少しずつ、ゆっくりと
僕が深いため息を漏らした直後だった。
「……疲れましたか?」
リシアが、振り返ってそう言った。
その声は風に溶けるほど静かで、僕を責めるでもなく、励ますでもなく、
ただ“そこにいてくれる”声だった。
一瞬、胸がぎゅっと縮む。
(僕はリシアと一緒にいるんだ)
過去の後悔や、自分の醜さに溺れている場合じゃない。
僕よりずっと強くて、経験も知識もある人だ。
リシアは一人でも歩ける。
でも、だからこそ――僕が足を引っ張るようなことはしたくない。
すべきじゃない。
彼女を助けたいとか、役に立ちたいとか、そんなレベルに僕はない。
だからこそ、僕は僕自身くらいちゃんとしないといけない。
過去の懺悔より、今のことだ!
僕は顔を上げた。
「……大丈夫。ありがとう」
言えた。
それだけの一言なのに、胸の奥がじんわりと熱くなる。
今までの僕なら、言えなかっただろう。
リシアはゆっくり、ふっと小さく微笑んだ。
その微笑みは、また僕の心を真っすぐ揺らして――
だけど、やっぱり僕の心は痛くなった。
すぐには変われない。
少しずつでいい、ゆっくりでいい。
両親の声と、リシアの声が重なりあったように感じられた。
***
森を抜けた。
オオヤモリやサンショウウオの巨大な化け物とか、
魔の平原に比べたらインパクトのない魔物を、なんとかかんとか退治しつつ――
僕は平原に出たところで、愕然とした。
何にって?
「角兎、可愛くない?」
そこには、中型犬くらいの角ウサギがいた。
……これが、つのうさぎ?
いやいやいや、魔の平原にいた奴はこんな可愛らしい様相してなかったよ!?
確かに角は長くてヤバそうだけど、こんなの、晩御飯にしてた小鼠と変わらないじゃん?
僕は角兎の可愛らしい突撃からひょいと身をかわし、その首根っこを捕まえる。
「……済まないけど、お前は今日の晩御飯だ」
なるべく苦しまないように、首を素早く切り落とし、血抜きをする。
ふと思い出した。
リシアは毎朝ちゃんと洗濯をしているのだと思っていたけれど、
メインは「前日に狩った、血抜きの終わった魔物の回収」だったことを。
僕は魔術を使ってウサギの中の血液を操作する。
すべて外に絞り出すイメージ。
血管を通して外へ吹き出させる。
それから毛皮をはいで肉だけにして、アイテム袋に入れる。
本当は少し熟成させたほうが美味しいらしく、
リシアは魔の平原で魔物を狩っては、洗濯の傍ら、干し肉にしていたらしい。
アイテムボックスに入れれば日持ちも保存も効くが、
それだといつまでも血なまぐさくて――現代人の僕が食べるにはきついらしい。
確かに、リシアの作ってくれるスープは美味しいけど、野性味が溢れていた。
角兎はちなみに草食ではなく雑食で、
時には人間も襲って食べるのだとか。恐ろしい。
だから肉も臭みが強く、
血抜きと塩を塗り込んでの乾燥がないと食べづらいらしい。
「魔の平原は人間が寄り付かないので、人肉を食べていないウサギがほとんどで美味しいんです」
……とはリシアの弁だが、僕は聞かなかったことにした。
この先、ウサギを食べるたびに
「こいつは人食ったのかな〜」
とか考えるのは、ごめんだ。
というか、リシアもなんか当たり前みたいに言ってたけど……
冒険者もリシアもこえーよ。




