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入舸沙月の妖隠避録  作者: 朝倉春彦
弐章:禁忌を恐れた日
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54.スッキリした後の風呂は、思ったよりも気持ちよくないことがある。

スッキリした後の風呂は、思ったよりも気持ちよくないことがある。

本来であれば、風呂に入ってスッキリできるはずなのに、それよりも前の体験の印象が強すぎて、入浴がタダの作業になってしまう。

そんな時は、無理に長風呂をしないで、サッと洗ってパッと出て来るに限るのさ。


「何処さ行ってたのさ?」


防人本家に戻って、風呂を済ませ、割り当てられた部屋で新たな和服に着替え終えた頃。

荷物を纏め終えて、そろそろ出ようかという時に、ソリが合わない"本州"の"大人達"と対峙しているはずだった母様と鉢合わせた。


「"異境"さ。2階の角の、ホラ…庭が見える方の角から行ったとこにある扉の先」

「また、なんだってあんな場所に」

「元治が行こうって言ってさ。ついでに、こんなの調べてるから手伝ってって」


クシャクシャになった用紙を母様に手渡す。

それを受け取り、広げて、じっと見つめた母様は、少し怪訝な表情を浮かべた。


「洛波羅がこれを?」

「そう」

「本家で請けた仕事よ。これ」

「それが回り回ってモトのとこに来たって事?」

「さぁ、どうなんだか。首は突っ込んで欲しくないけどねぇ…元治君の身も危ないし」


母様は、そう言いつつも用紙を私に返してくれる。

少しだけ、煮え切らないような顔を浮かべ、それからほんの少しだけ目元を険しいものにすると、小さくため息をついた。


「でも、誰もやってないなら、誰かがやるしかないか」

「深追いしなけりゃ大丈夫だろうさ」

「そういって深追いするのがアンタ達でしょ。特に沙月」

「ハハハ…」

「沙絵と八沙に、話だけはしておきなさい。あそこなら、あぁ、携帯持ってきな。扉からそう離れなきゃ、ギリギリ電波届くから。見つかったら連絡ね」

「分かった」

「この後、詰めなきゃならん相手が増えたよ。全く。此処の連中はどいつもこいつも…」


口角を吊り上げた母様。

その眼は、私が背負った鞄に向けられた。


「2,3日は向こうかい?」

「うん。もっとかもしれないけど。元治が向こうに部屋持ってるから、そこで」

「部屋…!?あぁ、そう…出来れば、毎晩こっちに戻って欲しいけど」

「母様が毎日いるなら考えるんだけど。まぁ、ちょっと、向こうの世界が面白くってさ」

「…ピアスは持ってかないでよね」

「うん。お面だけ」

「それも、あまり使わないこと」


私をじっと見据えつつ、何とも言えない表情を浮かべる母様。


「止めないんだね」

「止められないさ。アタシも"仕事"を、あの中でやったことがある」

「へぇ」

「もっと簡単な、危なくないお使いだったけどね。ああ、そうだ」


何かを思い出したかのように、母様は部屋の戸棚に歩いていく。

ここは、毎年宛がわれる"入舸家"が使う大部屋。

今まで私が触ったこともない、隅に置かれた"置物"と化した古い戸棚を開ける母様。


「どうしたのさ」


母様の傍まで歩み寄ると、母様は、薄く埃被った戸棚の中から、古びた財布を取り出した。

古めかしい財布、それを私に寄越してきて、中を開けてみると、"異境"のお金が盛沢山。

思わず目を見開いて母様の顔を見やると、薄っすらと笑みを浮かべた顔が見えた。


「街の料理を制覇できるだけ入ってる。困らないでしょ」

「ありがと。向こうでお土産あれば買ってこよっかな」

「こっちさ持ち込めないけど」

「そうだった」


そう言って笑って、ふと壁にかけられた時計に目を向けると、そろそろ約束の時間。


「じゃ、行ってくるね」

「気を付けなさいよ。危ない所だからね」


手を振って、部屋をでて待ち合わせ場所に駆けだした。

入り組んだ広い屋敷の、狭い廊下を小走りで駆け抜けて、向かった先は2階の角。

急な階段を登って、長い廊下を駆ければ、昨日、モトと再会したスペースに突き当たる。


「お待たせ…」


着くと、モトはソファに座って待っていた。

ピアスをして、狐面で顔を半分隠して、じっとこちらを見据えて待っていた。


「…待たせたかね」

「いや、今来たとこ」

「そう」


モトがソファから立ち上がり、私の傍にやって来る。

昨日とはうって変わって明るい廊下を、2人並んで歩き出す。

窓の外を見れば、雲一つない青空の下、手入れしつくされた日本庭園が望めた。


「荷物、何持った?」

「着替えに洗面道具に、お面に呪符に。それくらい?」

「そんなもんか。ピアス、付けて無いんだな」

「母様が付けるなってさ。あんな"濃い"所なら、私は戻ってこれなくなるもの」


モトは、こちらを見る目を微かに曇らせる。


「素で強いのが羨ましいよ。俺なんかここまでやってやっとなんだぜ」

「私は…私は、普通が良いのさ。こんな体じゃなくって、モトみたいな普通の子」


昨日も辿った細長い廊下を歩きながら、会話が弾む。

明るい廊下、彼の表情が、昨日よりも良く見える。

白縁眼鏡の奥の藍色の瞳は、昨日よりもクッキリと見えた。


「互いに無い物ねだりってわけか」

「だね。そう言えば話変わるけど、さっき2枚同時に"発動"させられたじゃない」

「ああ」

「普段、何してんの?」


話題は修行の話に移って行く。


「何も無い日は、ずーっと鍛えてるだけだよ。あの道のりを何往復もするし」

「ヒュー…」

「基本、あの空間で、ピアスに狐面は付けたままで、呪符の色を"思った通り"に出せるまで何度も何度も繰り返したりしてさ。それが出来たら、面を外したり、ピアスを外して同じことを…」

「なるほど。反復練習の鬼って訳だ」

「後は、見知った妖に頼んで手合わせしてもらったりね。まだ、この間よりは"感覚"は良くなってきてると思うんだ」


サラっと、そう言ったモトの手は、グッと握りしめられている。

表情が乏しいから気づきづらいが、昔から負けず嫌いで、負ければ負ける程入れ込んで戻ってこなくなる奴だった。


「沙月は?」

「朝晩は体動かしてるし、偶に沙絵とか八沙に稽古付けてもらってるけど、呪符の使い方は、やったことが無いな」

「それでアレかよ」

「だから、さっきみたいなやられ方をするわけだ。次からは、もっと応用を効かせた使い方をしないとね」


そう言って口角をニヤリと吊り上げる。


「ただ、殆どを修行に費やしてるのか。やる気スイッチ入った時の沙絵みたいだ」

「沙絵さんが?」

「元々力の無い妖怪でしたからって、たまに一週間くらい、無心で鍛えてる時があるのさ」


会話を続け、やって来た扉の前。

足を止め、扉に手をかける直前、モトの方を振り返った。


「努力は裏切らないんだろうね。間違えた事さえしなければ。きっと、その内、私よりも強くなると思うよ。まだ、私は普通でいたいから、抜かされちゃう」


お読み頂きありがとうございます!

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よろしくお願いします_(._.)_

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