先輩冒険者
ユノは、誰に勧められるでもなく、
ドカンと僕たちの席に腰を下ろし、給仕さんに蒸溜酒を頼む。
「また会ったな」
ニヤリと笑うその顔に、僕は思わず頭を下げた。
「その節はどうも」
ユノはヒラヒラと手を振って受け流す。
「そんなことより――風見の迷宮の階層の主、倒したらしいな」
やるじゃねーか、と言いながら、
運ばれてきた酒をぐいっと一気に飲み干す。
そして当然のように、目の前のソーセージをつまみながら、
「もう一杯頼む」
と追加注文。
(自由すぎるだろこの人……)
ともあれ、僕たちが階層の主を倒したのは一昨日のこと。
昨日、街に戻ってきたばかりだ。
なのに、さっきのガゼフもそうだったけれど――
どうしてみんな知っているんだろう?
僕が不思議そうな顔をしているのに気づき、
ユノは意地悪そうな笑みでカイルを指さす。
「お前らが目立つのもあるが……いろんな意味で“エルネストんとこの秘蔵っ子”は有名だからな」
「ひ、秘蔵……っ?」
カイルが変な声を上げて、気まずそうに頬をかいた。
(……何やらかしたんだろ。あとで聞いてみよう)
それにしても、カイルはリベル・オルムに帰ってきてから、
一度もクランを訪れた様子がない。“暁の盾”にいろいろ報告しなくていいのだろうか?
そして気づく。
「ユノは……暁の盾の――」
暁の盾といえば、リベル・オルムでも有数の大規模クランだ。
「エルネストか? まぁ、ちょっとした知り合い程度さ」
昔、王都の方で世話になったらしい。
ユノはおかわりの酒を飲み、肉をつまみながらくつろいでいた。
その姿をリシアが、何も言わずにじっと見つめている。
その視線にユノが気づき、軽く笑った。
「さっきのは良かったぜ。えーと……」
「リシアにございます」
と、リシアが答える。
「それで、何用でございましょう? たまたまではないのでしょう」
ピシャリと告げるその声音は、いつもより鋭い。
「え、たまたまじゃないの……?」
僕とカイルは顔を見合わせる。
ユノは肩をすくめて言った。
「ああ。お前らが帰ってきてるって聞いてな。
ここで祝勝会でもしてるんじゃねーかと思って来たんだ」
そして、あっさりと認めて話を続けた。
「こないだのゴブリンの件だよ。
結果としては――調査隊が組まれることになった」
あの、誰にも信じてもらえなかった“変種のゴブリン”だ。
アルカナの家名もあるが、
ユノとリサという実力者からの報告なら、ギルドも腰を上げる。
(……少し悔しいけど、まぁ仕方ない)
「わざわざ、それを報告に?」
義理堅いなと思いかけたが、恐らくそうではない。
ユノはさらに続けた。
「お前たちも、その調査隊に加わらないかってお誘いさ。
もちろん今すぐじゃないし……ぶっちゃけ、今のままじゃ力不足だ」
竹を割ったような物言い。
だがそれは事実で、胸に刺さった。
しかし――
「それでは、お話はおしまいでございますね」
リシアが冷ややかに告げた。
ユノは少しだけ笑い、
「ああ、そうだな」
と言って、金貨を一枚テーブルに置いた。
(え、これ……?)
困惑する僕に、ユノが答える。
「飯代だよ」
カイルは青ざめている。
(確か……金貨一枚って、百円玉くらいのサイズで十万円くらいの価値だったような……)
リシアはすぐに言った。
「このような施しを受ける言われはございません。お持ち帰りください」
今日のリシアは、いつにも増して言葉が辛辣だ。
だがユノは意に介さない。
「あんたさっき言っただろ?
後輩の小さな一歩を称賛もできねぇような、ナニの小さい奴は冒険者じゃねぇって」
意地の悪い笑みを浮かべて、続ける。
「――俺からの餞別だよ」
そう言い残し、ユノは背を向けて、さっさと店を出ていった。
その背を見送りながら、
僕は思わず呟いた。
「……かっけぇ……」
ふと視線を感じて振り返れば、
いつもと変わらぬ様子でリシアが僕を見ていた。
ちょっと恥ずかしくて目を伏せたけれど――
(あれ? なんか……リシア、ちょっと不機嫌そう?)
と、僕は首をかしげた。




