?」
僕が何も言えない間に、勝手に話がどんどん進んでいく。
リサがジト目を向ける。
「このぽやんとしたのが?」
悪かったね、ぽやんとしてて。
カイルはさらに調子づいて、
「でも、ユウさんってなんか雰囲気違うしさ!
リサさんだって、こんななのにアルカナ家の息女なんだから、あり得るでしょ?」
「どういう意味よ、ガキンチョ!!」
直後、小さな爆裂魔法が炸裂し、カイルの顔面が吹っ飛ぶ。
……むごい。
「勇者とか、魔王だったりしてな」
面白そうに言うユノをリサが「正気?」という顔で見る。
「でもまあ、法王からの呼び出しなら……
そのくらいの存在でもおかしくない、だろ?」
ユノの言葉に。
「たしかに、魔王とか魔群氾濫とか……
そういう時は法王って動くよね……」
カイルが呟いた。
馬車の空気が、すっと静まる。
その静寂を破ったのは――
「――ユウはユウでございます」
澄んだ声だった。
リシアだ。
昼食の入ったバスケットを胸に抱き、いつもの落ち着いた表情で言う。
「出自がどこであれ、
どのような力を持っていようと……
ユウがユウであることに変わりはございません」
ユノもリサもカイルも、一瞬、言葉を失った。
「ま、そりゃそうだな」
ユノが笑い、リサも小さく息を吐く。
「……まあ、どっちにしても、ラザリスに行かなきゃ何も分からないわね」
「うん、そうだよね!」
カイルは力強く頷き、
「お、おれ……ユウさんのこと好きだし……
魔王でも大丈夫だよ?」
(魔王!?)
なんで魔王一択なのさ!
と突っ込みかけて――
これ以上言うとやぶ蛇だと思いぐっと口をつぐんだ。




