七話 荒み続ける心
あれから一月が経った。
グラッドがバーのカウンターで酒を飲み、独りごちる。
「俺は…どうすりゃ…」
グラッドは悲しい顔で少なくなった酒を眺める。
あの一件からミュアは心を取り戻していない。
そして、その事を知った少年は自暴自棄になったのか、意味もなくスラムを歩き回っている。
二人は今、グラッドの店の二階で生活をしているのだが、少年が帰ってくることは滅多になく、帰って来たと思えばどこで負ったのかわからない怪我が身体中に刻まれている。
ミュアが父親に嬲られ、それをグラッドが殺してしまったが為に、少年は決して消えることのない復讐心に駆られて、スラム中の不良や大人達に喧嘩を売っている。
少年は決して強く無い、その為、少年は度々返り討ちにあい、後一歩で死ぬ所まで行ったこともある。
その度に命がながら逃げ出し、傷を癒していた。
グラッドはそのことを勿論叱るのだが、少年は寂しそうな顔をして出て行ってしまう。
グラッドは机に突っ伏して唸り声をあげる。
すると、バーのマスターがグラッドの前で止まる。
マスターはグラッドの横に酒の入ったグラスを置く。
そして、グラッドに諭す様に言う。
「どうもこうも無いんじゃ無いですか?貴方はその子に嫌われるかも知れないと思っている」
グラッドは頷いて肯定する。
「けれども、その子はもっと危険な状態にあるのでは無いですか?貴方の愚痴によると、自暴自棄になってスラムで喧嘩の日々。いつ殺されるかわからないのに、嫌われるからの一点で何もしないのは愚者です」
その言葉にグラッドは反論する。
「だが!もしアイツが逆に怒って出て行ったっきりになったらどうする!」
グラッドの消極的な反応にマスターは間髪入れずに叱咤する。
「もしじゃない!今貴方が行動しなければ現状から進展しないのですよ!その子が出て行こうとするなら!貴方が手を取って無理矢理にでも閉じ込めてしまいなさい!」
「閉じ込めるなんて可哀想だろ!」
「可哀想じゃありません!今の傷ついた心を元に戻すには強行的な手段を用いなければいけない!崩れそうな心を放置して子供一人で出て行くのと、貴方が閉じ込めて改めて共に歩む。どちらがその子にとって最善か!考えてから発言しなさい!」
普段の紳士的な雰囲気のマスターとは違い、肩で息をしてグラッドを叱る。
グラッドはそのマスターの言葉に涙を流す。
「ぐうぅぅ…俺は馬鹿だ…」
そんなグラッドの肩にマスターが手をかける。
「今からでも遅くありません。さ、行きなさい」
グラッドは勢いよく立ち上がり、酒の代金を置いて店を出てゆく。
「マスター!ありがとう!」
店の扉がカランカランと音を立てて閉まる。
「ふぅ、健闘を祈りますよ」
今までのことが嘘の様に静まり返った店内、マスターは次に来るお客さんの為に支度をし始めた。
―――――――――――――――――――
暗い路地裏、少年が一人の男の子の胸ぐらを掴んで殴りつける。
男の子の鼻から血が出るが、お構いなしに殴り続ける。
少年の足元には男の子の仲間らしき子供が倒れている。
「足りない…足りない…」
少年はどう見ても正気でない瞳で殴り、そして投げ捨てる。
少年は興味が無くなったのか、路地裏を後にしようと踵を返す。
「この野郎!息子の仇!」
突然、叫ぶ様な声で恨みの言葉が少年に向けられる。
路地の入り口に一人の男性が立っており、血走った目で少年を睨む。
その男性は少年が喧嘩で倒した者のの父親だろうか?手には誰かの首飾りが握られており、恐らくその後に亡くなってしまったのだろう。
男性は手のひらを前に突き出し、魔法を唱える。
「死ね!風魔法•エアー•バレット!」
打ち出された不可視の空気弾は、少年に真っ直ぐ向かう。
不意を突かれた少年は、反応が遅れてしまい、避けようとしても当たってしまう絶体絶命の窮地に陥る。
もうダメかと来る衝撃に備えた時、少年の横を何かの影が通り過ぎる。
少年が正面を見ると、少年を庇ったグラッドが立っていた。
グラッドは空気弾が直撃したらしく、吐血して倒れる。
「グラッド!」
少年はグラッドに駆け寄る。
グラッドの胸の辺りには大きな痣の様なものがあり、そこに当たったことがわかる。
恐らく、内臓が潰れたかして内出血を起こしているのだろう。
ぐったりしたグラッドは、頭だけを起こして少年に語りかける。
「ディース…大丈夫か…?」
「大丈夫だよ!」
少年は切羽詰まった表情でグラッドに返事をする。
胸の痣はより濃く、広くなっている。
「そうか…よかった…」
「やめて!喋っちゃだめ!」
グラッドはそれでも言葉を紡ぐ。
まるで最期がわかっているかの様に。悔いの残らない様に。
「俺は…お前もミュアも救え無かった…ただ…最期に一つ聞いて欲しい…」
「やめて!最期だなんて…俺は救われた!だから…」
しかし、グラッドはそれでもやめずに話す。
「やりたい事を…お前の心から望む事をやり遂げろ…それが俺の願いだ…お前は優しい…からな…」
グラッドは震える声でハハッと笑う。
「自己中になれ…自分を解き放て…お前は何ものにも縛られない」
グラッドは少年の頬に手を触れる。
「!!」
その途端、少年の頬に強い衝撃が走る。
そして、グラッドの身体から力が抜ける。
「待って!グラッド!まだ死なないで!」
少年は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔もお構いなしにグラッドに呼びかけるが、反応は無く、微かな笑みで安らかに眠っている。
「クソ!クソォォォォォ!」
少年の慟哭が路地に響く。
後悔と怒り、そして悲しみの篭った慟哭に、先程魔法を放った男性はたじろぐが、その男性の後ろから続々と少年に恨みをもつ者が現れる。
少年は、ゆらりと身体を揺らしながら立ち上がり、ゆっくりと顔を上げる。
それを見た者は、まるで蛇に睨まれた蛙の様に固まってしまう。
少年は、言葉では到底表せない程に悍ましく恐ろしい顔をしていた。
少年は、身体を揺らした後、凄まじい速さで走り出す。
「くっ、来るなぁっ!」
怯えながらも手を突き出し、魔法を唱える。
路地の幅いっぱいに放たれた複数の魔法は、雨の様に少年に襲いかかった。
少年はその魔法を手で無理矢理防ぎながら突貫する。
焼け爛れ、貫かれ、切り刻まれる。
両手はもう、骨が見える程にズタズタになっていた。
ソレでも構わずに、男達に肉薄する。
少年はその足で男を蹴り飛ばし、後ろから襲いかかった他の男も後ろ回し蹴りで弾き飛ばす。
残りの奴等も片そうと振り返った瞬間、少年の頬に強い衝撃が走る。
よろめき、路地の壁にもたれかかる。
顔を上げるとそこには拳を握った、最初に空気弾を放った男がいた。
「息子の仇!」
「舐めるなぁ…」
怨みを持った両者が向き合う。
少年は身体を低く、いつでも蹴れる様に構え、男はいつでも殴れるように拳を構える。
「風魔法•パルゥムラウンドウィンド」
男は拳に風を纏わせる。
それを合図に、少年は男に肉薄する。
少年が腹目掛けて放った回し蹴りを男は手に纏った風で弾く。
よろけた少年の腹に、男が風を纏った拳を放つ。
少年の腹が風によって押されるが、路地の壁によって阻まれ、押しつぶされる形となる。
「グハァッ」
少年の肺から全ての空気が逃げ、少年は窒息状態へと陥る。
少年は暴れるが、男は構わず力を入れ続ける。
しかし、男の魔力が尽きたのか風の力が弱まってある程度呼吸が出来るようになる。
少年はその隙を見逃さずにズタボロの腕で男を掴んで蹴りつける。
男は怯み、少年は無事に抜け出す。
「ゴホッゴホッ」
咳をすると、口の中に鉄の味がする。
少年はペッと唾を吐き、構え直す。
「このスラムの餓鬼が!魔法も使えない癖にイキるな!」
男は焦りからか、怒鳴り声をあげて少年に肉薄する。
雑になって単調な攻撃を避け、ヤクザキックで腹を蹴る。
「ゲェッ」
呻き声を上げて嘔吐する男。
「ハッハハッ」
少年は貧血で歪む景色の中、壁にもたれかかって乾いた笑い声を上げる。
昔虐待してきた父親、境遇や関係は違えど、父親というものに一矢報いた少年の心は、少しだけ満たされた気がした。
だが、一矢報いたとは言え、まだ倒れては居ない。
男は口を拭いながら立ち上がり、手のひらを正面に突き出す。
「死ねよ!」
男は暴言を吐き捨てる。
少年は最後の力を振り絞って男と向き直る。
「嫌だね。かかってこいよマヌケ」
相手を煽りながら拙い構えをつくる。
「風魔法•エアーバレット!」
男の放った不可視の空気弾は、辺りの土埃を散らして向かってくる。
少年はまるで向かってくるボールを蹴るように回し蹴りを放つ。
空気弾は少年の足に当たり、そして少年は吹き飛ばされた。
路地裏に積まれた木箱が散乱する。
少年は沢山の木箱の上に倒れている。
その足は、通常ではありえない形にグニャリと曲がっている。
「ハハッ。終わりか…」
霞んだ視界の先で男がこちらに向かってくる。
よく見えないが、手には棒状の何かが握られている。
「死にたくねぇよクソッタレ」
少年はボソリと吐き捨てる。
そして、今までの短い人生が走馬灯の様に、いや、走馬灯として流れる。
殆どが虐待されている記憶なのだが、そこの合間にあるミュアとの幸せな記憶。そして、グラッド達と過ごしたごく短い時間。
リアと出会った河川敷、グラッドは最初怖かったな。ニルのテンションに振り回されたな。等、沢山の感情が溢れる。
(まだ…死ねねぇな)
少年の瞳に映るかわいい顔をしたミュア。
「俺が守らないと…」
その時、少年の服のポケットに入っていたいつか拾った無垢な白い石がパキッと音を立てた。
ポケットからドス黒い邪悪なオーラが溢れ出し、少年の周りを渦の様に覆い尽くす。
「な、なんだよソレ!」
男が腰を抜かし、ナイフを落として震える。
そのオーラは辺りの建物を徐々に破壊して飲み込んでゆく。
「くっ来るなぁ!」
男はオーラの奔流から逃げ出そうとするが、恐怖によって震える足では力が入らずコケてしまう。
「や、やめろ!」
次第に男の足を蝕んでゆく。
男は燃える様な痛みと今まであったものが消える違和感と喪失感に呻き声をあげる。
しかし、それでも破壊は終わらず、足から腰、腰から胴へと蝕んでゆく。
大声で叫ぶ男だったが、次第に声は小さくなり、いつしか消えてしまった。
「ミュアを…守るんだ…」
男を殺してもなお、少年の暴走は止まらない。
半ば意識を失った状態で破壊のオーラを放つ少年は、まるで何かに憑かれている様だった。
『全テをハ壊スル…』
少年のモノとは思えない声が路地裏に響く。
破壊の奔流はやがて街まで溢れ始める。
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