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異変とダンジョンの謎

洞窟狼の最後の一匹をなんとか仕留めたあと、

息を切らしながら僕は剣を収めた。


「はぁ……やっと倒せた……」

思わず呟いた声に


ユノは肩を揺らして笑う。


「お疲れさん」


リサは魔力測定の術式を解除しつつ、ほんの少し顔をしかめた。


「……魔素の流れが変ね。

 気にするほどじゃないけど……なにかしら? ノイズ?」


リシアもわずかに眉を寄せている。


その時だった。


風見の迷宮の第七層へ続く石段の前で、

ユノがぴたりと立ち止まった。


本来なら、階層の主がいる場所だ。


「……おい。これ、見てみろよ」


僕たちは急いで後ろから覗き込む。


視界に飛び込んできたのは――

岩壁に深く刻まれた、巨大な爪痕。


縦に三本。

人間の頭が丸ごと入るほどの深さと幅。


まるで壁を“紙のように”切り裂いたかのようだった。


「これ……洞窟狼の爪じゃないよね……」


カイルの声が震える。


「当然でしょ。

 こんなでかい洞窟狼なんかいないわよ!

 それに、ここの階層の主だって、こんな鉤爪持ってないわ」


六階層の主は巨大な蛇――石化魔法を使う厄介な魔物のはずだ。

ただ、それでもこんな爪痕を残せる魔物ではない。


リサは跪き、爪痕の縁を指先でなぞった。


「石の状態からして……そんなに古くない」


そのすぐ足元には、割れた回復薬の空瓶が転がっていた。

残った血痕。


肉片も、死体もない。

ただ――

吹き飛ばされたような痕跡だけが、広く床に残っている。


まるで巨大な何かに体当たりされたように、

岩の床が大きく抉れていた。


リシアが静かに呟く。


「……この様子からいたしますと、パーティは壊滅。

 逃げ延びたとしても下層階でございましょう」


僕の背中に冷たい汗が流れた。


「……ガゼフ達……?」


ユノは爪痕を触り、辺りを見渡し、わずかに目を細めた。


「──ガゼフ達が良いようにやられるレベル、か」


リサは眉間に深いしわを刻みながら言う。


「そうね。

 それに……ダンジョンが回復してないわ」


空気が張りつめた。


そう、ダンジョンには自浄作用がある。

壊れた場所は時間とともに修復される。

魔物の死体も痕跡ごと“消える”。


だが――これは残っている。


「……この辺りに、まだそいつがいるってこと……?」


カイルが震えながら辺りを見渡す。


リサは立ち上がり、考え込んだあと、ゆっくり首を横に振った。

そしてユノを見る。


この辺にいるなら、ユノが真っ先に気づくはずだ。

ここまで来る間、彼女は一度も反応していない。


つまり――

更に下に降りた。獲物を追って。


リサは下層へ続く石段に目を向けた。


「ダンジョンの階層主は移動しない……

 一つの例外を除いて、ね」


リシアが目を閉じる。


「……魔群氾濫スタンピード


もし階層主がこの痕跡をつけたのなら、まだここにいるはず。

ガゼフたちは惨敗し、魔物は生き残っているのだから。


ユノは口の端を上げた。


「じゃあこの跡は、階層の主なんて比じゃねぇくらいヤバい、

 “モブモンスター”がつけたってことだな」


何が楽しいのか、彼女は心底楽しそうだった。


僕とカイルは息を呑んだ。


***


「全部のパターンを検証したわけじゃないから、信じ込むんじゃないわよ」


第七層を進みながら、リサらしい前置きをしてから説明を続けた。


「死体は3日ほどで消えるわ

 死んだ者の衣服や装備品、遺留品は5日目で跡形もなくなる。

 でも“生きている者”が残した血痕や捨てた物は――三週間は残るの」


つまり――

血痕が残っていたこと。

ポーションの空瓶が消えていなかったこと。


それらを合わせれば、生存者がいる。


僕らが血痕を追っているのはそのためだった。


必要以上に身構える僕を見て、リサは肩をすくめた。


「カナリアがいるんだから、びびるんじゃないわよ」


ユノを親指で指す。


「何かあれば、すぐ鳴くわ」


鳴く、のか……あれは咆哮だと思うけど。


それでも、リサのおかげで少しだけ肩の力が抜けた。


そこでふと思う。

こんな時に聞く話じゃないけれど――


「リサはさ、ダンジョンってなんだと思う?

 カイルは“生き物”って説もあるって言ってたけど」


気晴らし程度のつもりだったが、

リサは顎に指を当ててしばらく考え、やがて小さく呟いた。


「あんたになら、言ってもいいか」


そして僕を見る。


「“ダンジョンは神が作った”って言われてるわ。

 でも私は違うと思う。

 異端だの信心が足りないだの言われて、検証させてもらえなくなるけど……

 あんた、そういうの興味ないでしょう?」

僕は頷く、異端とか信心以前に知識がない。


リサは小さく息を吐き、淡々と続ける。


「私に言わせれば、十中八九、人間が作ったものよ。つまりは人工物」


そうでなければ、こんな意地の悪い設計にはならない――。


「それに、“不可思議な現象”って呼ばれてるけど、全部仕組みがあるの。

 この条件ならこう動く。別の条件ならこう反応する。

 決められた通りに動いてるだけよ、ここは」


リサは肩を竦めた。


「まぁ、公式には“神の造りし迷宮”。

 本当にそうなら、もっと大雑把で気まぐれでしょ?神が居るなら人間になんて興味ないわ

 こんなに几帳面で、例外が少ないなんて……ありえない」


言葉を区切り、小さく首を振る。


「……あくまで仮説。

 でも、誰かが“こう動くもの”として設計したと考える方が、

 私はしっくり来るの」


なるほど。

生前の僕の世界で言えば――プログラムのようなものか。


“死体が何日後に消える”

“生きている人の持ち物は、条件次第で残るか消えるか”


階層主の行動範囲も制限され、

階層を超える力を持つ魔物は出現しない。


すべては、“決められたルール”どおり。


だが、そのルールがねじ曲げられている。

それこそが、リサのいうところの異常なのだ。


その説明を聞きながら、リシアは理にかなっておりますね、静かに言った。

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