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入舸沙月の妖隠避録  作者: 朝倉春彦
壱章:少女は境に立つ
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23.何かがあるのに、何も起きないのは不気味でしょうがない。

何かがあるのに、何も起きないのは不気味でしょうがない。

歪な存在がそこにいるのに、何もせずにそこに居るだけなのは気味が悪い。

何も起きないことが一番だと思いつつ、何かが起きてくれと願ってしまうじゃないか。


「何なんだ、あの女」


面倒な手伝いを終えた後、藤美弥家に戻った私は気が立っていた。

左目の傷跡辺りに爪を立て、目を見開いたまま窓の外をジッと見据える。


「まぁまぁ、沙月。何も無かったのだから」


帰ってきて、着替えてから、ずっとこの調子。

頬に食い込んだ爪が、そろそろ肌を突き破ろうかという頃。

見かねた様子の楓花が、そう言って私の右横に腰かけた。

ようやく手に込めた力を抜くと、固まった表情を動かして楓花の方に顔を向けた。


「大好物のラムネをあげましょう。だから、落ち着きなさい沙月」


彼女はそう言って、持ってきた瓶のラムネをこちらに寄越してくる。

ほんの少し引きつった表情で受け取ると、座っていたソファに更に沈み込んだ。


「ごめん。ありがと」


小さくお礼を言うと、ビー玉を窪みに引っ掛けて、チビチビとラムネを飲み始める。


「あ、沙月、帰ってたんだ」


そこに、家の手伝いでいなかった穂花がやって来て、私の左隣に陣取った。

双子に挟まれた私は、何も言わずにラムネを飲み続ける。


「何かあったの?」

「ちょっと、お怒りモード。学校で是枝陀先生とひと悶着あったんだって」

「え?先生学校に居るの?」

「そうみたいよ。今日の昼、沙月が呼び出されたでしょ?その結果がこれなんじゃない?」


楓花は、ラムネに口をつけたまま動かない私の髪をかきあげた。

すぐ横から、「おっ」という反応が聞こえてくる。


「なるほど。じゃ、今の沙月は"半々"なんだ」

「それで先生が見えるようになったみたい。今、先生は学校に漂ってるそうよ」

「…へぇ…そういえば、どうして退治しないの?」


穂花の純粋な問いが、私の胸に突き刺さる。

ラムネを離すと、穂花の方に目を向けた。


「"防人"の掟だよ。何かが起きないと動けない」

「でも、もう起きてるよね?」

「ううん。起きてない。その"何か"って言うのは、"誰かが死ぬ"って事だから」


それを聞いた穂花は目を丸くする。

彼女はポカンと口を開けて、言いかけた言葉を飲み込んだ。


「妖怪退治、悪霊祓い。やる事は"追い払う"だけ。私達は"殺し屋"じゃないのさ」


そう言ってラムネを一口。

喉に刺激を与えて、イライラしていた頭を鎮め、窓の外に見えた"妖"の姿を指さした。


「ま、"確実に殺せない"ってのもあるし、この掟を馬鹿正直に守るのは、最早"北海道"だけになったから、言われても仕方が無いんだけどね」


そう言いつつ、窓の外に見えた"妖"に手で合図を出す。

紫髪の大男、横屋八沙はそれを見て悪戯っぽくニヤッと笑うと、窓から姿を消していった。


「よく、"自分はどっちなんだろ"って考えるけどさ。"そこに居るだけで重罪だ。死ね"っての?そういう考えは好きじゃない」


そう言った直後、屋敷にチャイムの音が響く。


「でも、それも。この後の報告次第だなぁ」


古風なチャイムの余韻を聞きながら、再び手にしたラムネに口をつけた。

そろそろ飲み干せる頃。

八沙がやって来るまでに、最後まで飲み切ってしまおう。


「横屋だ。入っていいかぁ?」


瓶が空になると同時に、部屋の前から声がする。


「あ、はい!」


穂花がビクッと反応して答えると、襖が開き、紫髪の大男がやって来た。


「あがるぜ。今日はこっちの姿で悪ぃな」


3人が座るソファの前にやってきて一言。

苦笑いを浮かべる私の左右で、2人は首を左右に振って見せた。


「もう大丈夫ですよ」

「顔も良いし」

「そうかい、ありがとよ!」


2人からの好意的な反応に、顔をふやけさせた八沙だったが、直ぐに鋭い目付きに戻る。


「でぇ、沙月。昼に沙雪から聞いてるよな?」

「ええ。母様が学校に来て、これも貰ってる」


ドカッと、ソファの前に腰を下ろした八沙にそう言うと、髪をあげ耳元のピアスを見せた。


「おうし。で、結局な。攫われた子供は、何んとか奪還出来たんだ」

「え、ホント?」

「あぁ、無事だぜ。奴等の使う"蜃気楼"とやらも、俺の手にかかりゃガキのママゴトよ!」


良いニュース。

八沙の声色もそれ相応に明るいが、何故か彼の表情は得意満面にふやけない。


「……あぁ、子供は奪還できた」


その一言が、今の彼の表情を物語っていた。


「なるほど。続けて」


その言葉と共に、痺れる空気が辺りを包み込む。


「誰が、誰にやられたの?」

「誰がやったか知らねぇ。ここの鬼で、名前も知らねぇが…焼きそば焼いてた奴よ」

「あー……」


八沙の言葉に思い浮かんだのは、初詣の時に、正臣絡みで喋った鬼の姿。


「冥暗の連中、骨がついてりゃ何でも良いんだな…」

「それが彼らの特徴でしょ?鬼とて元は人。目当ては、本当に骨だけみたい」

「らしいな。オマケがついてりゃ、死んでも死にきれねぇや」

「でも、攫われたのは子供でしょう?どうして彼が…?」

「奴が偶々、真昼間に子供を連れた連中を怪しんで、追いかけてなきゃ、被害はそのまま子供だったろうな」

「そう」


その一言で、さっきの感情が戻ってくる。

目が剥かれ、左目の傷跡が酷く痺れ始めた。

犯人は誰か分からないが、思い当たる節がある。


「京都の連中に言われたぜ。"まだ被害は出ていないようですね"ってよ。ふざけやがって」


八沙も、その厳つい顔に"怒り"の色を帯びていた。

彼の目元の切り傷から、微かに妖の"瘴気"が漏れ出ている。


「母様はきっと、こう言ったはずだよね?"人"も"妖"も区別するつもりは無いって」


八沙に"瘴気"を鎮める呪符を手渡しながら尋ねた。

彼は、その呪符を傷口に当てて頷くと、"キマッた"笑みをこちらに向ける。


「"鬼殺し"から"妖隠し"に遭わせてやろう。ノートを覗くのは、その後だ」




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