十年過ごした男とダンジョンの謎
焚き火の火が、ゆらゆらと揺れていた。
僕たちの他にも何組かの冒険者パーティーが野営を始めていた。
ダンジョンの中なのに、空間はすっかり“夜”になっている。
本当に、不思議な場所だ。
地下なのに陽の光が差し込み、清浄な空気が流れている。
これだけ多くの冒険者が潜っているのに、
ダンジョンについて分かっていないことだらけだという。
調査隊が何度も組まれ、
過去には徹底的な調査も行われた。
だが結局――何ひとつ核心には至らなかった。
そして最終的には、
「六神の加護による聖域」
という話に落ち着き、
教会の管理下に置かれたことで、
それ以上の調査は“不敬行為”として禁じられた。
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「ダンジョンが意思を持ってて、冒険者を食べてるって説もあるんだ。
面白いでしょ?」
カイルがスープの匂いに鼻をくすぐられながら言う。
ダンジョンで死んだ冒険者や魔物は、
一定期間が過ぎると“消えてしまう”。
文字通り、跡形もなく。
焚き火の燃え滓も、
冒険者が持ち込んだアイテムも、
放っておくといつの間にか消える。
これだけの人数が出入りしているのに、
迷宮内部がゴミだらけにならないのは――
すべてが消えていくからだ。
ただし、消えるまでの時間は物によってバラバラで決まっていない。
十年間ダンジョンに籠もり続けた変わり者の冒険者がいた。
彼も彼の持ち物も、その間はまったく消えることはなかった。
だが――
彼が魔物にやられて死んだ途端、
死体も装備も、すべてまとめて消え失せたのだとか。
これも含めてすべて、
今は“六神の思し召し”として扱われている。
本当に、不可思議な場所だ。
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「ユウ、煮えました」
リシアがお椀にスープを注いでくれる。
今日の夕食は、
鶏に似たトサカを持つトカゲの肉で作ったスープだ。
ダンジョン内には食べられる魔物も多く、
それらは冒険者の重要な栄養源になる。
カイルが種族名や名前を教えてくれるけれど、
正直すべて覚えきれない。
(……それにしても、カイルは本当に物知りだ)
街道の魔物や草花、
ダンジョンの構造、
この世界の常識や情勢。
失敗も多いけれど、
彼は色んな人から話を聞き、
大事なことを手帳に書き留めている。
この世界では紙が貴重だから、
書けることは限られている。
だからこそ、書ききれなかった部分は忘れるのだろう。
カイルの“うっかり”は、
きっとそのせいだ。
そんなことを思いながら、
僕は熱いスープを受け取った。
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ちなみに――
僕は“記憶喪失の旅人”ということになっているらしい。
あまりにも物を知らなさすぎて、
カイルが心配してリシアに尋ねたのだ。
その時リシアは、こう説明したそうだ。
「ユウは衰弱して森をさまよっておりました。
リシアが保護したときには大事な記憶を失っており、
この世界のことはほとんど何も知らないのです」
……と。
最近になってその話を聞いた。
どうりでカイルが色々と説明してくれるわけだ。
僕がリシアに確認すると、彼女は悪びれもせず、
「リシアが召喚した勇者様ですとお答えしたほうがよかったですか?」
と真顔で言った。
僕は素直に、
リシア、フォローしてくれてありがとう
と引き下がった。
本当のことを言われていたら、
僕はもう少し面倒なことになっていた気がする。




