少年カイル
栗毛の少年はカイルと名乗った。
使い込まれた鞣し革の鎧に、赤いスカーフがよく映えていた。
この世界で僕たちが目指すべきは、ギルドの入会登録ができる街――
自由都市リベル・オルム。
各ギルド支部でできるのは、あくまで冒険者“見習い”の登録のみで、
本登録はリベル・オルムのギルド本部でしか行えないという。
そこまで辿りつくこと自体が試験であり、
本部で簡単なテストを受けて、初めて正式な冒険者になれるとのことだった。
「リベル・オルムは神聖国家リュミナートの庇護下にあってさ!
リュミナートをはじめとした五大国に支えられて、周辺の古代迷宮の探索の最前線を担ってるんだ!」
自由都市周辺は、強大な五大国家の緩衝地帯。
実権は冒険者ギルドと“協商連合”と呼ばれる商人ギルドが握り、
その両者をまとめるのが、この世界で信仰される六神信仰の総本山――神聖国リュミナート。
教会の庇護下に置かれた自由都市は絶対不可侵であり、
いかなる国であっても武力により侵すことは許されない、完全中立の場なのだ。
六神信仰についてもカイルはいろいろ教えてくれたが、
僕の頭は情報過多で追いつかない。
僕より年下の彼がどうしてこんなに知識や経験があるのか、
ただただ驚かされるばかりだった。
リシアだけは「なるほど……」と興味深そうに、
すべてを理解している様子だった。
その後、カイルに安くて良い宿を紹介され、僕らはそこに泊まった。
料理も宿も抜群に良かったけれど、ひとつだけ気になったことがある。
店主が僕たちを見て、少し苦笑しながら言ったのだ。
「またあの子の紹介か……」
意味は分からない。
でも――カイルにはカイルの事情があるのだろう。
***
翌朝、僕らはギルドに仮登録の手続きへ向かった。
ギルドの前では、カイルが元気よく手を上げている。
……早い。
何時から待ってくれていたんだろう。
仮登録に必要なのは、契約書へのサイン、
それから“有用な薬草の納品”と“角兎一匹の納品”だった。
驚いたのは、
僕がこの世界の言葉を読めていたことだ。
日本語でもないのに、リシアの言葉もカイルの言葉も、
ギルドの契約文書でさえ不思議と理解できている。
文字もアルファベットに似ていて、頑張れば読める。
(元いた世界で考えれば、確かにこれってチートだよなー)
派手な能力も欲しいけど、
こういう実用的な恩恵も悪くない。
……と、見たこともない転生女神に感謝しておく。
いつ枕元に現れるか分からないし、ゴマはすっておいて損はない。
(新生ユウは、ちょっとズルく、打算的に生きるのだ!)
そんなアホなことを考えているうちに、
リシアは薬草採取と角兎討伐の依頼を淡々と受け終えていた。
……申し訳ない。
こうして僕とリシア、そして――
なぜか当然の顔をしたカイルも同行して、
初めてのクエストへと出かけた。
***
「角兎は大きい生き物を怖がるんだ」
カイルがそう言った。
襲われそうになったら、
両手を大きく上に伸ばして大声を出せばひるむ、と。
薬草は、良い薬草ほど黒くて深い色をしているらしい。
食用キノコは地味な色をしているんだ、とか。
カイルは本当に色んなことを知っていた。
そして僕は、それを信じて――とにかく全部ひどい目にあった。
「……ごめん」
がっくりと肩を落とすカイルに、
リシアが容赦なく補足を入れる。
「確かに角兎は大きく強いものを恐れます。
ですが、臨戦態勢に入った角兎に対して無防備に威嚇するのは大変危険でございます。
露草も、青黒く色づいたものは有用回復成分を多く含みますが、
黒ずんだものは別種の毒草で、腹痛・吐き気を催します。
それから、昼食のきのこですが……」
「リシア、分かった、ありがとう……もういいから……」
僕はぐるぐる鳴るお腹と、角兎にかすられた腕を押さえて、
リシアを制止した。
カイルの精神ゲージはすでにマイナスだ。
リシアが補足を入れるたび、
申し訳なさに死にそうな顔になっている。
精神的にも肉体的にも限界だろう。
そして僕のお腹も、もはや限界だった。
……というか、知ってたなら先に言ってくれ、リシア。
僕とカイルは同時に口を押さえて、
宿屋のトイレへ飛び込んだ。




