街道にて
予定通り、僕たちは翌朝にはリベル・オルムに向けて出発した。
カイルはさすがというか、旅が決まってからは手慣れたもので、
市場で必要なものを手早く買い集め、
あっという間に旅支度を終わらせてしまった。
驚いたのは、彼が持っていた巨大なリュックサックだ。
体の二倍ほどある荷物をカイルはひょいと担ぎ、
さらにそこには長大なハルバードが突き刺さり、
鋼鉄の盾まで引っかけているのだから凄い。
総重量、何キロあるんだろう……。
それを軽々と持って歩けるのは、
カイルのユニークスキル《怪力》のおかげだ。
「ごめんね、ユウさん。お金は必ず後で返すから」
角兎にやられた傷と宿代で、
カイルは旅銀のほとんどを使い切ってしまっていた。
旅に必要な物品の購入も、昨日の宿代も、
僕とリシアの財布から出した。
昨日からカイルはそのことをしきりに気にしていた。
「旅の仲間なんだし、そんなこと気にしなくて良いのに」
僕が言うと、カイルは「だからこそだよ!」と語気を強めた。
「お金の管理、報酬の分配はパーティーで一番もめるところでさ。
俺が言えた義理じゃないけど、一番ちゃんとしないといけない部分なんだ。
仲間だから“こそ”なあなあにしちゃいけないんだよ。
ユウさんが良い人なのは知ってるけど……
お金のこと蔑ろにするのは、仲間にとってむしろ失礼なんだぜ?」
年下からめっちゃ怒られた。
でも、言われてみれば本当にその通りだ。
みんな慈善事業で冒険者をしているわけじゃない。
理想も事情もそれぞれあるけど、根本は “生きるため” だ。
お金は大事だ。
間違いない。
そこを曖昧にして施しみたいなことをするのは、確かに違う。
持ちつ持たれつでなければ仲間とは言えない。
(僕はずっとリシアにもたれっぱなしだけど……)
ちょっとしゅんとしてリシアの方を見ると、
「ごもっともでございます」
と返された。
情けない。
***
そういえば、と僕はカイルの大荷物を見る。
「リシア……カイルの荷物もアイテムボックスに入れてあげられないかな?」
リシアは歩みを止め、ゆっくり瞬きをした。
そして、首を横に振る。
「……お断りいたします」
その答えはあまりにあっさりしていて、
少しだけ冷たかった。
「えっ……どうして?」
リシアは首をかしげる。
「カイル様の荷物は、カイル様のものでございます」
それ以上でも、それ以下でもない返答。
(この間の回復魔法のときと同じ……)
僕はそれ以上口を挟むのを躊躇った。
けれど隣のカイルが
ぽん、と明るく笑った。
「いや、いいよユウさん。リシアさんの言う通りだよ。
これは俺の荷物だし、場合によっちゃユウさんの助けになるかも知れないしな」
「え……?」
カイルは荷物を背負い直しながら、
「リシアさん、ありがとう」と言って笑った。
リシアは何も言わなかった。
表情も変わらない。
ただ一度だけ、
ほんの一瞬だけ、
僕の方を見た。
それは言葉にはならない視線だった。
***
アーシェル北西の街道は、リベル・オルムへ向かう冒険者が多く通るため、危険な魔物が極端に少ない。
危険が少ないゆえに、アーシェルで冒険者として仮登録をする人が世界中から集まり、皆がリベル・オルムを目指す。
その結果、さらに街道は安全になり、冒険者はまずアーシェルを目指すようになる。
リベル・オルムとアーシェルの交易は栄え、互いに豊かになっていった。
そして新人冒険者にとって、アーシェルにいる「引退した冒険者」の存在はとても貴重だ。
リシアが語ってくれた昔話は美しいものだったけれど、こちらが本質なのだろう。
実利があるからこそ、アーシェルは冒険者にとって始まりと終わりの街になっている。
カイルによると、昔はリベル・オルムでの冒険者試験は存在せず、アーシェルとリベル・オルム間があまりに簡単に行き来できてしまうため、試験が必要になったらしい。
確かに見渡しても、ほとんど魔物はいない。
たまに見かける角兎も、日本で見るようなちっちゃな兎と変わらない。
角も南側の個体は体と同じくらいのサイズだったのに、こちらはほんの少し生えているだけだ。
これなら“新人用”と言われても納得できる。
(じゃあ……あの最初の平原で狩った角兎はなんだったのさ)
とリシアを見るが、
リシアはどこ吹く風といった顔をしていた。
それから、カイルと旅して分かったことがある。
カイルは、多分戦士としてそんなに無能じゃない。
本人は気にしているけれど――
カイルの武器は、長大で超重量のハルバード。
僕が生前の世界で知っているものより、遥かに大きい。
槍と斧の中間なんてレベルではなく、
金太郎が持ちそうな“太くてデカくて分厚いマサカリ”に、
ぶっとい剣がくっついたような槍。
それがカイルのハルバードだ。
とにかく、カイルでなければ持ち上げることさえ困難だろう、持てるだけで異常なのだ。
僕の知識が正しければ、
ハルバードは万能な反面、とにかく重いから
扱える人間が限られて、騎士の力の象徴としても花形武器になったはずだ。
その何倍も重いそれを、カイルは片手で扱い、
さらにもう片方の手には盾を持っている。
……それは、どう考えても異常の中の異常だった。
けれど。
それは道中で少し大きめの角兎に出会った時のことだった。
カイルは今度こそは、俺に任せてと兎の前に飛び出した。
荷物を降ろし、首の真っ赤なスカーフをヒョイと取り頭にバンダナのように結ぶ。
それからハルバードと盾を握り。
なんだ!これ、めっちゃ強そう!!
カイルが角兎めがけてハルバードを振るう。
ガツンッ!
地面に突き刺さるハルバード。
ヒョイッ
それを軽々と避ける角兎。
武器はすぐに持ち上げられるけれど、
角兎が体勢を整えて突進してくるほうがずっと早い。
「うあっ!」
カイル、ワンナウト。
つづけて力任せの横薙ぎ。
兎はまたしてもヒョイッと避けて、すぐさま反撃。
「ぐわっ!」
ツーアウト。
カイルは盾を構えて突進してくる角兎を弾き倒し、
次の追撃を狙おうとして――
どんっ
「はうっ!!」
みぞおちに角兎が突っ込み、スリーアウト。
僕の頭の中で、
バッター交代の鐘が静かに鳴った。
(……ここが北側平原でよかった)
心のそこからそう思った。




