九話 女神の名の下に
「道を開けろ!」
先程の騒ぎを聞きつけて様子を見に来た野次馬達にネールナルが言い放つ。
道を塞いでいた野次馬達はワラワラと端に寄り、ソレに伴って出来た道をネールナルが堂々と胸を張って歩く。
その後ろを少年とニアとリアが行く。
城へと向かう途中、只ひたすらに無言の時間が流れる。
決して声を放ってはならないと言う様なただならぬ空気感に、野次馬達は気圧される。
少年は、自分の腕を眺める。
確かに、あの男の攻撃で肉が裂けてボロボロになった筈なのだが、今は傷ひとつない綺麗な腕になっている。
疑問に思い、腕を唸ったり叩いたりしていたが、どこも悪いところはない。
そんな事をしていると、気がつけば王城がすぐそばに見えていた。
「ディース君、君は悪いが少しだけここに居てくれ」
ネールナルは衛兵二人を見張りにつけさせ、ニアとリアと共に王城へと入って行った。
その間、少年は自らをまじまじと見つめる人々を見ていた。
興味の視線、恐怖の視線、嫌悪の視線、様々な視線が少年を囲む。
少年はその無責任な視線を右から左、左から右へと受け流しながら何処かを意味もなく見つめて暇を潰していた。
―――――――――――――――――
コツコツと靴と床が当たる音が教会に響く。
シスターは聖堂の真ん中で手を合わせて祈りを捧げる。
顔を上げればそこには、美しい天使の様な少女のステンドグラスが太陽の光を透かしていた。
「女神様の御加護を貧しき人に」
立ち上がりざまにそう呟き、シスターは聖堂から去ろうとする。
その時、ゾッとする様な気配が現れる。
この世の怨みを煮詰めた様な激しい憤怒が背筋をなぞる。
悪寒として身体が発する警告に、シスターは険しい顔で耐える。
そして、その気配のする方向をキッと見つめる。
(コレは…まるで悪魔の様…)
その気配に危機感を感じ、すぐさま様子を見に走る。
教会を出ると、その気配に恐れ慄いて立ち竦む人々の姿があった。
その姿を横目に、シスターは走る。
気配の方へと走るが、恐らくその気配はスラムにある。
そして、この教会はスラムとは真反対の場所にある為、数十分はかかってしまうだろう。
それでも、少しでも早く着くために服が乱れるのも気にせず全速力で走る。
幾らか走り、気配がより近くなった時、その気配の膨張が止まった。
そして、少しずつ気配が穏やかになるのがわかる。
その頃から立ち竦んでいた人々が少しずつ動き始める。
角を曲がると、野次馬らしき人々が不自然に空いた空き地を囲んで居るのが見える。
野次馬の間を掻き分けながら通ると、そこには綺麗に抉れた元民家があった。
民家と言ってもその跡地があるだけで少しの切れ端が残るだけだった。
(酷い…元凶は何処に…?)
あれ程大きな気配が、一瞬にして消えた事に疑問を覚える。
「…ター!クレナシスター!」
深く考え込んでいると、自分を呼ぶ声に引き戻される。
声のした方に振り返ると、同じ教会の修道士が焦った表情で息を切らせていた。
「ど、どうしたのですか!?」
「それはこっちの台詞ですよ!あんな邪悪な気配に向かって走るなんて危険ですよ!」
「危険って、皆さんが危機に晒されるのなら女神様はどうなされたと思いますか?」
「その邪悪な気配を討ち滅ぼして民草を救う…?」
修道士は困惑しながら恐る恐る答える。
「なら、私達も女神様の代わりとなって民を救わなければならないのです!」
クレナと呼ばれたシスターは、握り拳を作って気合いを入れる。
そして、いつの間にか到着していた教会関係者に向かって自分の考えを伝える。
「あの邪悪な気配は恐らく、かの女神様が滅ぼされた魔王に関連するものです!いいえ、そうなのです!今すぐその正体を暴き、打ち倒すのです!」
教会関係者は皆信念の篭った瞳で頷く。
「さあ!行くのです!女神様の名の下に!」
『女神様の名の下に!』
彼らは蜘蛛の子を散らした様に解散し、街中を捜査するのだった。
――――――――――――――――
城の中から人の足音が響く。
少年がそちらに振り向くと、ネールナルが一人こちらに向かってくる。
その事を疑問に思った少年はネールナルに問う。
「ニアとリアさんは?」
「彼女達は中で待っている。安心してくれ」
その答えを聞いた少年はホッとし、ネールナルについて行く。
城の中を歩く。
数ヶ月前に見た懐かしいものをしみじみと見ていると、ネールナルが見覚えの無い通路を曲がる。
「ここは?」
その問いにネールナルは振り向かずに答える。
「裁判所に続く渡り廊下だ。なるべく罪が軽くなる様に頑張るよ」
ネールナルは顔だけ少年の方を向いて笑う。
少年はその表情のお陰で、少しだけ不安が軽くなった。
王城の煌びやかな雰囲気と違い、無機質な雰囲気の廊下を抜け、分岐にある大きな扉を開く。
そこには広い空間があり、四方を傍聴席が囲む。
正面に裁判官席、左に検察官席、右に弁護人席が設置されている。
少年はネールナルに導かれて真ん中に立つ。
すると突然、カンカンと木槌を打ちつける甲高い音が部屋の中に反響する。
「ここに、緊急裁判を開廷する!」
威厳のある声で白い髭の老人が言い放つ。
「この裁判は極めて重要なものである。被告人ディース。原告はこの国シュルルーシ王国。弁護人と検察官は位置につきなさい」
右の席に弁護人としてこの国に雇われている弁護士が、左にはネールナルとその部下が座る。
「この裁判を取り仕切るのは、最高裁判長、ギルティ•ギル•ジェスである。初めに、事件の概要を検察官に読み上げてもらう」
そして、ネールナルの部下が少年の行った行為を読み上げる。
「被告人ディースは、スラム街の路地裏で複数の男性と喧嘩になった。その際に被告が放った魔法により、その男性全員と一人の兵士が死亡。さらに民家が破壊され、多大な被害を出した。と言うのが事件の概要です」
「被告人ディース、この事に間違いは無いか」
それを聞いた裁判長は頷き、ディースにその概要の真偽を尋ねた。
ディースは頭の中でゆっくりと整理してから話し始める。
「大体の概要は合っています。ですが、複数の男性と喧嘩している際、魔法が放たれ、私は危機に陥りました。その時、恩人のグラッドが間に割って入り、致命的な傷害を負いました。そのショックであの魔法らしきモノが溢れてしまいました」
「では、その恩人は亡くなったと言うわけだな」
ディースは無言で頷き肯定する。
「被告人に問う。喧嘩の原因とは何だ」
「私は、妹が心身喪失となった為に自暴自棄で喧嘩を繰り返していました。その喧嘩の敵討ちとして私に襲いかかってきたあの男性達と争いました」
それを聞いた裁判長は、次に検察官の方を向く。
「検察官、被告人の罪状と罪の重さ、刑の程度を問う」
「ハイ、彼は非常に劣悪な環境で育てられ、虐待もある事が確認され…」
検察官が淡々と話を続ける。
少年は周りの人の反応を横目に考え事をする。
(俺が罪を償ってる最中、ミュアはどうなるんだろうな。まあリアさんとニアさんが世話してくれているから大丈夫か)
そうやって考え込んでいると、いつの間にか検察側の話が終わり、弁護側に移る。
「被告人の弁護を務めさせて頂きます。ゼールと申します。私、国王様直属の使用人でございますが、この場では完全公平な立場から判断させていただきます」
ゼールと名乗った男が淡々と続ける。
「被告人は、先程の検察官が言った通りスラムで生まれ、父親の虐待を受けていました。唯一の心の拠り所であった妹も心身喪失状態で、本人の精神状態は決して正常なものではありませんでした。そこに恩人の死も重なり、パニック状態に陥った彼には自制する能力は殆どありませんでした。なので、暴行等を加味しても、懲役一年から三年程が妥当でしょう」
弁護人がそう言い、自らの役目は終わったかの様に息を吐きながら着席する。
裁判長は検察側と弁護側を眺めた後、他の裁判官の顔を一通り見て、アイコンタクトを取り合う。
そして、木槌をコンコンと鳴らす。
「これより、判決に移る。裁判官の意見を発言してもらう」
裁判長の指示により、裁判官が一人ずつ意見を発言する。
「彼の境遇から考え、二年五ヶ月の懲役刑を求めます」
「彼は複数人を殺害し、死体をも破壊した事実もある。極刑の無期懲役が妥当かと」
「彼は…」
複数人の裁判官が一人一人の意見を淡々と続ける。
その間、裁判長がコクリと頷きながら難しい表情で刑の具合を考える。
「…を求めます」
最後の裁判官が言い終わり、遂に最終判決が言い渡される。
重苦しい空気の中、裁判長が口を開く。
「被告人、ディース。其方に懲役刑を言い渡す。刑期は二年から五年。執行猶予六年だ」
少年は、思ったよりも軽い刑期に少しだけ拍子抜けしたが、寧ろ楽になったと喜ぶべきか複雑な心境になる。
裁判も終わり、いざ退散だと言う少し穏やかな雰囲気が流れる。
聴衆を皆退席を始め、少しだけざわめきが聞こえる。
(しっかり罪を償おう)
少年が覚悟を決め、兵士に連れられる。
しかし、その時だった。
裁判所の入り口がバンッと大きな音を立てて開かれる。
開いた扉には、修道服に身を包んだシスターが立っていた。
シスターの後ろには沢山の修道士や信者らしき人々が群れを成している。
「女神様の名の下に!悪魔を討つ!」
シスターはそう言い放ち、魔法を詠唱する。
まさかの乱入客に、裁判所内はパニックになる。
だが、少年はそんな事も気にせず、シスターを驚いた表情で見つめていた。
(あの人は…パンをくれた人…)
そう、今徒党を組んで少年を討ち滅ぼしに来たシスターは、少年がスラムで飢えに苦しんでいる中、美味しいパンをくれたあのシスターだった。
「お姉さん…」
少年はボソリと呟く。
だが、その声はパニックになった人々のざわめきにかき消される。
シスターの突き出した両手に展開された魔法陣が輝きを増し、太陽の様な眩しい光の弾が出来上がる。
「光魔法•女神の断銃」
光で出来た銃弾が正しく光の如く速度で少年を襲う。
少年は目にも追えずに身体を貫かれる。
「え?」
一拍起き、少年の肩に激痛が走る。
あまりの速度に認知が遅れ、血も今噴き出すところだった。
「痛っ」
少年は肩を抑えて身体を痛みのあまり折り曲げる。
しかし、そんな少年に構わず、シスターは修道士と信者達に命令を飛ばす。
「女神様の名の下に、悪魔を滅ぼすのだ!行け!」
それを合図に、修道士と信者が少年を囲む。
続々と入ってくる人の波。
だが、全くと言っていいほど人が途切れる気配が無い。
この世界の人口半数以上を占める巨大宗教。
この国だけでも凄まじい数の信者が居るのだ、無数の人が押し寄せるのも必然の事だろう。
「ちょっ待っ」
少年の姿が人の群れに消える。
少年は人に揉まれ、殴られ、踏まれる。
一人一人がまるで親の仇の様に少年を攻撃するその光景は、残酷で惨たらしく、卑怯の極みであった。
「アハハハハっ!女神様もさぞ喜ばれる事でしょう!」
信仰心とは人を狂わせる。
普段はあんなに優しそうなお姉さんが、今はこんなに醜い顔で少年を笑う。
どちらが悪魔かなんてまるでわかりもしない。
リアとニアはその光景を避難した傍聴席で眺めていた。
止めに入った兵士も数の暴力で瀕死に追い込まれ、ネールナルまでもが動くに動けない状況に陥っている。
(ディースが…だけど今行ったら絶対に死んじゃう…)
ニアは、救おうにも救えない現状に歯痒い思いをする。
ふと、ニアがリアの方に目をやると、リアが必死にブツブツと呟いている。
それを不思議そうに見ていると、気がつけば膨大な量の魔力がリアから溢れ、大量の魔法陣が生まれる。
(凄い!これならディースも救えるかも知れない…)
思いもよらない場所から輝く希望に、ニアは歓喜の感情を覚える。
だが、その希望も直後に消え去った。
リアに向かって伸びる無数の手。
「え?」
リアは、その手によって掴まれ、重なり合った信者達の中に飲み込まれていった。
あろうことか、信者達が互いを踏み台にして高い位置にある傍聴席に押し寄せたのだ。
あまりの衝撃に呆然としていると、ニアにも魔の手が伸びる。
その光景は、まるでゾンビ映画の様な絶望感に満ちていた。
ニアは身体を掴まれ、人の塊に飲み込まれていった。
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