六十五話 死人の群れと妖
暗闇に塗れた草原をネールナルが少年をおぶって歩く。草の丈が腰程まであるため一歩一歩踏み出す足が非常に慎重で遅い。ナレスはそんな彼を複雑な心境で見ていた。
邪神に乗っ取られて街で大暴れした少年を街の警備は見逃す筈が無く、あの後街中を必死で逃げ回りとうとう衛兵を凍らして街の外に強引に出るという行動に出た。一度死んで蘇ったネールナルは善悪のタガが外れたのか、何の躊躇も無く魔法を放って氷像を量産している。後ろを振り返れば凍りついて砕けた亡骸が転がっている。
(今日会ったばかりだけど、彼が変わったことは確実にわかる。魔力の質も違う。より鋭く、何人も傷つける茨のような恐ろしさがある)
ナレスは、今のネールナルに対して訝しむ様な感情を向ける。少年の味方をしてくれているのは明白だが、少年が邪神に乗っ取られて暴れた様に、彼も何かしらで暴れることがあるのではないかと。
前を歩くネールナルの動きに注目しているとネールナルは急に立ち止まる。そして振り返り、薄ら笑いを張り付けたままナレスを見る。
「ナレスさん、少し少年を頼んでよろしいでしょうか?」
ネールナルはそう言って目を細めて微笑むが、ナレスはそれが非常に不気味に感じて萎縮し、身体がすぐには動かなかった。
「ナレスさん?」
ネールナルの呼びかけで我に帰り、愛想笑いの様にハハハッと声を出しながらネールナルの背から少年を受け取っておぶさる。
「すまない。少しぼーっとしていてな…」
「そうですか。お疲れの様ですね?ですが…ほら、来ましたよ。亡者達がすぐそこに」
ネールナルは地平線の向こうを指差す。ナレスは目を細めてそちらを見る。宵の始まりであっても東の空は夜中の様に暗い。良く目を凝らして見てみると、闇に蠢く一団が微かに見えた。
「アイツらは…もしかしてっ!?」
「身に覚えがあるのですか?」
ナレスは記憶を引っ張り出しながらネールナルに話した。
「アレは今から一カ月かそれ以上前の事だった。命の危機に陥る程の豪雨に私達は流されたのだが、流された先に一つの廃村らしきものがあったのだ。そこで少し休憩をしようとした時、私達の前に骸骨が現れた」
「スケルトン?」
「ああ、そしてそれに続く様に数百のアンデットが隊列を組んでパレードの様に行進したんだ」
「それは本当かい…?」
「本当だ。…骸骨は自らの名を名乗った。スクレット・スケレトゥスと」
アンデットの軍勢は爆風のようなスピードで迫ってきており、先程まで地平線の方に見えていたのが今では一体一体の輪郭がぼんやり見えるくらいにまで接近していた。
先頭を走るのはいつかのドラゴンのアンデット。頭蓋骨の上でカラカラと狂気的に笑う村長、スクレット・スケレトゥス。
「ご機嫌よう!皆様、パレードがやってきましたよぉ!最高にハイでクレイジーなショータイム!我らの仲間入りしたい方、ようこそ冥府へ!ハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
骨の鳴る音がやけに暗闇に響き渡る。恐ろしい死の行進は、街を目掛けてすぐそこまで迫るのだった。
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そこはシュルルーシ国の王城。王座にもたれかかる王の顔には生気が無く、焦点の合っていない瞳孔の開いた瞳はハエが集っていてもピクリとも動かない。
その背後から、高身長の男がヌルリと現れた。その男は藤也達の前に現れ、神官長を全く別人に変えてしまったあの大男だった。
「ラファエル様、創造神様が器の主導権を一時奪ったそうです。いかがいたしますか?」
いつの間にかローブを纏った男が現れて跪く。
ラファエルは感情の読み取れない冷たい瞳でその男を見下ろし、これまた冷たい声をじょあな城内に響かせる。
「器の周囲は今荒れている。これではあの方が復活する前に器が壊れてしまうかもしれない。数百の軍を揃えろ。器を奪取して来い」
「ハッ!」
目の前に居た男がフッと消え、城には再び静寂が訪れた。かに思えたが、王座の方から淡いオレンジの光が放たれる。光の中から現れたのは、ナパージャの教会で少年に血の入った小瓶を渡した天使、ウリエルだった。やがてその光が弱まると、光を右手に乗せて握り締めた。すると、光は指に遮られてやがて消える。
ウリエルがラファエルの右後ろに立つ。ラファエルは振り向く事なくただ前方を睨んでいた。
「ラファエル、神の器の周辺が面白い事になっているらしいですね。この状況、貴方はどうするのですか?」
「どうもこうも無い。わかっているだろう?ウリエル」
するとウリエルは、ふふふと艶っぽい笑みを浮かべて自分の唇を人差し指で触れる。
「そうですね。まあ、先ほどの話は全て聞いていましたし、異論は何もありません。基本的に私は貴方に従いますしね。『創造神こそが唯一神。偽神は全て滅ぼす』そうでしょう?」
「そうだ。女神と宣うあの雌豚も、各地に点在している偽神を崇める集落も、全て破壊して信仰を絶たせてやる」
「お口が悪いですよ」
ウリエルは笑みを崩さずに不気味に笑い続けるのだった。
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柔らかなベッドに身体を沈ませて眠る藤也。相変わらず全身は激痛に支配されており、痛みが不快を呼んでくる。
ふと、目が覚める。時刻は何時くらいだろうか?春の夜の冷え込んだ空気が顔を包む。不意に尿意を感じ、だるい身体を無理矢理起こして杖を突きながら部屋を出る。目指す場所は厠。すぐそこにある筈なのに、毎回数百メートル先にあると錯覚するくらい時間がかかる。やっとの思いで到達した頃には、尿意も限界に迫ってきていた。
「痛た…」
ヒビの入った右手をぎこちなく動かしてズボンをずり下ろし、便座に静かに腰を下ろす。尿をしている間のこの時間、ちょっとした考え事くらいなら容易にできるだろう。
「ここに来てまだ数日、傷はまだまだ痛いし動きすぎたら開いちゃう。治ったとしても傷痕が残るんだろうなぁ。神経とかやられて無かったら良いけど…刀、触れるかな」
藤也の呟きが暗い暗い空に溶ける。
全て出し切り、ズボンを頑張って腰の位置までずり上げる。ほぅっと息を吐くと、微かに白さが残っていた。
いざ、外に出ようとドアノブに手をかけた時、背後、トイレの裏手の方から何かの気配を感じた。
(何者だ…?恐らく外。泥棒の可能性もあるが人数は一人。背丈は…俺よりも低い…子供か?)
警戒心を高めながら気配を消すと、その何者かは家の壁をコツンと一つ叩いた。
『もし、異国からいらした勇者様。私は悪者ではありませんよ』
凛とした女性的な声が小さく響く。藤也はドキりとして一歩後退る。
『あ、危ないですよ。』
そう囁きが聞こえるのと同時に、足がよろめいて体勢を崩してしまった。
(まずい…受け身を取れない!)
床に身体を強打する事を覚悟したが、その衝撃は訪れなかった。ふわりと優しい香りがするかと思えば、藤也の身体を優しく支えてくれた人が居た。
「あ…ありがとう…っ!?」
感謝の言葉を述べる途中に藤也は気がついた。今まで後ろには誰の気配も無かった。今、目の前に居る人物は、先程まで外に居た何者かの気配と一緒だった。
動こうにも怪我の所為で動くことができない。雲は流れ、月光が格子のついた窓から差し込む。光に照らされて露わになるその顔は、優しい笑みを湛えた妖艶な女性のものだった。
「大丈夫ですかぁ?」
その女性は口端を僅かに持ち上げながら目を細める。
藤也はまたドキりとして唇を震わせる。
「あっ…あの…俺は…僕は大丈夫ですから…」
思わず上ずる声。恥ずかしいからか、嫌われたく無いからか、目を合わせずに顔を横に逸らしてそう言う。
「うふふ…可愛いですなぁ。勇者さん…」
僅かに見えた八重歯が嫌になる程妖艶で、藤也はうっとりと頬を赤らめたのだった。
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