表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
入舸沙月の妖隠避録  作者: 朝倉春彦
弐章:禁忌を恐れた日
84/300

84.まだ何かが残っていると思うのなら、時間が許す限り立ち向かえばいい。

まだ何かが残っていると思うのなら、時間が許す限り立ち向かえばいい。

終わったと思っていたことでも、何か別口から"続き"が見られたのなら、それを調べない手は無い。

少しでも自分の中の引き出しを増やすのさ、その積み重ねが大事になってくるんだ。


「沙月様?」


群青色の空から黒い雨が降り続く通りの片隅。

土産物を配り終えて、ボーっと立っていると、ようやく八沙がやって来た。


「どうしたんです?傘もささないで」


声の方に顔を向けると、そこに居たのは、番傘をさした、私と良く似た少年。

その顔を見てハッと我に返ると、何も傘をさしていない私の体はずぶ濡れになっていた。


「あっ、あー。雨に当たりたくて?」

「無理があるでしょう。何かありましたね」


慌てて傘をさしてももう遅い。

八沙のジトっとした目が向けられると、私は苦笑いを浮かべるしかなかった。


「段陀に会ったんだ」

「え?何処でですか?」

「そこの茶屋で。八沙、私の命は明日までみたいだよ」


素直に話すと、八沙の顔が少し引きつる。


「何も起きなかっただけ良い事にしようと思ってね」

「そうは思って無さそうな様子に見えますが」

「色々とあったの」


ずぶ濡れの体。

濡れた和服は身動きが取り辛い。

八沙の横に並ぶと、どちらからともなく、モトの家の方へと歩き出した。


「茶屋の前で団子を食べてたの」

「はぁ」

「で、バッタリあって、話してさ。向こうは私を明日のうちに殺したがってる」

「向こうからすれば、こちらを見つけ出すのは簡単だと言いたげですね」

「実際そうでしょう。なんか、気づいたら色んな妖が私の事を知ってるもの」


そう言いつつ、垂れてきた水滴を拭う。


「ところで、ちょっと遅かったけれど。八沙は何処へ行ってたの?」

「早めに終わっていたのですが、時間もあったので、"2人"の元に行ってました」

「あー、元々は"現実"に居たっていう?」

「はい。どちらもさっきの天狗と似たような妖です。得られた情報も大差無かったですね」


八沙は苦笑いを浮かべつつ、小さく肩を竦めて見せた。


「何かがあるとすれば、明日。そうじゃなくても、段陀が襲い掛かってくる。となれば、今日は何もしなくて良い日ってことになりますね」

「そうみたい。手は出さないから、好きにしろって言われたもの」

「ならば、しっかり休んで準備万端整えましょうか」


そう言うと、八沙は私の体をジッと見つめてくる。

上から下まで、じっと見まわした彼は、私の顔を見るなり「ふっ」と鼻で笑った。


「何さ」

「少し早いですが、オフにしてお風呂にでも浸かりましょうか?」

「んー、まぁ。雨が上がってからの方が良いんだけど」

「暫く上がりませんよ。それに、ずぶ濡れのままってわけにもいかないでしょう」


通りを歩いて、気づけばそろそろモトの部屋の近く。

八沙は数歩先に行くと、クルリと私の方に振り返る。

そして、ハッと何かに気づいた様な顔を浮かべた。


「そう言えば、あの部屋、風呂ナシでしたが。沙月様、お風呂入ってました?」

「失礼な。銭湯に行ってたよ」

「え?あそこは混浴ですよね?…人の常識からすれば」

「気になったのは最初だけ。入っちゃえば、なんかもうどうでも良くなったの」


八沙の問いに素直に答えると、彼は何とも言えない表情を浮かべて立ち止まる。

数歩先に居た八沙に追いつくと、八沙は再び私の横を歩き始めた。


「恥じらいってのが無いんですかね?」

「最初はあったって。でも、なんか。区別ないんだーってのを見てるとね」

「んー。沙月様。僕もどういう反応をすれば良いか分からないのですが、気にならないの度合いが問題です。"見てしまった上で"慣れたのなら…それはそれで問題ですがまだいいとしましょう。そうじゃないなら…」

「"見てしまった上で"?あぁ、安心して。元治も私も裸じゃなくて浴衣着てたから」

「それでも、こう。透けるでしょう?」

「うん。でもね、なんかこう。もう、男だとか女だとかは気にならないというか」


素直にそう言うと、八沙の表情が固まる。


「そうですか」

「言わなくても分かってるよ」


次に何を言い出すかは想像がついている。

八沙にそう言って釘をさすと、彼は言いかけた何かを口に出さなかった。


暫くの間無言になる私達。

黒い雨が降りしきる中、モトの部屋がある長屋まで後少し。

角をあと一つ曲がれば、長屋の姿がボンヤリと見えてくる頃。


「沙月様」


角を曲がった直後、八沙が口を開く。

何も言わずに、彼の方に顔を向けると、八沙は私の方に顔を向けた。


「銭湯から帰ってきたら、ちょっとだけ時間貰えますか」

「え?時間があるから、良いけれど」

「ありがとうございます。そこまで、妖になってしまっているのなら、少しだけやっておきたい事がありまして」


八沙はそう言うと、懐から"黄紙の呪符"を取り出す。

滅多に見ない呪符。

使ったことがない呪符。

それを見て、思わず「え?」と声を上げた。


「持ってたの」

「沙雪様から、何かの時に持っておけと言われましたので」


私の問いに、あっけらかんと答える八沙。

だが、口調の割に、その表情は明るくない。


「今度の日曜日、藤美弥様との約束を果たせますかね」

「無理なら、無理だったって事でしょ」

「そう言うものじゃないですよ。あの2人、ちゃんと沙月様を見てくれているのですから」


彼はそう言うと、"黄色い呪符"に念を込める。

そのまま、私の方に体を向けると、その札を私の首筋に押し込んだ。


「え?今?」

「前準備です。時間が掛かるもので」


"黄色い呪符"は、念を込められれば、そのまま黄色の光を放つ。

それを首筋、私の体の中に取り込まれていくかの様に押し込まれると、私の視界は、急激に色付き始めた。


群青色の空は、"現実"の空と同じ灰色に。

黒い雨は、"現実"の雨と同じような透明に。


「これは」


周囲を見回せば、それまでは、絵巻の中のような色合いを見せていた街の景色が、"それらしい"色に変化していて、一気にこの"異境"に"現実味"が混じってくる。


「沙月様、何か変わりましたか?」


声をかけられて頷きつつ、彼の方を見てみれば、八沙の姿だけは変わっていなかった。


「滅多に使われない意味が分かったでしょう。その光景は、僕達の見ている光景です」


お読み頂きありがとうございます!

「いいね」や「★評価」「感想」「ブクマ」等々頂ければ励みになります。

よろしくお願いします_(._.)_

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ