重なる影
翌朝。
僕とリシアは、いつものようにギルドへ向かった。
朝の空気はまだ少し冷たくて、
辺りはまだほんのり暗い。
ギルドは朝早くからやっている。
昼過ぎまでは主に新規依頼の受付、
夕方からは素材の受け取りや依頼達成の確認が主な業務になるらしい。
ちなみに、午前中の受付にはギルドマスターじゃなく
お姉さんが立っている。
ギルドの辺りに差しかかったころ――
建物の前をうろつく影が見えた。
扉の前を行ったり来たり。
たまに立ち止まってはお辞儀をしてみたり。
首をかしげて、何かぶつぶつつぶやいてみたり。
どこから見ても立派な不審者のその影。
でも、僕はすぐに分かった。
というか、探していた、正にその人だった。
「カイル!」
僕が近づいて声をかけると、
カイルはバネ仕掛けの人形みたいに跳ね上がった。
そんなに驚かなくても。
僕とリシアを交互に見て、
なぜか後ずさるカイル。
どうしたんだろう?僕はリシアと顔を見合わせてから尋ねた。
「こんなところで何してるの?」
カイルは一瞬逃げようとしたが、
何やらもごもご口を動かしたあと、
観念したように肩を落とす。
「……二人を探してたんだ」
***
カイルはぽつりぽつりと、この数日の経緯を話した。
せめての罪滅ぼしに角兎を討伐しようとして失敗して寝込んでいたこと。
それから、ギルドで聞いた“僕たちの噂”のこと。
そんなこと気にしなくていいのに。
そう思う僕とは裏腹に、
カイルはいずまいを正すと、深々と頭を下げた。
「本当に……ごめんなさい」
言いたかったのはそれだけなんだ。
そう言って気まずそうに頬をかき、
立ち去ろうとするカイルを、僕は慌てて呼び止めた。
「探してたのは――僕らも同じなんだ!」
「……へっ?」
カイルは心底不思議そうな顔で振り返る。
「リベル・オルムまで、僕たちとパーティを組んでほしい」
僕の言葉に、カイルは狐につままれたような顔をした。
確かに、いきなり言われたら当然だろう。
だから僕は包み隠さず説明した。
僕とリシアが旅に慣れていないこと。
信頼できる案内役がほしいこと。
街のことを色々教えてほしいこと。
報酬を払って“案内人として雇う”こともできた。
お金に困っているわけではない。
先日の素材の買取で、僕らは十分な報酬を得ていたからだ。
それでもなお――
僕はカイルを“雇う”のではなく、
仲間として一緒に旅をしたいと思った。
彼からすれば、
「お金も払わずに都合よく利用しようとしている」
そう思ってもおかしくない。
だからこそ、僕は全部を正直に話した。
カイルは、しばらく黙って僕を見て……それからリシアをみて、小さく息を呑んだ。
「……ほんとに、俺でいいの……?」
押し出すように吐き出された言葉。
僕は強く頷いた。
「うん。僕は、カイルと一緒に行きたいんだ」
横でリシアも静かに言う。
「ユウがお望みでございます。
カイル様がよろしければ、リシアに異存はございません」
カイルはびっくりしたような顔をしたあと、俯いて。
「…………行くよ。
俺でよければ……行かせてください」
顔を上げた。
早朝の薄い光がギルドの門に差し込み、
三人の影がゆっくりと重なった。
まるで、新しい旅路の幕開けのように。




