八十五話 妖術使い。
霊華を魔法で突き飛ばしたナレスの目の前に広がるのは、無数の溶岩が火山弾のように降り注ぐ光景だった。一つ一つが致命的な攻撃力であり、一滴でも付着すれば肉が焼け焦げて使い物にならなくなるだろう。そんな絶望的な状況の中、ナレスは賭けに打って出る。
「『風魔法・そよ風の歩法』」
風魔法で素早さを上げた上で、退くことなく溶岩の雨に突っ込んでいった。
「…っ」
広い視野で溶岩の落下地点を推測し、軽やかなステップで溶岩の無い安全地帯を踏み越えてゆく。敵とナレスの距離はぐんぐん縮まる。しかし、ある一定の場所から距離が変わらなくなってしまった。
「っ!足場が無い!?」
それは、降り注ぐ溶岩によって足の踏み場が無くなり、それでも降り注ぐ溶岩で退く隙すら与えてくれない四面楚歌の状態に誘い込まれたからであった。
「なら…『風魔法・妖精の囁き』!」
地上がダメなら空中に活路を見出す。風魔法を用いた直線的で急に変化する動きは、およそ生物ができる動きの範疇を超えており、最速で少女の頭上へと躍り出た。
「貰った!」
ナレスは魔法剣に魔力を込め、伸びた刀身を縦に振り下ろす。確かな手応えが伝わるが、ふと疑問が頭に浮かぶ。それは、あまりにも手応えが確かすぎるからだ。
「良い反応速度してるな」
Dr.ノイゲル諸共、確実に命を刈り取る一撃だったが、少女が岩を操って防がれてしまった。その反応速度は一流の魔導士に匹敵するレベルで、一秒と経たずに鋼鉄並みの高度の外壁を創り出したのだ。
「……」
全くもって危機感を感じられない冷たい表情は、何を考えているのかわからない不気味さを纏っている。
「私一人じゃ勝てそうも無いな」
ナレスは諦めたのか、片手を頭につけ踵を返してどこかへ向かう。向かう先には壁しか無い。あからさまな罠。少女はそう察知し、警戒をナレスに向け続けた。今はまだ、その判断は間違いであるとは思いもよらずに。
何かが風を切る音が聞こえた直前、音よりも早く何かが少女に襲いかかる。
「…っ!」
声にならない驚きが微かに響く。少女を驚かせた正体、それは、三日月のような笑みを浮かべる霊華だった。
霊華は溜めに溜めた魔力を燃やしてそれを動力に音速で肉薄し、少女の死角から突進を仕掛けたのだ。担ぐように構えた刀は、身体の捻りを利用して鋭利に振り下ろされる。少女は咄嗟に岩を浮かせてナレスの時のように防ごうとするが、浮かせただけの岩では質量も密度も足りず、女神の絶技の前では豆腐の如き頼りなさであった。
「俺の技を岩如きで防げると思うなよ」
刀に付着した血液を振り落として優雅に納刀する霊華。背後には、肩から胸あたりまでバッサリと切り裂かれた少女の姿があった。
岩のお陰で両断は免れたが、それでも傷は深い。そこまでは許容範囲内であるが、なんと傷口が凍りつき再生しようにも阻害されてしまうのだ。
「俺がいつ炎しか使えないと言ったんだ?」
困惑する少女に霊華は悪戯っぽく笑う。
「俺の炎は魔力を燃やす特別製だ。だけどそれだけじゃ無い。過去に魔法に近しい技術を学んだんだよ。妖術、魔力を魔法陣や詠唱などの儀式を介さずに直接魔力を事象に変換して自在に扱う術。初めて知ったか?」
「なんと!?妖術を扱える者がまだ存在するとは!」
唐突に、今まで岩陰でコソコソしていたDr.ノイゲルが顔を出した。生気に満ちるその目は、探究心に取り憑かれた研究者の目その物だった。
「俺はそこの娘に言ったんだが、なんでも良い。お前は先に死んでもらうぞ」
霊華はチャンスと言わんばかりに地面に手を突いて氷を這わせる。獲物に忍び寄る蛇のように冷気がDr.ノイゲルに迫り来るが、新たな実験体を肉壁になるように操って自身の身を守った。
「ほほう…、これが妖術!!」
震える手で実験体にそっと触れ、指先を光らせる。魔力を用いて何かをしているようだが、霊華からは死角となって一つもわからない。
「…女神様、怪しい動きをしていますが」
ナレスは霊華のもとに寄り、耳打ちでそう伝える。ナレスがいた位置は僅かにDr.ノイゲルが見えており、詳細はわからないが企みを目撃していた。
「大丈夫だ。妖術はそう簡単に扱えない。素質が無ければ使えないんだよ」
霊華はそう言いつつも冷や汗を流しながらDr.ノイゲルにゆっくりと近寄る。すると、すぐに少女が強襲してくる。拳と共に岩石を振り下ろし、すかさず同じように岩と共にアッパーカットを放ってきた。
「おっと」
霊華は余裕を持って避け、不意打ちにも完全に対応する。それどころか、傷口のせいで大きな後隙があるため、それを突いて刀を抜刀する。
「…っ」
水平に一閃放たれた刃は、少女の腹部をパックリと割り、まろび出た臓物は間髪入れずに凍りつく。
「死なないのならば!永遠の封印で眠れ」
斬っても死なない少女を、氷に閉じ込めて半永久的に無力化してしまうつもりだ。
素早く肉薄すると、少女の胸に手を触れる。手のひらを中心に六花状に霜が降りると、徐々に動きが鈍くなる。その隙に周囲に八つ、まるで舞いのようなステップで氷の蓮の葉を創る。全てを氷で少女と繋ぎ、冷気を目一杯注ぎ込む。すると、少女は氷に包まれ、さながら蓮池に浮かぶ蕾の様になった。蕾は徐々に開き、少女を内包した立派な蓮の花を咲かせた。
「これにて往生。氷の棺で眠りな『氷華・蓮華往生』」
氷の中で寝ているような少女。それは皮肉にも、Dr.ノイゲルの手で結晶の中に閉じ込められて居た時と同じだった。ひとまず少女は無力化できたので、次はDr.ノイゲルを片付ける。と言っても、霊華が少女を相手にしている間にナレスが対応してくれているようだ。
「あぁ!愛娘よ!封印されてしまうとは情けない!」
最高戦力と思しき愛娘が封印されてもなお、その軽口は止まることを知らず、あっけらかんとしながら攻撃を去なす姿は、強者の余裕なのだろうか。
ナレスの魔法剣が真芯を捉えたかと思えば、間を割って入る実験体が攻撃を防ぎ、躊躇した瞬間に別の実験体が魔法攻撃を仕掛けてくる。
「貴様!人をなんだと思ってる!」
人を道具のように扱う彼の姿にナレスは怒りを覚え、乱暴に魔法を放つ。すると、Dr.ノイゲルは実験体に命令して魔法障壁で防御する。
「丁度いい武器が幾らでも創れるからには、使わないという手は無い。私があの少女しか開発しない愚図だと思うか?」
「クズであろうが!」
怒りに任せて攻撃の手数も増やすが、意思を持つ壁に阻まれて一向に距離が縮まらない。そんなことをしているうちに、Dr.ノイゲルは封印されている少女に向けて微かな魔力を送った。それは蚊ほどの存在感で、気にする必要が無いほどのか弱さだった。だからこそ、霊華は脳裏に浮かぶ危機感を無視できなかった。
(恐らく今のは何か合図のようなものだろう…例えるなら、コントローラーが放つ赤外線のようなもの)
だが、魔力が微かすぎて行き先を特定できずじまいであり、次に起こる事象を待つしか無いのである。
「目覚めよ…」
Dr.ノイゲルがそう呟いた気がした瞬間、氷にヒビが走る音が聞こえた。
「っ!!」
ナレスが咄嗟に氷の蓮を再凍結するが、既に手遅れだったのか、新たな亀裂が模様を作り砕け散ってしまった。
「しまった!」
霊華がそう言い終わるか否かのタイミングで、炎を纏った影がナレスに向かって走ってゆく。振り向いてナレスを見た時には、既にナレスは吹き飛ばされており、拳を前に突き出して残心した少女だけが残っていた。
「おぉ!我が娘よ!新たな能力を手に入れたか!」
少女は歓喜するDr.ノイゲルを一瞥し、危機的状況にあることを察し、ナレスとの間に割って入る。
「この…いい加減死になさい!」
何度殺しても、封印しても復活する相手にもう飽きたと言わんばかりに乱暴に剣を振るう。鋭い一太刀は、少女の右腕を切り取る筈だった。
「っ!?」
しかし、硬い物に阻まれてしまった。それは、お得意の岩では無く、腕に纏った冷気溢れる氷の鎧だった。
「こ、ここコレが妖術!!魔法の弱点を克服した真の魔法!」
Dr.ノイゲルは絶頂しそうな勢いで頬を赤らめる。
想定外の出来事だったが、咄嗟に距離を取って難を逃れる。反射で避けたが、ナレスのいた場所の足元は霜が降りていたため、あのままだと氷漬けになっていただろう。
ナレスは想定していた最悪の事態に舌打ちをする。素質が無ければ使えない筈の妖術。それを簡単に、しかも女神並みの練度で繰り出していると見た。
(どういう事…?この娘は相手の能力を模倣できるの…?でも、風魔法を使う素振りは無いし、岩と炎、それらの複合魔法しか使ってない)
即ち、模倣の可能性は低いのである。それを踏まえて、ナレスはDr.ノイゲルに視線を送る。
(やはりこの科学者!魔法の研究をしているのだから、妖術を解析して彼女に方法を伝えることもでき得る!やはり片付けるなら彼が先!)
そう決心したナレスの背後に、ぬるりと黒い影が迫る。その正体は、いつの間にか消えていたラファエルであり、殺気を隠して音もなく不気味に歩く。
(何をちんたらしているのだ…早急に終わらせると豪語していたから任せた筈だぞ)
苛立ちを浮かべた表情だが、その直後に呆気に取られた真顔になるなど、まるで思いもしないだろう。
『誰が横槍を入れて良いと言った…?』
突如耳元で囁かれる恐ろしい言葉。咄嗟に振り向くが、時すでに遅し、燃え盛る炎が胸から吹き出す。
「っ!!」
女神、霊華が不意をついて炎で攻撃していたのだ。
「キサマ…!偽物の分際で御方が創られた至高の肉体に触れるなど…!」
「自分のことを至高の肉体とか…自意識過剰は嫌われるぞ」
怒り心頭に発するラファエルと、ニヤニヤ笑う女神の視線がかち合う。邪神教陣営の最高戦力と、英雄であり女神である霊華が今、激しく衝突する。
遅くなりました。諸々ひと段落ついたのでこれから頑張ります。
読んで頂きありがとうございます。
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