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銀月の夜

祝勝会の夜は、笑い声が遅くまで響き、

その後の帰り道までも、どこか浮き足立っていた。


カイルはほろ酔いで部屋に入り、

――ユウも疲れたからと、早々に寝入ってしまった。


部屋にはユウの寝息と、カイルの寝言。

窓を通る夜風の音だけが静かに流れている。


窓際で、リシアは椅子に腰掛け、

膝の上に両手を揃えたまま静かに目を閉じていた。


まるで、祈るように。


しばらくして、そっと目を開く。


銀の瞳が、寝息を立てるユウを静かに見つめる。

いつもの柔らかい光ではない。


そこには――

ほんのわずかな翳りと、熱のようなものが宿っていた。


リシアは声を出さない。

ため息もつかない。

言葉に形を与えられるほど、整った感情ではないからだ。


けれど胸の奥のどこかが、

ずっと微かにざわめいている。


(……ユノア様、ですか)


誰にも聞こえないほど小さく呟く。


酒場での光景が脳裏を掠める。


ユノ様が笑い、

ユウがその背を見て「かっけぇ」と呟いた瞬間。


あのとき、

ユウの目に宿った光は――

いつもリシアに向けてくれる柔らかさとは違っていた。


リシアは、それを見逃さなかった。


胸の奥が、わずかに軋む。


(……ユウは、リシアだけの……)


そこまで思って、そっと唇を閉ざした。

その言葉は、決して外へ出してはいけない。


リシアは“ただの旅の仲間”。

ユウに寄り添い、導き、支える者。

けして、彼の自由を縛ってはならない。


それが役割。

それが立場。

それが――深層の影が定めたルール。


分かっている。

分かっているのに。


彼の寝顔を見ていると、

どうしようもなく胸が熱くなる。


(……これは、魔素の影響でしょうか)


そう思おうとした。

そのほうが楽だった。


だが、ユウが誰かに笑顔を向けると――

どうしても、自分の中の何かが軋む。


リシアはそっと胸に手を当てた。


銀の瞳がわずかに揺らぐ。

ほんの数秒、深い湖の底のような暗さが滲む。


やがて、静かに息を整えた。


「……おやすみなさいませ、ユウ」


その声音には、

抑えきれない“なにか”と、

誤魔化しきれない“なにか”が、

ほんのわずかに混ざっていた。


それが何なのか――

リシア自身にも、まだ分からない。


ユウは静かに眠り、

リシアはその隣で、

胸の奥でざわめくその何かを深く閉じ込めた。


ただの、静かな夜の一幕。


――けれど、この夜は

リシアにとって“決して忘れられない夜”となるのだった。



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