ユノとリサの本気
一瞬の静寂。
その沈黙を破ったのは、リサだった。
「ユウとカイルは一旦下がりなさい!!」
怒鳴り声ではなく、研ぎ澄まされた短い指示。
ユノが跳ね上がり、壁を蹴って前に出る。
リサはすでに杖を構えていた。
まるで反射のような動き。
魔術式が展開され、淡い光が足元に広がる。
防御、補助、分析――
複数の術式が一瞬にして重なっていく。
ユノが駆け上がり、一撃を叩き込もうとした瞬間、
洞窟狼が巨体をわずかに沈めた。
――跳ぶ。
そう判断したのだろう、リサの声が飛ぶ。
「ユノ!!」
「わかってるって!」
ユノは中空を蹴って身体をひるがえす。
直後、洞窟狼の鉤爪が空間を裂いた。
すさまじい空圧が天井を揺らし、石と砂埃が降り注ぐ。
「なんて威力だ……!」
呆然とする僕とカイルに、
「ぼーっとしてんじゃないわよ! 右から来るわ!!」
言われるがまま左に跳ぶ。
その直後、鉤爪が地面を抉った。
リサは魔素の流れ、筋肉の収縮、魔物の予備動作を見ている――。
野生の勘に近いユノと同じか、それ以上に早く動きを察知できるのはそのせいだ。
攻撃後の硬直に、ユノが一撃、二撃と入れるが、
鋼のような毛皮に阻まれ、ダメージは薄い。
まるで示し合わせたかのようにユノが横に飛びのいた、瞬間――炎の魔術が撃ち込まれた。
洞窟狼がわずかに体勢を崩すと、ユノの斧が再び閃く。
さらに、リサの風魔術が狼を揺らす。
しかし――圧倒的に威力が足りない。
「もっとデカいのないのかよ!」
「わかってるわよ!!探ってんのよ!」
リサが叫び返し、僕たちを振り返る。
「ガキンチョはタンクやりなさい!
ユウ、あんた魔術使えるんでしょ!?
ユノと一緒に気を引きなさい!
ただし無理はしない! まず生き残ることか最優先よ!!」
巨大洞窟狼の咆哮が七階層全体を震わせる。
第二ラウンドが始まった。
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ユノが迷わず前へ。
カイルも覚悟を決め、続く。
「爪は受けんなよ! 体当たりと牙にも気をつけろ!
爪以外の攻撃は“直線しか来ねえ”!
ビビらず見れば受け流せる!!」
その言葉に、カイルは頷き、言われた通り動いている。
ここ数日の訓練の成果だ。
僕も負けてはいられない。
圧縮した空気を洞窟狼の顔面へ放ち、隙を見て斬りかかる。
階層の主より遥かに速い狼に、僕の攻撃は空を切った。
――それでも、気を引くには十分だ。
今は、自分にできることをするしかない。
何度目かの攻防。
ユノの斬撃がついに通り始める。
特大の魔素を乗せた一撃なら、かろうじて狼の体を裂けるのだ。
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その後ろで、ただひとり。
リシアだけが一歩も動かなかった。
だが、それは恐怖によるものではないのだろう。
リシアの瞳が細められる。
僕には理解できない“静かな緊張”がその表情に宿っていた。
簡単な水魔術や氷魔術を放ちながら、リサが振り返る。
「リシア!? 援護できる!?」
リシアは一瞬だけリサを見る。
その視線は“質問の意図を測るような”硬さを帯びていた。
「……可能です。ですが――リシアの力は必要ないでしょう」
「はぁっ!? 何言ってんのよ、この状況で!?」
リサが喚いて、僕も意味が分からずシリアを見た。
リシアは敵ではなく、空間そのものを凝視していた。
その姿は、何かを必死に“探っている”ようにも見えた。
ほんの一瞬の“違和感”はすぐに消え、
いつもの冷静な表情に戻る。
「……そうですね」
ぽつりと呟いた。
「ユウの回復に魔素を多く使ってしまいました。
残量が少なく、援護は難しいかと。ですので――ひとつだけ」
言い終えると、リシアの魔術が放たれる。
「――拘束」
黒い影から無数の腕が伸び、洞窟狼の巨体を押さえ込んだ。
ユノとリサが一瞬目を見開くが、
すぐに意識を狼へ戻す。
ユノの全力の斧が、狼の首筋に深くめり込む。
血が溢れた。
カイルと僕も好機と見て攻撃を叩き込むが、
与えられるダメージはわずか。
それでも、狼の気は散る。
その隙に、リサの詠唱が完了した。
「凍鎖穿矛」
巨大な氷柱が洞窟狼の上空に出現し、ユノの開けた傷へ突き刺さり、
そこから一気に凍結が広がっていく。
動きが鈍った狼へ、ユノが最後の一撃を放つ。
洞窟狼は一際大きな咆哮を上げ――
ついに倒れた。




