第121話 兄
「ヴィーゼル・シュタイン?」
ヴィーゼルの半ば悲鳴のような名乗り。
それを耳にしたツヴァイは、にわかに動きを止めた。
兄弟の存在については、ヴィクトルから何度か聞いたことがある。
ヴィーゼルという名にも聞き覚えがあった。
……主に、あまり良くない人物としてではあったが。
「確かめるでありますよ」
彼女はそのままヴィーゼルの方を見ると、タンッと地面を蹴って飛んだ。
そして、ゴーレムたちの背を使って戦場をウサギのように跳ねて移動する。
その人間離れした跳躍力を目の当たりにして、ヴィーゼルはさらに顔を青くした。
「お、俺はヴィクトルの兄だぞ……!! 丁重に扱え!」
ゆっくりと近づいてきたツヴァイに対して、ヴィーゼルは大きく胸を張った。
だがその一方で、腰は見ていて哀れになるほどに引けている。
ある意味、お手本のような虚勢だ。
ツヴァイは馬上にいるヴィーゼルに近づくと、その顔をゆっくりと見上げる。
「いぃっ……!!」
ゴーレム独特の無機質な瞳。
それを見て、ヴィーゼルはたちまち声にならない叫びを上げた。
馬上でのけぞる彼に、ツヴァイは容赦なく距離を詰める。
「確かに、顔は少し似ているでありますな。兄だという証拠は何かありますか?」
「こ、この剣を見ろ! シュタイン家の家紋が入っているだろう!」
そう言うと、ヴィーゼルは腰の剣を抜き放った。
剣の柄にはシュタイン伯爵家を示す蔦十字の紋章が刻まれている。
するとそれを見たツヴァイは、目を細めて言う。
「そのぐらい、簡単に用意できるでありますよ。何の証拠にもならないであります」
「な、なにぃ!? 我が伯爵家の家宝だぞ!」
「なら、これを見るでありますよ」
近くにいたゴーレムが、ツヴァイに金属の塊と道具を差し出した。
それを受け取ったツヴァイは、目にもとまらぬ速さで手を動かし始める。
――カカカカカカッ!!
激しい金属音、飛び散る火花。
金属の塊は見る見るうちに削れていき、やがてその表面に蔦と十字の印が現れる。
それは先ほどヴィーゼルが見せた伯爵家の紋章にそっくりであった。
「この通りであります」
「馬鹿な! この紋章は王都の工房でなければ刻めないはず……!」
「そう言われても、出来るものは出来るでありますよ」
ツヴァイにそう言われ、ヴィーゼルは困り果ててしまった。
これ以外に、自身がヴィクトルの兄であることを証明するものは手元にない。
いったいどうすればいいのか。
追い詰められてしまった彼は、もはやなるようになれとばかりに怒鳴り始める。
「なんだっていい! とにかくヴィクトルを呼べ、奴と話をさせろ!!」
「そう言われても、会わせるわけにはいかないでありますよ」
「会わせられない理由でもあるのか! 俺は兄だぞ!」
怒りで恐怖を紛らわせようとしているのだろう。
ヴィーゼルはその後もやたらめったらに怒鳴りまくった。
するとツヴァイは動きを止め、どう対処するべきか思案を始める。
感情をむき出しにした人間の理不尽さが、ゴーレムの頭脳に負荷をかけたのだ。
こうして動きを止めて黙った彼女を見て、周囲の兵士たちが勘違いをする。
「お、おぉ!? ヴィーゼル様の勢いに圧された!?」
「すごい! すごいぞ!!」
湧きかえる周囲の兵士たち。
彼らの目には、ヴィーゼルがツヴァイを黙らせたように見えた。
彼らの声援を受けて、ヴィーゼル自身も何が何だかわからぬまま調子に乗る。
「そうだ! 俺は兄なのだ、おとなしく言うことを聞け!」
「そうだそうだ!!」
こうして始まった「そうだ!」の大合唱。
それまで受けてきた恐怖の裏返しだろう、異様な熱気が周囲を包む。
やがて、下を向いていたツヴァイがゆっくりと顔を上げた。
そして――。
「やはり始末するのが手っ取り早いでありますな」
「始末!?」
「今ならただの事故であります」
そう言うと、ツヴァイはスッと手を引いて構えた。
一瞬の間。
空気が張り詰めた直後、強烈な威力の貫手が放たれる。
――死んだ。
引き延ばされた時間の中で、ヴィーゼルは自身の死を明確に感じた。
――ズゴォンッ!!
たちまち、胸部を守る分厚いミスリル製の鎧に呆気なく穴が開く。
そして指先が心臓をえぐり出そうとしたところで、ふっと手が止まった。
「……何か来たでありますな」
ツヴァイはそのまま身を引くと、すぐさま周囲を観察し始めた。
――理由はわからないが、助かった!!
九死に一生を得たヴィーゼルは、わけもわからぬままほっと息をついた。
あとはこのまま、馬で逃げ去ってしまえばいい。
彼はツヴァイに背を向けると、馬に鞭を入れた。
馬はいななきと共に走り出し、ツヴァイの姿が小さくなっていく。
「あ、危なかった! 殺されるところだった!」
息も絶え絶えに逃げる姿は、もはやただの敗北者。
底には貴族の矜持も兄の誇りもあったものではなかった。
だがここで、彼にさらなる不幸が襲い掛かる。
「……あ?」
ゴーレムの向こうから、緑色の肌をした集団が姿を現した。
ゴブリンだ。
無尽蔵のように見えたゴーレムよりも、さらにその数は多い。
数千、いや、数万単位はいるようだ。
しかもその中には、ゴブリンとは思えないほどの巨体を誇る姿もあった。
「グオオオオォッ!!!! 我は小鬼王なり!!」
天地を揺るがすほどの咆哮。
ヴィーゼルはそのまま馬から転げ落ち、無様に尻餅をつくのだった――。
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