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小さな一歩

カイルはよろよろと立ち上がり、

ハルバードを「どっこいしょ」と持ち直した。


「当たりさえすれば一発なのに!」


確かにそうだ。

角兎の攻撃はカイルに全然効いていない。

このままいけば、当たりさえすれば一撃で片はつくだろう。


それは間違いない。


……だけど。


僕はふと、リシアに最初に教わった言葉を思い出した。


――“過剰な筋肉は必要ありません。

   逆に燃費が悪くなり、

   可動域も狭くなります”――


リシアが優しく、しかし淡々と教えてくれた内容。


筋肉は必要な分だけでいい。

締まった身体に魔素を通して強化すれば、

少ない力でも十分に動ける。


(……そういえば)


カイルが角兎を追いかける姿を見ていると――


重い武器を振り上げるときだけ妙に速いのに、

踏み込みや狙いが遅い。


横薙ぎのときの身体のひねりも、

突撃を受けたときの姿勢も、


“力が先に出て、身体が追いついていない”


そんなふうに見えた。


つまり。


カイルは力の使い方を理解していない。


僕はそのことに気づいた。


(ああ……そういうことか)


過剰に魔素を通しすぎて、

逆に身体を硬くしてしまっている。


本来なら必要な箇所だけ強化すれば良いのに――

“全身を全力”にする癖がついている。


重いハルバードを扱うために、

力を常に最大にしてしまう。


そのせいで細かな調整ができていないのだ。


力は本物。

でも扱い方が全然追いついていない。


(これじゃ……角兎どころか、小さな魔物にも振り回される)


僕は思わず口を開いた。


「カイル……

 もしかして、怪力って……

 いつもずっと全開にしてる?」


「え、あ……?

 そりゃ……そうだよ?

 力を抜いたら持ち上がらないし?」


……それだ。


僕は確信した。


そもそも重量級の武器は

その時々によって力の入れ方を変えるべきなのに、

カイルは“持てるから”そのままフルパワーで振り回している。


「カイル、肩の力を抜いて……刃じゃなくて柄の方を使ってみたら?」


「……柄?」


カイルが首をかしげる。


ちょうどそのとき、

タイミングよく角兎がカイルめがけて突進してきた。


「わっ!? あっ……!」


反射的にカイルはハルバードの“柄”の部分を横に出した。


ポンッ!


軽い音とともに角兎が弾かれる。


「わっ!? わっ……!」


勢いのまま、

カイルはハルバードをくるりと回転させ――


ドガッ!


鈍く重い音、地面にハルバードと共にウサギがめり込む。


ようやく、角兎に一撃を食らわせることができた。


重い刃を振るうのは微調整が難しい。

でも柄なら、カイルの腕力ならば細かく動かせる。


柄でいなして追撃。

これなら、カイルでも十分に素早い相手に対処できる。


「やった……! ユウさん、やったよ!」


跳ねるように喜ぶカイルに、僕も笑って返す。


「やったね!」


リシアとも喜びを分かち合おうと

振り返った僕は――思わず固まった。


リシアは、無残にひき肉になった兎を見つめていた。

角も肉も、木っ端微塵。


「……素材もお肉も粉々でございますね」


静かに放たれたその言葉に、カイルは


「ははははは……はぁ……」


乾いた笑いをこぼして、深くため息をついた。



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