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恐慌

第五宿を発って二時間ほど経ったころ。


まだ朝靄が残る街道を、

僕たちは三人は並んで歩いていた。


カイルは相変わらず山のようなリュックサックを揺らしながら、

最近覚えた植物の知識を得意げに披露していた。


「このあたりの茂みには、“狼避けのツタ”が生えててさ……

 ほら、こういう赤い実がなってるんだ」


「それは別種の植物でございますね」


「そうそう、これに似たやつ。それからコレはヘビイチゴって言って――

 赤くて美味しそうだけど食べられないんだ」


「食用には適しませんが、野イチゴの一種ですので毒はございません。

 地域によってはジュースやお酒に加工されます」


カイルが話すたびに、リシアが律儀に細かく訂正していく。

“間違っているなら教えてほしい”と僕が言ったのを、

彼女は一言一句そのまま守っているのだろう。


その結果――

カイルのライフゲージが、みるみる減っていくのが見えるようだった。


僕が言えた義理じゃないけど、

カイルは博識だけど詰めが甘いというか、経験不足というか……

だいたい合ってるのに、肝心なところでよく間違える。


そんなカイルが気を取り直して

「街道の石はさ、時代によって敷き方が違って――」

と語り始めた、そのときだった。


草むらの奥で、

「ピシッ」と枝の折れる鋭い音がした。


僕は反射的に足を止める。

リシアは当然のように僕の一歩前へ出る。

銀の眼が、そっと細められた。


「……ユウ。何か、近づいております」


カイルは慌てて荷物を下ろし、

ハルバードと盾を構えた。


飛び出してきたのは――

大量の角兎ホーンラビット


「ひゃっ!?」


カイルがびっくりして飛び跳ねる。

けれど角兎たちは、僕らには目もくれず素通りしていく。


僕は違和感に気づき、低く呟いた。


「……動きが変だ」


「はい。興奮状態……いえ、“恐慌状態”にございますね」


リシアが珍しく、言葉を慎重に選んでいた。


角兎たちは鼻息を荒げ、

まるで背後の何かから命からがら逃げ惑うようだった。


リシアはそっと手を伸ばし、

魔力の流れを視るように空気を撫でる。


カイルが思わず声を張り上げた。


「な、何から逃げてんだよ! こんな街道で!?」


「カイル……落ち着いて」

「ご、ごめん……!」


その瞬間だった。


バサッ――!


森の奥で、大きな何かが動く音。

リシアの眉がわずかに動いた。


「……ユウ様。

 “まだ出てきます”。」


ガサッ、ガサガサッ――


草原に向かって倒れ込むように現れたのは、

小型の狼型魔物たちの群れ、息も絶え絶えに飛び出してきた。


その体は傷だらけで、

まるで何かに追い立てられて逃げてきたようだった。


牙をむくでもなく、唸り声を上げるでもなく、角兎たちと同じように全力で逃げ去っていく。


「な、なんだよこれ……!」


カイルが後ずさる。

しかし狼たちには戦意がない。

ただ必死に、生き延びようとしているだけだった。


「……林の奥に、なんかヤバいのがいる」


僕の言葉に、リシアが静かに頷く。


「ヤバいのって、なんだよ!」


「わからない……でも――」


「お静かに。……来ます」


慌てる僕らを、リシアは極めて冷静にたしなめた。



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