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黒鉄のゴブリン

ガサッ、ガサガサッ――


林の奥から姿を現した影は、

僕の想像していた魔物より遥かに“大きかった”。


二メートル?

……いや、三メートルは優に超えているかもしれない。


尖った耳、高く長細い鼻。

丸まった背中と黒鉄のような皮膚。

肩幅は広く、常軌を逸したような筋肉が盛り上がっていた。


カイルが息を呑む。


「……っ! 渡りの……ゴブリン……?」


不揃いの牙が並ぶ口が大きく開かれ――


『グォーーーーーー!!!』


咆哮が大気を揺らした。


リシアがわずかに目を細める。

その仕草は冷静そのものなのに、

どこか“考えている時間がいつもより長い”気がした。


カイルがゴクリと唾を飲む音が聞こえる。


「あいつら、巣を無くしたゴブリンが

 生き延びるために“進化”したやつなんだ……」


「進化?」

僕は聞き返した。


カイルは盾を握りしめたまま続ける。


「ゴブリンは弱い。巣を失ったら普通は死ぬ。

 生きるすべも、仲間の恩恵も全部なくすから。

 でも運よく生き残って“渡り”になるやつは……

 大型化して、凶暴化して、

 下手したらゴブリンロードにまで進化するんだ」


僕は背筋が冷たくなるのを感じた。


魔平原で角兎以外の魔物もそれなりに狩ったし、

ラクナ山地でも危険な魔物は沢山いた。

けれど、そいつらなんてこの怪物の“足元にも及ばない”。


巨大な棍棒が力任せに振り下ろされる。


地面が爆ぜ、

土塊が散弾のように四方へ弾け飛んだ。


カイルが盾を上げるより早く、

僕が避けるより早く、

リシアの結界がそれらすべてを受け止めた。


狼の魔獣たちが傷だらけだった理由――

これだ。


だが、その一撃を放ったゴブリン自身は

かすり傷一つ負っていない。


カイルは穿たれた大地を見て震える。


「ど、どんな腕力だよ……」


怪力スキル持ちのカイルですら比較にならない。

この魔物は“渡り”というけれど、

ゴブリンがここまで凶悪になるものなのだろうか?


よく知らない僕には、

それがもっと別の何かのように見えた。


カイルは盾を捨て、

両手でハルバードを構え直す。

防御に意味はない――

喰らえば一撃で死ぬと判断したのだろう。


僕は剣を握るしかなかった。


恐怖が胸にへばりつき、

足がひどく震えていた。


そんな僕らを尻目に――

リシアは、さらに一歩前に出た。


「減速〈スロウ〉……束縛〈バインド〉……虚脱〈ウィーク〉……霧惑〈ミストレール〉……鈍痛〈ブライン〉」


次々に魔法陣が現れては、

ゴブリンめがけて光が放たれていく。


「複数同時、無詠唱魔法!?」


そんなリシアに、カイルが目を丸くする。


「カイル様、今です」


見ている場合かと言いたげに、

リシアがカイルに指示を飛ばす。


ゴブリンの動きは目に見えて遅くなり、

最後の鈍痛の影響か、痛みに苦しんで

ひどく集中力に欠けていた。

そして、僕たちのこともよく見えていない様子だった。


カイルがハルバードを大振りし、

その胴にとんでもない一撃を叩き込む。


本来なら胴を真っ二つにするであろう一撃は――

けれど、ゴブリンの硬い表皮にはじかれた。


思いもしなかったのだろう。

カイルは反動で体勢を崩し、その場に倒れ込んだ。


「まずい!」


僕は慌ててカイルに駆け寄る。

物理で効かないなら――と、

僕は剣に魔素マナを注入する。


僕の魔素はまだ少ない。

全身に流れる魔素を、

必要な部分にだけ流す。


弓のように、槍のように。

僕は頭の中でイメージして、

真っ直ぐにゴブリンの喉を貫く。


なんとか刺さった一撃にゴブリンは一瞬だけたじろぎ、

カイルから意識が離れた。

だけど――それだけだった。


むしろ、その一撃によって

鈍痛や霧惑の呪縛から解放されたようにすら見える。


丸太のような腕に吹き飛ばされ、

僕はリシアの足元に転がった。


「―――っ……!」


肺が圧迫されて息が詰まる。

慌てて後ろに飛んだから致命傷は免れたけれど、

僕は全身を強かに打ち、痛みに顔を歪めた。


「大丈夫ですか? ユウ」


リシアがすぐさま回復魔法をかけてくれる。


その間もカイルは、

なんとかハルバードでいなしながら

ゴブリンの気を引いてくれていたが――

全く攻撃は通っていない。


立ち上がり、もう一度剣を構えようとした僕に――


「ユウ、カイル様。……お下がりを」


リシアは言った。


カイルがいったん後ろまでさがり


そして、リシアがゴブリンの真正面に立ちはだかる。


止めようとした僕らの言葉を、

リシアは静かに切り捨てた。


「邪魔です」


冷たい言葉だった。

だが、それが僕たちを守るための最善だと分かった。


「もっと後ろへ。……リシアがやります」


有無を言わせない声音。


僕は理解する。


今の僕では到底かなわない相手だ。


ひどく情けなく、ひどく格好悪いけれど――

化け物を前に、僕はリシアのさらに後方へ下がった。


カイルはまだ飛び出そうとしたけれど、

腕を掴んで止める。

気持ちは分かる。でも今の僕たちは、

ただの“足手まとい”だ。


ゴブリンは何かを察知したのか、

慎重にリシアを見ながらジリジリと距離を詰めてくる。

間合いに入った瞬間、一撃で決めるつもりなのだ。


だけど、リシアはたじろぎもしなかった。


灼界圧縮コンプレッション・ブレイズ


それは、一瞬の出来事だった。


リシアの放った炎の渦が、

森の空気ごと一帯を呑み込み――焼き払った。


轟音が街道を揺らす。

吹き上がる熱風が、頬を焼くようだった。


圧倒的な魔術。


それなのに――

たった一瞬だけ、

リシアの魔力が“揺れたように”感じた。


錯覚かもしれない。

気のせいかもしれない。


僕は息をひそめる。


(……リシア?)


彼女の背中から伝わる魔力の気配が、

どこか、いつもより冷たい気がした。


理由は分からない。


ただ、心の奥底が妙にざわめいた。



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