八十二話 極寒の癒し
遅くなりましたが
「あ、貴方はこの前の…」
藤也はあの夜であった狐の少女と目の前に居る少女を重ねながら指差す。そんな藤也にテティスは訝しげに二人を交互に見た。
「お前ら認識があるのか?いつ?どうやって…」
「うふふ…それを聞くのは不粋ね。そんなことよりも、その怪我、治したくないかしら?」
再び言ったその言葉に、藤也とテティスは自分の耳を疑ったが、両者とも聞こえている様子を見て確信した。
「治して欲しいのは山々ですが、こんな大怪我を治せる程の大金なんて持ってないんです…」
「お金なんてちゃちなもの要らないわぁ。それに、元弟子の弟子、孫弟子から何か取ろうもんならあの子に叱られちゃうわ」
聞き捨てのならない事をさらりと交えながら、ふふふとなんて事なさそうに笑う。藤也は少しの会話の中に含まれたまさかの情報量に一瞬脳が理解を拒否しようとしていた。よく咀嚼して、やっとのこと理解すれば、仰天して大きな声を出した。
「痛っ!!!」
振動が治りきってない骨に響いて地獄のような激痛が走るが、今はそれどころでは無い。
「さっき俺のことを孫弟子って言いました!?それじゃぁ霊華さんは…」
「そう、私の弟子よぉ」
「えぇぇぇ!!!」
藤也の絶叫が森に響いた。
相変わらず何を考えているかわからない微笑みを浮かべる少女は目を細めて藤也を見つめる。
「まずは自己紹介ね。私の名前は天。九尾の天よぉ」
「九尾?でも一本しか…」
確かに、彼女の尾はどこからどう見ても一本しか無く、九尾とは到底言えない姿だった。
「そうねぇ確かに一本だわぁ。狐の獣人はね、力が強くなれば成る程尾の数が増えるの。でもね、ある時点から、逆に減っていっていつしか一本に戻るのよぉ」
「成る程…その隠しきれてない威圧感はそう言う事だったのか…」
テティスが横で感心する。藤也は天の気配が一切掴めないとしか思っていなかったので、テティスの言葉にただ頷くしかできなかった。天はいつの間にか藤也の側に近寄ると、痛々しい傷をさらりと撫でて笑みを隠す。
「孫弟子、貴方の怪我はいずれ治癒する。でも、完治までは鍛錬も何もできない。ただ、それだけならこれと言って問題も無いのだけれど、今は違うわ。私の弟子でもあり、貴方の師匠である霊華、彼女は今単騎で邪神の根城に向かっているわ」
「単騎で…!?あまりにも無謀じゃ…!」
「ええ、そうよ。魂も掠れている今の状態じゃ、満足に戦うことすらできずに蹂躙される未来が待ってるわ。敵の一人一人が相当の手だれで、それこそ神に匹敵する力を所有しているの」
先程までの間延びした声とは打って変わり、緊張感のある声で淡々と話をする。
「でも、師匠が太刀打ちできない相手に俺如きが居ても変わらないんじゃ…」
「そんなことないわ。貴方、自分の武器の実力を大幅に過小評価してるわねぇ」
「武器?」
唐突に話に出てきた自分の武器、刀の事に困惑しながらも、腰に差した一振りの刀に手で触れてまじまじと眺める。
「それは勇者の武器であり、唯一神を殺せるイレギュラーな存在なの」
「え?」
「ただ切れ味が良いだけじゃ無いの。万物を断ち切る概念を持ち合わせた兵器、そう思いなさい」
自分の身近にあったものがそれ程までに恐ろしく強大であるとは知らなかった為、今までの扱いと重ねてゾッと血の気が引くのがわかる。
「しかしなぁ、藤也みたいなガキんちょが最強武器とやらを持って馳せ参じたって、刀身を抜き放つ前に首掻っ切られて死ぬのがオチだろ?」
テティスは誤魔化さずに藤也の無力を口にする。悪びれた雰囲気もなく真剣な表情のため、藤也のメンタルにダイレクトに言葉が突き刺さる。
「テティスさん…もうすこしオブラートに包んで…」
「その通りね」
「酷い!」
話を遮る形で肯定されたため、更にメンタルが削られてしまった。項垂れる藤也を横目に少女は付け加える。
「その通り。でも、それは何もしなかった場合の話、私が何のためにここに来て、何のために傷を癒すと思って居るのかしらぁ?」
「つまり…」
「そう、私が直々に稽古をつけてあげるわ」
不適な笑みを浮かべる彼女の瞳は笑っていなかった。天は藤也の肩に手を置くと、ぶつぶつと何かをを唱え、次第にひんやりとした冷気に包まれる。
「凝固、昇華、冷気の癒しは灼熱を打ち払い一時の極楽を授ける。流れる生命を固定し、主たる器を修復しろ。『融雪・名残の華』」
傷口に霜が降りたかと思えば、肌に落ちた六花のようにサラリと消え、皮膚の奥深くへと染み渡る。気がつけば痛みは引き、しだいに傷が目立たなくなった。
「すごい…身体が動く!絶好調だ!」
どこにも違和感の肉体はいつぶりか、藤也は腕を固定していた包帯を引きちぎり、引きずっていたはずの足で高らかに跳び上がる。
「治癒魔術も効かなかった怪我がこんなにもあっさりと…あんた、何をしたんだ?」
疑問に思ったテティスは天に質問を投げかけた。しかし、天はふふふと笑い口元に人差し指を添える。
「企業秘密よぉ」
不適な笑みは悪戯な少女のようだった。
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血肉が焼け焦げた悪臭漂う焼け野原、ここは元々豊かな緑の森であった。しかし、突如発生した魔物の軍勢に木々は薙ぎ倒され、追い打ちをかけるように放たれた高温の業火に焼き尽くされてしまったのだ。至る所で残り火が燻り細い煙を天に伸ばす。そこを二人の少女がしゃなりと歩いていた。
「少しやり過ぎたかな」
「そうですね。動物達が可哀想…」
申し訳なさそうに辺りを見回すが生命の反応は無く、風が少し強く吹き抜けるだけである。
「まあいいや。邪神は信者にも厄介な魔道具を持たせているのがこれでわかったし、全力を超えないと敵わない相手と認識した方が良いな」
「女神様ですら危ういのですね。ですが私も諦めませんよ。少年を救い出し、取り憑いた邪神から解放するまで決して死ぬ気はありません」
ナレスの覚悟に、霊華は不敵な笑みを浮かべて背中をポンと叩いた。
「期待してるぜ」
ただ一言そういうと、遠くに霞んで見える霊峰を見据えて歩き出した。呆けていたナレスは、思いがけない激励の言葉に胸の高鳴りを感じながら霊華の後ろ姿を追いかける。
順調な旅路の滑り出し、対して霊華を探す冒険者一行は吸血鬼の子と言うアクシデントに最寄りの村での滞在を余儀なくされていた。
「吸血鬼の始祖があんな子供とはな…」
ガットは宿屋の廊下で天井の木目を辿りながらポツリとぼやく。後ろの部屋にはキャシーが居るのだが、突然現れた吸血鬼の子に血を吸われてしまい、貧血によりベッドで寝込んでいる。仲間がこの状況であるのに旅には連れて行けない。かと言って置いていくのも此処は見知らぬ土地である。どのみち近くに誰かが居ないと危険だろう。
「意気揚々と出発したハズなんだがな」
ため息を吐きながらアンを睨むと、アンはビクリと肩を震わせて顔を背けた。こんなはずでは、それはアンも同じ気持ちである。泣きそうになりながら、涙を溢さないように下唇を噛んでいると、視界の端でマオがガットに掴み掛かった。
「ちょっと!そんなに言わないであげなよ!アンだって悪気があった訳じゃないでしょ!?」
「そりゃあ悪気があったら俺らはここには居ないな」
「ならなんで…」
「冒険には死は付きものだ。俺らはそれをよく知ってるし、死を回避する為に皆、信頼して手の内をオープンにしている。アイツは変身に回数制限がある事を事前に報告していなかったし、事前準備も何も無く俺らを連れ出した」
「でも!手の内をアンに共有してなかったのは私達も同じでしょ!?それに、無理矢理連れ出したみたいに行ってるけど、了承した上に貴方だってはしゃいでたじゃない!」
「うるせぇ!俺は…クソが!」
ガットは怒りがピークに達したのか言葉を詰まらせながら拳を握って震えていた。すると、横から何者かの手がガットの拳を抑えた。キッとそちらを睨むと、リーダーのカーターが口を真一文字に結んで諭すような瞳で見ていた。
「…っ」
どうしようもない怒りを放出できずにもどかしそうにしていると、アンが急に走り出し、部屋から出て行ってしまった。重く後味の悪い雰囲気に彼らは苛まれることとなる。
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