閑話 大遠征
「素晴らしい、短時間でこれだけの軍勢が揃うとはな」
サリエル大樹海に向けて、街道を進んでいく軍勢。
その行列を馬上から眺めながら、ヴィーゼルは満足げにうなずいた。
河川交易の中心地にして、王国北部最大の都市ヴェチア。
そこを襲撃した未知の勢力を征伐すべく、国王の許可を得て組織された諸侯軍。
……というのが、この軍勢の表向きの素性である。
しかし実際のところは、諸侯の様々な思惑と欲望が渦巻く雑多な混成軍であった。
「大樹海にはミスリルが山のようにあるとか」
「魔石もふんだんに採れるらしいぞ」
「皆様、わかっておりませんなぁ。かの森で一番価値があるのはエルフでしょう。ヴェチアで暴れたやたら強いメイドというのも、きっとエルフに違いありません」
下卑な欲望を剝き出しにしながら、笑い合う貴族たち。
これから未知の大樹海へと赴くというのに、彼らは慢心しきっていた。
精強な軍勢を率いることで、すっかり気が大きくなっているらしい。
「……のんきな連中だ」
「彼らは大樹海の脅威を直接知りませんからな」
「だが、あんな連中でも数合わせにはなる。ヴィクトルの作った集落を踏み潰すには十分だ」
馬鹿笑いする貴族たちを横目で見ながら、ヴィーゼルと副官が言葉を交わす。
サリエル大樹海に面しているシュタイン伯爵領の人間として、ヴィーゼルは彼らほど森の脅威を軽く見てはいなかった。
とはいえ、ヴィクトルが森の開拓に成功したらしいという事実もある。
たった数名の開拓団で開拓できる森に、数千名の軍勢で乗り込むのだ。
兵士の犠牲は出るだろうが、自分たち貴族は安全だろうと考えていた。
「問題は、例の空飛ぶ船ですな。空から油でも落とされれば、それだけで大被害は免れません」
「それについては、フィローリ様が対策をしておられる」
そう言うと、ヴィーゼルは軍勢のはるか後方を振り返った。
すぐに兵士たちが木組みの大きな台車を引っ張っているのが見える。
その上には金属製の筒のようなものが据えられていた。
「南方から輸入した”竜落とし”だそうだ。あれで船を落とせるらしい」
「確か、火を噴く飛び道具でしたかな?」
「ああ。私も詳しくは知らないが、凄まじい破壊力らしいぞ」
黒々とした金属製の巨体。
大勢の兵士に曳かれるその姿は、何とも頼もしいものであった。
あれならば、空飛ぶ船の腹に大穴を空けられるだろうと期待が持てる。
「多少の犠牲は出るだろうが、今回の遠征でヴィクトルの開拓地は終わるだろう。そしてヴェチア襲撃の主防犯としてやつをとらえれば、私が当主になれる」
「ついでにヴィクトルのゴーレムも手に入るというわけですか」
「ああ。捌くルートについても、灰被り猫が協力してくれることとなっている」
当主となり、巨万の富を得ることを夢想してヴィーゼルの表情が緩む。
この遠征さえ乗り切ることが出来れば、後は明るい未来が待っているはずだった。
領内で起きている様々な問題も、当主になってから取り組めばいいのだ。
「おぉ、あれは! アーブ男爵の!」
ここで街道の向こうから、黒い鎧を纏った一団が現れた。
アーブ男爵の率いる騎士団である。
魔獣の多さで知られる赤月山を治めるアーブ男爵の騎士団は、数こそ少ないが勇猛さにおいては王国屈指とされていた。
「よくぞ来てくれた、アーブ男爵!」
地竜に乗っていたフィローリが、立ち上がって声を張り上げる。
彼はそのまま地竜の上に設けられた輿を降りて、アーブ男爵へと駆け寄った。
そして、さながら旧知の友であるかのように手を握った。
「貴殿が来てくれれば、我らの勝利は確実ぞ! 歓迎しよう!」
「閣下直々にこのような……感謝いたします」
フィローリに手を握られて、すっかり感激した様子のアーブ男爵。
それを見たヴィーゼルは、やれやれという顔をする。
「あれがあるから、あの方は侮れん」
「自分が良いと思った者には意外と素直ですからな」
普段は傲岸不遜なフィローリだが、気に入った者はとことん丁重に扱った。
能力的には優れているとはいいがたい彼が身につけた、ある種の処世術である。
このおかげで、これまで部下に見捨てられずにやってこれたのだ。
今回の遠征に参戦する諸侯がすぐに集結したのも、この影響が大きい。
「これで全軍揃ったな! 行くぞ!」
地竜の上に戻ったフィローリが、勇ましく手を挙げて叫ぶ。
それに合わせて、アーブ男爵の騎士団が鬨の声を上げた。
少数とはいえ、王国屈指の精鋭。
その迫力は凄まじく、それにつられるようにほかの兵士たちも声を出す。
寄せ集めの軍勢がにわかに一体感を帯びる。
「さあ、進め! 進め!」
けしかけるようなフィローリの声に応じて、再び進軍を始める征伐軍。
先ほどまでとは比べ物にならない速度で、彼らは街道を進んでいく。
こうして野を越え、丘を越え。
ひたすらに進軍を続けること数週間。
とうとう彼らの目の前に、黒々とした森が姿を現した。
「おぉ、着いたぞ!」
「あれがサリエル大樹海……流石に広いですな」
「うむ、呑み込まれるようだ」
大樹海を目の当たりにして、その異様な存在感に圧倒されるフィローリ。
しかしその目からは、全く戦意は失われていなかった。
むしろ、目的地を前にして興奮しているようにすら見える。
「さあ、陣を張れ! ここを侵攻の拠点とするぞ!」
こうして、大樹海の前に征伐軍の拠点が築かれるのだった。
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