八十話 ゴールドラッシュ
吸血鬼の始祖と名乗る銀髪赤眼の幼女の眼光は、目の前に立つ大人達を凍りつかせる。まるで蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなった冒険者一同は、息をするのも忘れて幼女を最大限に警戒した。
幼女は敵が襲ってこないのを確認した後、キャシーの血をちうちうと吸い、満足したらそのまま眠り出してしまった。
「ね…寝てる…」
「なんなんだこのガキは」
幼女に気が取られる中、沢山の血を吸われてしまったキャシーは今にも倒れてしまいそうな顔色で苦しそうにしていた。それを思い出したマオは、すぐにキャシーに駆け寄って身体を支えてやった。
「大丈夫…?」
心配そうにキャシーの顔を覗き込むと、目を開けるのも億劫そうに薄ら目で微笑むと、深く息を吸い込んで目を閉じた。
「キャシー…うん。そっとしとくね。大丈夫よ。絶対に良くなるから」
キャシーの意図を汲み取ったのか、頷いて頭を撫でた。見つめる瞳は絶対に助けるという信念が困った凛々しいものだった。
「こうも重傷なら女神探ししている場合では無いな。アン、鯨に変身して近くの村に向かってくれ」
リーダーであるカーターが振り返りながらアンにそう伝える。しかし、アンは俯いてバツの悪そうな顔で思いがけない言葉を溢した。
「無理…なんだよね」
「は?」
「へ、変身をするのにすごい魔力を使うから、一日に姿を変えられるのは四回くらいしかできないんだよね…ほら、街で鯨になって、戻って、また変身してここまで来て、人に戻って…四回…」
尻すぼみになりながら顔を上げると、皆空いた口が塞がらないようだった。
近くの村までは徒歩で一日程、それも土地勘のない深い森中である。その事実に、声にならない声が森に響くのだった。
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少し時間は飛び、ナレスは遺跡で魔力体の苛烈な攻撃を目の当たりにしていた。
「…っ鬱陶しいことこの上ないな!」
四方八方から飛んでくる魔力光線に加え、地雷のように設置してある罠や、追尾してくるホーミング弾の対処に追われて四苦八苦しているようである。しかし、防戦一方と言うわけでもなく、合間合間に攻撃を挟んで撹乱している。尤も、その攻撃は一つも当たらないのだが。
(このまま耐えれば直に相手の魔力が尽きて実質の勝ちになるけど…)
だが、それでは面白く無いと冒険者としてのプライドが騒めいてしまう。ナレスは剣に込める魔力をより多くし、鋭さと射程距離を伸ばす。
「『風魔法・精霊の囁き』」
背後に向けて突風を放ち、反作用を利用して高速で肉薄をする。今まで防戦一方で油断していたのか、ワンテンポ攻撃が遅れた為に猛攻を切り抜け、魔力体の首筋に刃が迫る。
「はあぁぁ!!」
鬼気迫る雄叫びをあげながら、渾身の一閃を振り抜いた。宙に舞う首、断面はどろりと溶けて数滴、黄金が頬に付着した。
「宝物は私のものよ」
パタリと身体が倒れる音と共に勝利宣言が静かな空間に響いた。魔力の刃を納め、完全に戦闘体制を解いたその時、突如として頬に付着した黄金が鋭い棘を生やして顎まで穴を穿った。
「っ!!」
あまりの激痛に頰を抑えて絶叫する。次第に黄金の魔力が尽きると思っていたが、収まるどころか傷口から魔力を吸収してより長さを伸ばし、進行方向にある弱点の詰まった胸部をズタズタに引き裂こうとしている。
「うわぁぁぁ!!」
そうはさせまいと、痛みに備えて叫びながら気合いを入れて黄金を引き剥がした。荒く肩で呼吸し、血だらけの下顎を震わせながら睨みを効かせるその姿は、大人でも悲鳴をあげるほど恐ろしい。
「そうよね…魔力体なんだから、首を刎ねた程度で絶命すれば笑い物よね」
自分の浅はかな考えに思わず呆れてしまいそうになりながらそう溢す。魔力体はいつの間にか頭を再生しており、何事も無かったかのように不自然に立っている。
(さっきの不意打ちで結構なダメージを喰らってしまった…それに加えて魔力吸収で枯渇気味、相手は回復してるし、絶望的状況ね)
静かに自分と相手の状況を把握し、不利的状況から打開策が無いか探る。しかし、どれだけ見ても不利なのには変わりなく、身体強化すらままならない素のスペックであるナレスと、大規模な魔力攻撃を連発できる魔力体では大きな差があった。だが、ナレスはそれでも笑みを崩さなかった。
「少年が捕まって苦しんでいるのに、私がこれっぽちで死ぬようじゃ笑われちゃうわ。私はアンタを倒してこの遺跡に眠る宝具で天使に対抗する術を手にする!悪いが、ここは勝たせてもらう」
そう言ってナイフを取り出し、ボクシングのようなファイティングポーズを構えた。ナレスが弾かれたように走り出した瞬間、元いた場所に魔力攻撃が降り注ぐ。更に、走るナレスを狙って四方八方から攻撃が飛んでくる。少し前とは状況が違うため、避けようにも避けきれず身体の端から徐々に被害が出始める。
「くぅぅ…!」
遂には左肩から腕にかけてを全て焼かれてしまい、ズタボロの雑巾のような様相になってしまった。それでも、目の前の敵に打ち勝つため、無茶な動きで懐を目指す。
「入った!」
そして、少しの隙を縫ってとうとう敵と目と鼻の先に躍り出た。低く倒れそうな体勢から、足を踏ん張りナイフを持った手でアッパーを繰り出す。魔力体は腹から頭までを真っ二つに裂かれてしまうが、当然のように身体を再生する。
「まだまだ!!」
その再生が終わる前に、ナレスが拳のラッシュを叩き込む。嵐のような苛烈な攻撃に魔力体の上半身は原型を留めない程に崩れてしまう。だが、横から放たれる魔力のビームが邪魔をして仕方なく距離を取った。
その隙に無事再生を終えた魔力体は、心なしか少し動きがぎこちない気がした。
「ふぅ…!」
ナレスは息を吐いて集中力を高めると、苛烈な魔力攻撃をまるで踊るかのような優雅に見える最小限の動きで避ける。
「何度も何度も同じ攻撃を見てきた。そんな攻撃、今更当たるわけも無い。例え四肢が捥げようとも当たることは無いわ!」
一切学ばずに似たタイミングで似たような攻撃を繰り出す敵に片腹痛いと言わんばかりに嘲笑を浮かべる。気がつけばまた懐に潜り込んでおり、案の定魔力体は原型を留めぬまで殴られてしまう。ただ、今回は学習できたのかバックステップで距離を取りながら再生を図る。
「その動き、読んでいた!」
ナレスはカツカツの魔力を振り絞ってジェット機の様に急発進すると、相手の腹目掛けて右フックを見舞わせた。
『……』
魔力体は相変わらず表情の無いのっぺら坊だが、痛みから逃れるための防御体勢を取った。
「…っ!」
今までのサンドバッグ状態とは異なるイレギュラーに反応がワンテンポ遅れた。その隙は決して小さいものでは無く、魔力攻撃が目の前に迫る。
「っぶない!」
脊髄反射にも近い反応速度でサイドステップで避けることに成功したナレスは、一旦呼吸を整える為に周りながら離れた。
(コイツ…あの至近距離で発生が遅れる魔力攻撃を放ったな。恐らく、魔力攻撃と身体の変形では身体を変形させる方が魔力消費が激しい。即ち、攻撃で形を変えられればそれだけ変形に魔力が持っていかれる!)
「即ち速攻!」
ナレスは相手に暇を与えぬ速攻を選択した。その選択と考察は正しかった。普通、魔力を直接放つ攻撃と物体を動かす攻撃とでは魔力効率は物体を動かす方に軍配が上がる。しかし、魔力体を構成する物質は純度の高い金であり、その密度は水の約十九倍に及ぶ。そんな高密度の物体を動かすのであれば、魔力を直接放ったほうが効率的なのだ。
「ハアァァァ!」
迫真の叫び声を前に、魔力体は逃走という愚策を選択した。重く柔らかい身体では、魔力消費の割に速度が出ずに追いつかれてしまう。案の定、魔力体の背後にナレスが迫り、片手に握ったナイフの利点も考えない鉄拳のストレートが頭部を直撃した。
ゴンッと言う鈍い金属音と共に魔力体は倒れ、粘土が変形するように歪に身体がひしゃげている。魔力の反応は一切無い。正真正銘ナレスの完全勝利である。
「勝った…!」
この日二度目の正直である勝利が宣言された。
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