黒い獣
面白いやつだと思った。
正直、最初は別段興味があったわけじゃない。
どこにでもいる、田舎から出てきた世間知らずの冒険者志望。
変種ゴブリンの噂を聞き、その報告者であるエルネストのところの問題児を追って、出会った青年。
とんでもない美人の銀眼の魔術師を連れた、普通の男。
――そう思っていた。
気になったのはむしろ魔術師の方だったが、
付き合ううちに、青年ユウもまた不思議な存在だった。
驚くほどに世間知らずで、それでいて腕は悪くない。
(自分とは違う種類の経験を積んできた)
そう感じさせる“妙な深み”があった。
この世界では考えられないほど優しく、人をよく見ている。
ただの甘ちゃん……と言い切るにはどこか違う。
そんな気がした。
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リサが眠りについたあと、ユノはそっと部屋を出た。
妙に喉が渇く。
廊下の片隅で、ユノはあくびを噛み殺しながら伸びをした。
(酒場にでも行くか?)
一瞬頭をよぎったが、面倒でやめた。
階下の水瓶の置かれた共用スペースへ向かう。
――その途中。
細い灯りに照らされた廊下の先に、ひとつの影が立っていた。
リシアだった。
部屋の入り口に立ち、
胸元に手を当て、静かに目を閉じている。
ユノは何気なく足を止めた。
(……なんだ、あれ)
いつもと同じ無表情のはずなのに――
まとっている“空気”がまるで違った。
殺気でも警戒でもない。
もっと……繊細な、そう、気配の“揺れ”。
まるで何かを必死に押しとどめているような。
あるいは、何かを探しているような。
「……よっ。リシア、こんなとこで何してんだ?」
軽い調子で声をかける。
リシアはゆっくりと目を開いた。
「ユノアさま。
……あなた様こそ、こんな時間にどこへ?」
「いや、喉渇いたから水飲みに。
で、お前は? 何してんだよ、こんなところで」
「少し……考え事をしておりました」
言葉も表情も、いつものリシアと変わらない。
けれど――
(嘘だな)
ユノは直感でそう確信した。
リシアが嘘をつく時、表情は変わらない。
だが、ほんの一拍だけ呼吸が揃わない。
今回もそうだ。
「考え事ねぇ……
体調でも悪いのか?」
「問題ございません」
即答。
早すぎる。
ユノは肩をすくめた。
「ま、いいけどよ。
あんまり無茶すんなよ。
お前が倒れたら、ユウが泣くぜ?」
面白がって言うと、
ほんの一瞬だけリシアの瞳が揺れた。
すぐに掻き消えたが――
ユノの敏い目は見逃さない。
(なんだかねぇ……)
ユノはははっと笑い、
リシアの横を抜けて階段へ向かった。
「あんまふらふらしてっと風邪ひくぜ」
「ご心配ありがとうございます。
おやすみなさいませ、ユノアさま」
リシアの声を背に受けながら、ユノは階段を降りていく。
(あの魔術師の正体は分かんねぇ。
ただ……アレが“異常”ってことは、馬鹿でも分かる)
あの巨大な洞窟狼を縛り付けた黒い拘束魔法――
リサですら呆気に取られるほどの威力。
ユノの全力の一撃すらまともに通らない相手を、
完全に止めたのだ。
ユノは思う。
この2人、なんて――面白いのだろう、と。




