穏やかな街道
数日間の連携訓練――という名のユノによるシゴキのあと、
ついにアーシェル街道の調査が始まった。
調査とはいっても、まずは街道を第三宿まで歩き、
そこで周辺を調べてリベル・オルムに戻るという基本的なものだ。
僕たちが連携訓練で倒れ伏しているあいだ、
リサは独自に街で情報を集めていたらしく、
冒険者や旅人、商人を中心に聞き込みをしていたようだ。
集まった情報によれば――
ここ数日、リベル・オルム近郊の街道で
“いるはずのない魔物”が何度も目撃されている。
鋼鉄熊、
鶏蛇など。
実際にギルドへ討伐依頼が出されており、
討伐に高位のパーティーが駆り出されていた。
僕は詳しくないが、
鋼鉄熊も鶏蛇もアーシェル周辺はおろか、
リュミナート領内にも存在しない高位の魔物で、
“いるとしたら東の大森林か、ダンジョンの下層くらいだろう”
とカイルが教えてくれた。
他にも中位の魔物の目撃・討伐報告がいくつもあり、
商人の護衛団が戦闘になったという話も複数あった。
どれも取るに足らない小規模な案件だが、
普段のアーシェル街道にはまず出ない魔物ばかりだ。
そもそもこの街道の護衛依頼は
“魔物対策”ではなく“野盗対策”がほとんどで、
魔物と戦うこと自体が想定されていない。
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けれど――
僕たちは何事もなく第三宿に辿り着いた。
そこまでの道中に広がっていたのは、
拍子抜けするほど“いつも通り”の風景だった。
石畳の道は穏やかで、
通り過ぎる馬車も旅商人たちも、特に緊張した様子はない。
現れる魔物といえば、角兎や一眼鼠くらい。
林の奥へ入ってみても、出てくるのは森狼ぐらいだ。
どれも脅威度が低く、
新人の街道警備でも対処できる程度ばかり。
本当に、いつも通りのアーシェル街道だった。
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第三宿に着いた僕たちは、地図を頼りに調査範囲を広げ始めた。
森の中へ分け入り、
丘陵地帯も歩き、
川沿いも調べ、
日が暮れるまで足を使って情報を集めた。
けれど――
何も出てこない。
本当に、“何も”。
傷ついた木も、
食い荒らされた死骸も、
異様な足跡も……
どれも見つからなかった。
「なんか……いつもの街道だよね」
カイルが思わずといった様子でぽつりと呟く。
「なーんも変わんねーな」
ユノが呑気に賛同し、
リサだけがなんだか苛ついた様子だった。
「リサ、どうしたの?」
僕が尋ねると、リサは頭をかきむしった。
「どうもしてないわ! 問題なんて何もない――
何も問題“なさすぎる”のよ!!」
リサ曰く、少なくとも数日前までは確かに異変があったという。
それは決して大きな異変ではなかったが。
けれど、それで十分だった。
なのに――
今はそれが、ぴたりと消えている。
「リサさんさ……俺たちに“異変無しなんて報告するな”とか言っちゃったから、焦ってるのかな?」
カイルがそっと僕に耳打ちしてくる。
確かに、出発前にリサは言っていた。
> 森を歩いて
> 「なんもなかったでーす」
> じゃダメ。
>
> 街道を見て
> 「今日も平和でした」
> もダメ。
――今、まさにその状況になってしまっている。
「ちょっと! がきんちょ! 聞こえてるわよ!!」
「ひっ!!」
リサの怒声に、カイルが震え上がった。
「そんな低レベルな話してるんじゃないのよ、私は」
異変が“そもそも無かった”ならそれでいい。
けれどリサの調査した限り、
確実に異変は“あった。
なのに、それが今はどこにも見つからない。
それが問題なのだと。
「あんたらが見たっていう変種のゴブリン1体くらいなら、
新人の見間違い、間抜けなガキんちょのホラ話で片付けていいわよ」
厳しいけれど、実際ユノにも言われたことだ。
しかし――
リサは続けた。
「でも今は違うのよ」
大強風級(B)や暴風級(A)の冒険者が、
実際に鋼鉄熊や鶏蛇といった猛級(四等級)の魔物を討伐している。
そして――
その素材がギルドに持ち込まれ、
“正式に”納品されている。
つまり、
異変は実際に起きていた。
複数の高位冒険者が、それを証明している。
手がかりがあれば調査できる。
けれどこの状態では――
「じゃあ“今”何を調べろっていうの?ってことよ」
怒気ではなく、焦りと責任のこもった声だった。
「『何もなくて良かったね!』で済まない理由、分かった!?
分かったなら、あんたらもちょっとは危機感もって、
調査に身入れなさい!!」
リサの言うことは、何もかも正しい。
僕とカイルは思わず背筋を伸ばし、
「はいっ!!」
と返事するより他なかった。




