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入舸沙月の妖隠避録  作者: 朝倉春彦
幕間:その壱
45/300

45.肩の荷が軽くなった傍から、何かが降りかかってくるものだ。

肩の荷が軽くなった傍から、何かが降りかかってくるものだ。

せっかく、大変な思いをして乗り越えたのに、そこから新しいものが降ってくる。

少しくらいは、立ち止まったって良いだろうと思っても、立ち止まっちゃ駄目なのだ。


「やっぱ、少し鈍ってるんじゃねぇのか?」


八沙の声に、奥歯を噛み締める。

雪解け、春っぽさも感じるようになってきた3月末の平日の真昼間。

ジャージに身を包んで、八沙の家に作られた道場で汗を流していた。


「ハッ…仕方がないでしょ」


受験が終わってから、ずっと泊まり込み。

朝からずっと体を動かし、体を鍛え、体力を戻し、"勘"を取り戻して、次の高みを目指す。

脳裏には、最近は夢に出てこなくなった、骸の姿がボンヤリと浮かんでいた。


「ちょっと昭和過ぎるんじゃない?このやり方」


顔中汗だくになりながらそう言うと、対峙相手の八沙は余裕そうな表情を浮かべる。


「生身の人間用に、楽させてもらってるぜ?」


そう言う彼の頬に、何滴か汗が滴っていた。

ジッと彼の様子を伺いつつ、汗に濡れた畳の上の感触を探っていく。


「焦らすねぇ」


八沙の煽りを聞き流し、スッと右足を前に出す。

ピクッと反応を見せた八沙、刹那、背後から風を切る音。

直ぐに体を半分捻ってその音をやり過ごす。


「ちぇ!」


背後から振るわれた腕を流し、そのまま腕を引っ張り足を掃う。

道場の畳が、良い音で鳴いた。


「ソイツは見えてるんだな?」

「ボンヤリと。靄みたい」

「ヤベェ…」


距離の開いた八沙まで、今度は一気に足を踏み出し手を伸ばす。

喉元、彼の喉元まで突き出た手先は、最後の一歩が届かず空を切り、代わりに彼の手がそれを捻り上げた。


そのまま体が1回転。

クルっと回って、彼の足が私の腹部を突き刺す。

一瞬で肺の空気が全部出て、浮き上がった体はそのまま畳の上へ墜ちていった。


うつ伏せ、直ぐに体を回転させて仰向けに。

眼前に迫って来た彼の踵を寸での所で交わして、転がって距離を取って、ヒョイと飛び跳ね起き上がる。


「案外、打たれ強いよな」

「へっへっっへ。八沙相手に全部"素"のままな訳は無いでしょうよ」


そう言ってジャージのチャックを開けて見せた。

汗に濡れたジャージの裏側、黒インキに濡れた呪符がびっしりと貼り付けられている。

彼はそれを見て、流石に口元を引きつらせた。


「なんだ、もうちょい本気で良いのかよぉ」

「腹を打ち抜かれなきゃ、セーフさ」


チャックを閉めて、再び彼の懐へ。

今度は彼を叩こうとせず、ヒュッと掌を"見せて"引く。

少し上がった目線の下、左足の指先まで使って背伸びして、思いっきり右足を喉元に突き刺した。


久しぶりの実戦形式。

無茶な動きをしたせいで、微かに筋が痛んで骨が軋む。

それでも、交わしきれずに喉に食い込んでいく足先の感触に、ニヤけた顔を晒しながら、そのまま勢いで押し込んだ。


「ヒュー」


受け流されたと言えど、それなりのクリーンヒットだったはず。

だが、八沙は、少し離れた所で、まだ2本足で立っている。

さっきよりも汗の量が増えたようだが、まだまだ余裕だろう。


「その力は"素"か?」

「護る方の呪符だけで一杯一杯だね」

「はぁ、効いたぜ。目覚ましにゃ良いもんさ」


かれこれ、組み手を始めて1時間。

延々と技をかけては寸でのところで受け流す事を繰り返し、私の足は、そろそろ震えだしてくる頃合いだ。


「どうする?まだやるか?」

「せめて、1回は沈ませてや…」


"ゥゥゥウウウウウウウウウウウウーーーーーーーーーーーーー"


売り言葉に買い言葉。

ちょっと楽しくなってきた頃。

私達の会話を、12時のサイレンが遮った。


「間の悪い」


気の抜ける、野太いサイレン。

フッと力が抜けた私は、そのまま背中側に倒れ込んだ。

バタン!と倒れて、体に纏わりついた汗が宙に浮き、直ぐ私に降り注ぐ。


「あー、キツいわー」


すっかり気が抜けてしまった。

手を上に伸ばすと、八沙がこちらに寄ってきて、グイっと強引に立たされる。


「はえーとこ、着替えてこい。今日は、ここまでにすっから」

「あれ、午後は無し?」

「沙月ぃ、今日は何の日か忘れてるべ?」


そう言いつつ、雑にタオルを掛けられる。

乾いていて、洗剤の匂いが心地よいそれに顔を埋めている間に、ハッと思い出した。


「そっか、合格発表。2時からだっけ?」

「そうだー。風呂入って、着替えて、出ねぇと遅れるぞ」


汗を拭いつつ、道場の外に出る。

暖房も効いていない、古い建物の廊下。

白い息が吐けるほどに寒く、汗に濡れた体は一瞬のうちに震えだした。


「寒っ!」

「そーら、サッサと風呂場行けぇ。湯は沸いてっからよ」

「ありがと」


小走りで廊下を駆け抜け、脱衣所の扉を開けて中に入る。

木の扉、少し湿っぽい以外で寒いのは変わらない。

タオルは手ぬぐい代わりにするとして、パッとジャージを脱いで風呂場に飛び込む。


寒さは相変わらずだが、だからと言って熱すぎる湯舟にはまだ入れない。

シャワーを出して汗を流し、髪と体を洗って、更にシャワーの温度を上げて、十分に暖めてから湯船に浸かった。


「あぁ~……」


凄く熱いお風呂。

昔から、この家のお決まりだったからもう慣れた事だが、散々体を動かした後には、この熱さが良く効くのだ。


「自己採点じゃ受かってるはずだけど。やっぱ不安だよなぁ~」


狭く、天井の高い風呂場で独り言。

古びた風景の中で、私の声は良く響いた。


「あ…着替え、部屋に忘れてきてら……」


お読み頂きありがとうございます!

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よろしくお願いします_(._.)_

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