六十六話 アンデットエンペラー
気がつけば藤也はベッドの上で眠っていた。まるで悪夢でも見たかのように慌てて飛び起き、荒い息をゆっくりと整える。何か夢を見ていたのか、自分でも良く覚えていない。ただ、あれはとても美しく扇情的であったという事だけは覚えていた。
「もう一度会えるかな……」
思わず言葉が口からすり抜ける。その言葉には、自分でも驚くほどの未練が孕んでいた。まるで、遠い日本の原風景を見たかのような儚さと寂しさ。藤也はその日一日を、ボンヤリとした頭で過ごした。
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時は少し戻って夜の序盤。場所はマール共和国のヤマール。その街の街門近くに、蠢く死者が群がっていた。死者達は呻き声を上げながら、その身体からは想定できない程の速度で進軍する。
それを迎え撃とうと立ちはだかるネールナルの背後に、少年を背負って街へと走るナレスの姿があった。
「ここは通しませんよ。街の人のため、仲間のために。『風氷魔法・氷点下の突風』
ネールナルが剣を横に振り抜くと前方に突風が吹き抜け、通過した後の地面に次第に霜が降りてゆく。
その風を喰らったアンデット達の表面には霜が降り、まるで錆びたブリキの玩具のように動きが鈍った。
「むむっ!コレは危ない!」
スクレットは魔法の危険性をいち早く感じ取ると、後ろに居たアンデット共を操って前方に迫り出させた。崩壊したダムの水のように迫り出すアンデット達はそのままの形で凍りつき、自重に耐えきれずに折れて崩れた。しかし、先頭に仲間の山があったとしても、アンデットの足りない脳みそでは止まる事なく、当然のことのように仲間を踏みしめて乗り越える。
「数が多いな…少し全力を出しましょう。『風氷魔法・プリズン・氷山の風獄』」
そう魔法を唱えながらアンデットに突貫し群れの中に消えた。その次の瞬間、氷山のような大きさの氷が幾つも生え、アンデットの大軍を囲う。そして、氷でできた監獄の中で巨大な竜巻がトグロを巻く。竜巻に飲み込まれた物体は風圧に押し潰され、別の物体とぶつかり合って粉々に砕けてゆく。
「イヤー!私の骨が!戻ってきてくださぁーい!」
スクレットは叫び声を上げるが、緊迫した様子などは微塵も無く、むしろヘラヘラと楽しんでいるようだ。
「やはり一筋縄ではいきませんね。凍りつけ。『氷瀑』」
ネールナルの言葉と同時に竜巻の下部分から一気に上まで凍りつき、竜巻の形を保ったまま、まるで氷でできた大木のようなものが出来上がった。勿論、アンデットの大軍は氷に閉じ込められており、復活も叶わないだろう。
ネールナルが額を拭って一息つこうとした時、ふと氷の中の光に気がついた。オレンジ色の、蝋燭の様な淡い光。じんわりと広がる光は次第に強く激しくなり、色もオレンジから赤に近くなる。
咄嗟に異変を止めようとしたが時すでに遅し。爆音と共に氷は爆ぜ、入道雲を彷彿とさせる程の巨大な水蒸気が立ち上る。初めはただ上に登っていた水蒸気だったが、それは次第に渦を巻き始め、その身を液体の水に変えた。
「危ないところでしたよ。この子が居なかったらしんでました!」
相も変わらずヘラヘラしているスクレットは、骨のドラゴンの頭に座って手をヒラヒラと振っている。骨のドラゴンの口からはマグマの様にドロっとした炎が垂れており、肋骨の隙間から淡い光が漏れ出ているのでそこで生成したモノを吐き出したのだとわかる。
「今ので死なないのは予想外だ。例え不死のスケルトンと言えど、骨を氷漬けにしたら動けないと思ったのだが…」
「私をそこらのスケルトンと一緒にしてもらっては困る。私は魔力を極めて至った極地に立つウィッチである!」
スクレットは珍しく声色を低くしてそう言うと、立てていた人差し指をネールナルに向けた。すると、今まで宙に浮いていた渦を巻く巨大な水塊がネールナルに向けて放たれる。水塊はまるで横倒しの竜巻の様にネールナルを襲うが、ネールナルは剣に氷の魔法を纏わせてから水の渦を縦に一刀両断した。
「アンデット風情が魔法を語ると?」
「アンデットと言えど、元は人間ですよ!」
スクレットはドラゴンの頭から飛び上がり、右手の五指にプラズマ化させた炎を纏った鋭い爪でネールナルに襲いかかった。
「そんなモノ掻き消してやる!」
ネールナルは剣を横に薙いで冷気の鎌鼬を生み出した。しかし、スクレットは腹部の背骨が両断されるのも構わずにその凶爪を振り下ろした。
「っ!!」
想定外の出来事に行動が遅れたネールナルだが、即座の判断でスクレットの指を切り落として防いだ。
「おお、死んでしまうとは情けない」
地面と激突して骨がバラバラになったが、骨が勝手に集まってきて人体を復元し、軽口を叩きながら立ち上がった。そして顔の半分を片手で隠すとその手に魔力を込め始めた。急に気配が変わり、周りの魔力が可視化する。氷の中にある同族の身体の周辺にヒビが走り、至る所で氷が崩れ始めた。
「いつか見た魔法の極地。それは圧倒的な出力と精度による魔法の圧縮」
「待て!何をするつもりだ!」
ネールナルは何かを察して鎌鼬を十字に放つが、あまりに濃厚な魔力に分解されて逆に取り込まれてしまった。
「魔力の塊である魔石を核として動くアンデットは、言わば動く魔力庫!右目に埋め込んだ蓄魔石は膨大な量の魔力を溜め込み、そして私の力へと変換する!」
魔法では無理だとわかったネールナルは、身体強化に魔力を割いて最高の身体能力でネールナルに肉薄する。だが、あと一歩、及ばなかった。
「『魔力凝縮技法・濃縮された理』」
その瞬間、ネールナルの視界が悍ましい魔力を捉え、そして包まれた。次は全身を貫く大量の魔力を感じた。肉体も、魂すらも貫かれる感覚が確かに身体に残り、あっという間に意識が刈り取られた。
だが、すぐにネールナルは目を覚ます。地面に寝そべっていたらしく、空が視界に入ってきた。反射的に身体を起こすと、何やら巨大な肉塊があった。肉塊は湿った音を立てながら心臓の鼓動の様にリズムよく蠢き、そして徐々に収縮しているようだった。
「気絶からそう時間は経っていない。今の奴なら無防備、狩れる!」
そう呟きながら立ち上がり、言い終わるや否や地面を蹴って駆け出していた。
「身体強化、エンチャント、さらに即座に反応できるように氷の礫を周辺に滞空させる!『風氷魔法・雪魄氷姿』」
肉塊の寸前で剣の振り下ろしと共に放たれるその魔法は、肉塊を真っ二つにし、その芯まで絶対零度の純白に凍りつかせる絶技であった。しかし、その通りにはならなかった。剣は肉塊を真っ二つにするどころか、その刃を肉で包まれて動かすことができなくなってしまった。白く凍りつくはずだったのも、表面に僅かに霜が付着する程度で大きな変化は無かった。
「な…なんで…!!」
ネールナルは唖然としながら驚愕の言葉を吐いた。そして、すぐにあることに気がついた。肉塊は異様な程に魔力が無かったのだ。万物には僅かにでも魔力が宿る。しかし、この肉塊からは僅かも魔力が感じられない。すなわち、魔力が放出されていないのだ。決して魔力が無いわけではない。異常なまでに圧縮された魔力が肉の下にあり、殆ど魔力放出の無いそれは、まるで魔力が微塵もないかの様に見えるのだ。圧縮された魔力は他の影響を受けづらく、肉や骨はクッションの様に剣を受け止める。
『魔力と骨肉の繭その中から羽化するのは…』
肉塊の中からスクレットのくぐもった声が聞こえる。異変を感じたネールナルが距離を取ろうとバックステップをした瞬間、肉塊に切れ目が走り花の蕾の様に開花した。溢れ出る魔力の濁流は光と風を生み出し、暗雲立ち込める夜空を照らす。
ネールナルは腕で顔を覆いながら肉塊を捉え続ける。すると、光の中で立ち上がる一つの影が浮かび上がった。その影は袖を整える様な素振りをしながらゆっくりと足を前に出す。
「民の魔力を糧に育つは黄泉の帝王」
そして、その全容が露わとなる。真っ黒なスーツに身を包み、紫のネクタイを綺麗に締める。その上から黒のコートを肩にそっと乗せている。骨だけの肉体も、ゾンビ達のお陰か筋肉が付き、次第に皮膚も再生する。
頭に乗った王冠をそっと手に持ち魔力を通して変形、装飾の豪華な細身の剣を作り上げた。
スクレットはダルそうに剣を肩に担ぎ、トントンと剣で肩を叩く。そして魔力でタバコを創り出し、口に咥えて笑みを浮かべた。
「黄泉の皇帝のお出ましだ」
その日、黄泉を牛耳る帝王が仲間を増やすべく、地の底から這い上がって来たのだった。
なんか最近の敵キャラ大体球体から出て来て強化されてる…一辺倒になりがちなので反省します。
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