中級冒険者
第六階層には何度か降りたが、僕たちは
階層の主にはまだ挑んでいなかった。
五層から出る洞窟狼に手こずっている僕らを見て、
リシアが「六層の階層主はまだ早いのでは」と言ったからだった。
その五層で――。
ユノはというと、正直、退屈そうだった。
僕とカイルが洞窟狼に苦戦しているのを眺めるほうが面白いらしく、
手出しもせず、腕を組んで壁にもたれ、のんきに見物している。
リサは適当に周囲の魔物をあしらいながら、
何か魔素の測定なのだろうか、術式を展開して周囲を探っていた。
確かに、多くの冒険者が深層を目標にしている。
だが――
この光景は、各々の実力差がどれほど絶望的かを思い知らせてくれた。
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ユノにはそもそも、四層や五層程度の魔物は寄り付かない。
むしろ、ユノの気配を感じた瞬間、逃げ出していくほどだ。
ユノから遠ざかったリサは魔術師で隙が多く見えるのだろう。
たまに突っ込んでくる個体はいるが、
リサの張った結界に触れた瞬間、逆に吹き飛ばされていった。
――ガゼフが僕たちの冒険を“ピクニック”だと揶揄した理由が、
今になって少し分かる気がしてきた。
言葉では理解していた。
でも、その本質はまったく分かっていなかった。
ユノもリサも、中級上位の冒険者。
ガゼフもまた、中級上位の冒険者だった。
僕たちにとっては必死の戦い。
彼らにとってはぬるま湯のお遊び。
そのダンジョンで――
彼らは消息を絶った。
その意味の重さが、ようやく胸に落ちてきた。
ガゼフは嫌いだ。
心の底から嫌いだ。
カイルの誇りを馬鹿にして、
リシアのことを下品に罵った。
殴れるなら殴りたい。
でも、それでも――
死んでほしいなんて思わない。
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思い詰めている僕を見て、何かを察したのか
ユノがいきなり笑った。
「真剣な顔してんなよ。
ほんっと、おもしれーやつだな、お前って」
そして軽く言った。
「俺たちは冒険者だぜ?」
ユノは、自分の命も他人の命も
同じ軽さで扱っているようで――
僕には、その感覚が怖く思えた。
つい問い詰めてしまう。
「……ガゼフ達が死んでても、ユノは平気なの?」
ユノは一瞬目を丸くしたあと、
腹を抱えて笑った。
「ははっ……平気だよ」
肩をすくめて言う。
「俺、ガゼフ嫌いだもん。
死んでもなんにも思わねーぜ」
その言い方があまりにも軽くて、
あまりにも楽しそうで――
僕は、ユノが少し遠い存在に思えた。
命の軽さと、重さの扱い方が僕と違いすぎる。
でも、その時だった。
ユノがふっと僕の方を見た。
くしゃ、と僕の頭を撫でる。
その顔は、もう笑っていなかった。
そして――
ひどく優しい表情で、ぽつりと言った。
「……生きてるといいな、あいつら」
その声は、
どこまでもまっすぐで、
どこまでも優しかった。
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僕たちの会話を聞いていたらしいリサが。
後から教えてくれた話で、ユノはもともと孤児だったという。
魔物に村を襲われて焼き出され、
ローレン王国の貧民街で育った。
同じ境遇の子どもたちが死ぬのは日常茶飯事。
だから、彼女は仲間以外の命に固執しない。
いちいち悲しんでいてもキリがない。
誰彼構わず助けようとすれば、足元をすくわれる。
何より、すべてを救うなんて不可能だ。
切り捨てるべき命、助けるべき命。
その線引きが曖昧だと――自分が死ぬ。
リサは少しだけ肩をすくめて、でも真剣な声で続けた。
「……それでもね、アイツは――
助かろうとしている人は、なるべく見捨てないわ、それがましてや仲間が救おうとしてる人なら尚の事」
その言葉を聞いた瞬間、
ユノという人間の“輪郭”が、少しだけ僕の中で変わった。
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僕たちが話している間に、
ユノは洞窟狼を三匹、あっという間に討伐していた。
一見無駄に見えるのに、一切無駄のない動き。
刃の角度も踏み込みも、呼吸すら戦闘の一部。
(……どれほどの死線をくぐり抜けてきたんだろう)
慌てて飛び出したカイルを笑いながら、
ユノはさらに一匹、叩き伏せる。
僕がぼんやり見つめていると、
ユノがふいにこちらを向いて、指先で軽く呼んだ。
(……戦え、ってことか)
確かに、任せきりじゃいつまでたっても前に進めない。
「よし!」
僕は気合を入れて、
洞窟狼との戦闘に加わった。




