七十七話 魅惑の宝具
遅くなりました
霊華が敵を倒している頃、ナレスは暗い遺跡を探索していた。三日前にこの洞穴に侵入した時は、内部がコレほどまでに広いとは思ってもいなかった。かつて古代の人類が活動していた時に作り上げたであろう朽ちかけの石でできた遺跡の構造物があちらこちらに佇んでいる。その遺跡の中に魔物が潜んでおり、たった今も遭遇していた。
「っ!!」
気配を感じ取って身を翻すと、身体に触れそうなギリギリの位置にトカゲの様な怪物が大口を開けて突っ込んできた。その魔物は地面と熱烈なキスを繰り広げるが、すぐに顔をあげてナレスを探す。そのナレスは今、遺跡の影に隠れて息を顰めていた。
(本当にキリがない…)
ナレスはもう一時間程このようなことを繰り返していた。初め、魔物の巣とわからずに遺跡群に足を踏み入れたのが間違いであり、地形を利用して死角からの強襲に神経をすり減らしている。
「『風魔法・妖精の囁き』」
ナレスは見通しの悪い遺跡から上空に飛び立つために地面に向けて風魔法を放つ。ナレスの身体はふわりと飛び上がり、遺跡の上部に降り立った。辺りを見回せば、どこまでも似たような形の遺跡の残骸が立ち並んでおり、その奥に微かに出口の様な穴が見えた。
「あそこに行けば!」
そう言った直後、眼前に魔物の巨大な顎門が広がった。濁った紅色の喉が奥まで見える。
「っ!」
ナレスは反射的に前方に向けて風の刃を滅茶苦茶に飛ばしまくる。今まで逃げに徹していた獲物から手痛い反撃を喰らうとは想定していなかった魔物は、その攻撃をもろに口腔内に受け、口の中がズタボロに切り付けられ、仰向けに落ちてしまった。
「あ…危なかった」
九死に一生を得たナレスは震えながら魔力剣に力を込めて無理矢理心を落ち着け、今乗っている遺跡の残骸の縁から地面でのたうち回る魔物を見下ろす。
「でも、この上からなら優位に反撃ができる!『風魔法・ダウンバースト』」
魔法を唱えると、魔物の上空から強烈な下降気流が吹き下ろし、魔物を空気でズタズタに削りながら地面に押し付ける。
『グルゥァァァァ!!!』
地面を震わせる様な重低音の悲鳴が辺りに響き渡る。たが、それもじきに聞こえなくなり、潰れて血みどろになった死体が一つ出来上がった。
「ふう…これで落ち着いて先に進める…」
そう思っていたナレスの考えは、すぐに折られることとなる。
「な…なんでこんなにいるのよー!」
全力で出口に向かうナレス、その背後には先程の悲鳴を聞きつけて湧いて出てきた沢山のトカゲの魔物達。そう、この空間は魔物の群れが生息しており、今まで一体一で襲ってきたと思っていた魔物は全て別個体であったのだ。
「そんなぁぁぁ!!!」
今度はトカゲではなくナレスの悲鳴が響き渡ったのだった…
「はぁ…はぁ…」
無事にトカゲの群れから逃げ切り、下の階層への道で息を整えるナレス。通ってきた出口を風魔法で崩落させたため、トカゲは向かってこれないようだ。
「でも帰れなくなっちゃった…」
風魔法を使えば無理でも無いが、実行には魔力が必要なのに加え、威力が高すぎると周りも崩壊してしまう可能性もある。
「先に進むのが得策か」
ナレスは身支度を整えて先に進む。先は長く、暗い。だが、この遺跡に眠る宝まであと少しである。
もう何階層かわからないが、トカゲの居た階層から二つ下に降りた。途中、食人植物の群生地があったが、風魔法で刈り取って楽に突破できた。そして、今いる階層は、趣味の悪い金でできた階層だ。
「これは…あの男を思い出すな」
偶然にも、過去に戦ったクルー・クルーズが使った黄金魔法が創りだす光景と酷似していた。壁に埋め込まれる形で黄金の天使像が並ぶ。中心には謎の台座があり、その周囲を柱が囲む。
「あれは…魔道具か?」
台座の上には魔道具らしき黄金の腕輪が鎮座しており、赤子でもわかるほどの存在感を放っていた。
ナレスは無意識のままに歩き出してしまう。一歩、また一歩と距離はどんどんと縮まっていく。やがてその距離が数歩圏内になった時、ナレスの横を何かが物凄い速さで通り抜けた。
「…っ!?」
それによって目を覚ましたナレスは、自分がいつの間にか台座に向かって歩いていたことに気がつき戦慄した。
「この腕輪には謎の魔力がある…っ!」
そして、ナレスの横を通り過ぎた何かが台座の前で腕輪を掴んだ。洞窟に入る前からずっとナレスを尾けていた邪神教の手先、彼はこの部屋に入る直前まで気配を完全に消して完璧なまでの尾行を完遂させていた。だが、この部屋に入った途端自分を襲った無意識の行動によってすぐに水の泡となった。
腕輪の持つ謎の魔力であり魅力。それは訓練された諜報者でも破ることのできない力。
「この腕輪は…俺のものだ!!」
彼は大声でそう宣言すると、勢いよく腕輪を左腕にはめた。その途端、腕輪を中心に赤黒い魔力が溢れ出し、腕に赤黒い稲妻のような痣が広がる。それはやがて肩から身体に広がり、左半身と顔の左側にまで進行してしまった。
「が…あぁ…」
全身に激痛が走っているのか、顔を歪めて脂汗を浮かべて呻き声を上げる。ぎこちなく身体を震わせて空を仰ぐと、その直後に周囲の金が男を包み込んでしまった。
「これは…」
金はまるでアメーバの様に変形しながら蠢き、内包する魔力を徐々に濃く満たしていく。やがて動きが止まると、金は液体金属の様にパッと溶けて平たく広がり、部屋の隅々まで広がった。最後に残った金の腕輪は、気がつけば元の台座に戻っていた。
「人から魔力を抽出したの…っ!?部屋の中の魔力が集まっているわ!!」
ナレスが気がついた通り、部屋の中に満ちていた魔力が台座の正面に集合し始めた。次第に魔力は人の形に変化してゆく。そして、僅かに明滅する人型の魔力体が完成した。その魔力体はナレスを暫し観察すると、大袈裟な身振り手振りをしながら話し始めた。
『遺跡の最深部、宝具の壇によくぞ辿り着きました』
その声はナレスの脳に直接響き、違和感を掻き立てる。
『貴方の確かな実力と、誘惑の腕輪を拒む精神力、魔力体を呼び覚ます幸運、その全てを讃えます。最後の試練として魔力体を打ち倒し、真の宝具を手にしなさい』
魔力体は静かにナレスを指差した。
「っ!」
瞬間、背筋が粟立つ程の殺気を感じてすかさずサイドステップでその場から離れる。すると、頬を圧縮された魔力が掠めた。そして、壁に着弾すると綺麗な穴が空き、塵一つも発生しなかった。
(なんて密度の魔力…っ)
真円に近い穴には亀裂一つ無く、一点に対する貫通力とそれに込められる殺意がありありと感じられる。
ナレスが着地すると、少しの間も与えないと言わんばかりに魔力の攻撃が浴びせられる。そのどれもが先程のものと同じく殺傷能力に長けており、部屋はシロアリに喰われた材木の様にボロボロになってしまった。
このままじゃ埒があかないため、ナレスは避ける方向を斜め前に変えて接近を試みる。だが、それを阻止する為に上空から横方向に広い一斉放射が降り注いだ。これでは前に出た瞬間に跡形も無く消えてしまう。
「チッ!いやらしい攻撃ばかりね!」
思い通りにならない戦闘にナレスは堪えきれず怒りを露わにし、溜めの少ない鎌鼬や空気弾を放つ。だが、動きながら放ったためか、意図的に弾道を変えられたためか、その尽くが魔力体を掠めてどこかへ着弾する。
(遠距離攻撃にも対応してくるのね。だけど奴は魔力体よ。コレだけ高密度の魔力を無駄撃ちすれば魔力切れも必然。それとともに消滅する!時間経過で勝利は見えた!)
ナレスの推測通り、魔力体は魔力の使いすぎで少し身体の光が小さくなっている。即ち魔力量が減少して身体が保てなくなっているのだ。
「私はお前を倒して力を手に入れる!」
ナレスの勢いを殺すかのように、または焦りが現れているかのように、魔力の攻撃はより一層苛烈になるのだった。
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