六十四話 捜索隊結成
ぶすっとした表情を変えずに佇むテティスの元に長老がやってきた。
「…この落とし前はどう付ける。今回はあの方の気まぐれで助かったが、恐らく次は無いだろう。お前が拾った人間、あれは我々に災いをもたらす存在だ。殺せとは言わないが、捨てるなりしてこい」
テティスは長老を睨みつけると、腕を組んで見下ろす。
「何故捨てなければならない。害など無い怪我人だ」
「例え怪我人だろうとあの方は許さない。あの方に刻まれた悍ましい傷の数々。あれは人間によってつけられたものだ」
「そうか。だが、アイツじゃない。俺が拾ってきた奴はなんの被害も及ぼしていない」
テティスは怒気を込めた声で反論して食い下がる。長老は渋い顔をしていたが、ため息を一度吐いて表情を少し和らげる。
「確かに自分が拾ってきた手間、責任を感じているのだろう。あの子は何もしていない。それはワシもわかっとる。でもな、ワシらよりもよっぽど強大な者がそれを許さんのじゃ。やかっとくれ」
しかし、テティスは未だに睨みを効かせた不機嫌な表情である。組んだ腕を解き腰に手を置いて首を振る。
「でもどうしろってんだ。あんなのと交渉しろとでも言うのか?」
「あんなのとか言うんじゃない!…まったく、交渉など下手したらここら一帯が滅ぶわ。ハァ、この村から東に大きな滝がある。その滝の裏に小さな洞窟があるんだ。そこらには強大な生物は何故か寄り付かん」
「成る程!それなら匂いも届かない!」
やっと表情を崩して笑みを浮かべるテティスに長老はうんうんと頷く。だが、その後にまた真剣な表情になる。
「ただ、問題もある。あの子を匿っている間、お前さんはあの方の寵愛を授かることができない。それ即ち、お前は一時的に村の一員では無くなると言うことだ」
「そんなもん。問題無い。寵愛とか言ってるが、ただ降りてきて火の粉飛ばしてるだけじゃねえか」
「お前なんてことを!やっぱりあの子を捨ててこい!」
「アホか。んなことするわけねえだろクソジジイ」
「このッ!」
踵を返して出口に向かうテティスの背後で長老が大声で怒鳴りまくる。テティスはそれを無視して鼻歌を歌いながら上機嫌で神殿を後にした。
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ベッドで死んだ様に眠る女神。目覚めの時は奇しくも、遠く離れた弟子が目覚めるのとほぼ同時であった。
吸い込まれる様な青い瞳の奥には仄かな朱が燻っている。それは、霊華自身の残り少ない生命力を表しているかの様だった。
「ん…ふぅ…」
霊華は起き上がると伸びをしてから手を開いては閉じるを繰り返して身体の調子を確かめる。しかし、どうも本調子でないのか、渋い顔をしてため息を吐いた。ベッド脇の机に置いてあった自分のバッグを手に取り、中身をガサガサと漁る。
「良かった…あった」
取り出したのは遥か昔に使っていた愛刀。いつかの戦いで刃が折れているので、かつての仲間の墓標としていたのだ。なんとなく鯉口を切ってスゥッと刃を露出させてゆく。ある一定の所で霊華の手が止まる。しきりに目を擦り、驚いた表情で固まる。
「刀が…生き返った…?」
震える唇から漏れ出た言葉は、鋼に吸い込まれた。ハバキから三十センチ程の所から折れたはずの刀。しかし、今露出している長さはそれを軽く超えている。震えを抑えてゆっくり抜刀すると、傷一つ無い緋色の刃が光を反射して輝いている。
「ハ…ハハッ!やってくれるじゃねえか!お前ら!!」
霊華はある物を見つけて笑みを浮かべる。刀を分解して現れる茎、そこに刻まれた『利刀・春風』の他にもう一つ言葉が刻まれていた。
『友、ここに眠る』
友とは、昔に共に戦った仲間の事である。まさかのサプライズに思わず目頭が熱くなる。
「ありがとう。二人共。これで俺はまだ戦える」
霊華は僅かに歯を見せて笑い、目を細めてから睨みを効かせる様に眉の辺りに力を入れる。心に固く覚悟を決めた彼は、どこか晴れやかな雰囲気で部屋を出た。
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藤也が消え、霊華が目覚めなくなって数日が経ち、アンやカーター達の気分は深く落ち込んでいた。
「あ〜…ダメだ。俺、依頼とってくるわ」
「いってらっしゃーい」
カーターが気怠げに立ち上がり、キャシーがこれまた気怠げに手を振ってカーターを送る。扉の方へ向かうカーター。扉に手を掛けようとした時、そのドアノブが向こう側から捻られた。
「ん?」
次の瞬間、扉が勢いよく開け放たれてカーターは顔面を強打する。
「お前ら藤也はどこだ!邪神教を潰す!」
扉を開け放った格好で声高らかに宣言するのは眠っていた筈の霊華であった。
「痛ってぇ〜…って!アンタは!」
「お兄ちゃん…っ!」
部屋に居た皆がまるで、蘇った死人を見るかの様な強烈な驚きの表情を浮かべた。それを見た霊華は少しぽかんとした後、最高の笑顔でサムズアップをした。
「よかったぁーっ!」
「あ〜っ!安心したわぁー!」
アンは喜び霊華に抱きつく。ガットはヘロヘロと脱力をして地べたに座り込んだ。
「はは、そんなに心配だったか」
「そりゃそうよ!」
「ふふ…でも今、良いことを思いついたんだ。アン、藤也は居るか?」
霊華がそう聞くと、急に部屋の空気が重くなった。皆目を逸らしたり下を向いたりして目が合わない。霊華は何かがあったと考え顔を引き締めた。
「何かあったな」
「うん。お兄ちゃんが敵を倒した後、お兄ちゃんと藤也を教会に運んだの。お兄ちゃんは大きな外傷は無かったけど、藤也は酷かった。鳩尾に大きな痣があるし、肩は割れて肺が裂けるし、どうしようもないくらいに。それで教会で治療中、藤也の痣が身体中に広がって藤也が暴れ出した。みんな取り押さえようとしたけど無理で、痣に飲み込まれたと思ったらどこかに消えちゃった…」
「……」
アンが霊華の様子を伺う。腕を組んで俯いたままで、地蔵の様に動かなかない。
「それは、まだ生きている。と言うことだな?」
その問いに対してアンはコクリと頷く。霊華はそれを確認すると急に立ち上がり、鬼の様な形相で部屋を飛び出す。
「ねぇ!お兄ちゃんどこ行くの!?」
「ついて来い!今から教会信者全て集める!藤也を捜索する!」
そうして、教会内の人間全てを礼拝堂に集めた霊華は彼らの前に出る。目を瞑り、静止する霊華に聴衆は何か異質な雰囲気を感じ取ったのか動揺してざわめく。
ゆっくりと開かれる瞳。そして、肺いっぱいに息を吸う。
「皆さん!よく集まってくださいました!ご存じの方もいるかもしれませんが、私は現人であり神である、女神であります!この度集まっていただいたのは、皆さんに頼みたい事があるからです!」
そして、霊華は少し浅い呼吸した後、また大きく息を吸う。
「私の弟子である刀の勇者、桐崎藤也がこの世界のどこかに消えてしまいました!現人神である私でも、力不足で世界全てを探す事はできません!なので、私は皆さんに力を貸して貰いたいのです!教会内の信者の皆さん!いえ、この世界の信者の皆さん!協力して私の弟子を探しましょう!!」
霊華の熱の入った演説は礼拝堂を幾度も反響し、次第に空気に滲んで消えてゆく。耳が痛くなる様な静寂に包まれた教会内で誰かが唾を飲み込んだ。
「……」
ダメかと霊華が少し俯いた時、どこからか声が聞こえた。
「私!手伝います!」
ハッとして顔を上げる。すると、人々が一点に振り返っているのが見える。その中心には、必死に手を挙げて振っている一人の男性、この街で最初に出会った信者のパグラスだった。
そして、彼に続いてチラホラと手が上がり始めた。
『俺もやる!』
『私も信者としてやる!』
『ここで動かなかったら信者の名折れ!』
『拠り所を作ってくれた女神様の頼みは断れない!』
聴衆から頼もしい声が多数あがり、ついにほぼ全ての人が手を挙げたのだった。それに伴って霊華の口角が上がり、最高の笑顔を咲かせる。
「皆さん!ありがとうございます!本当に!私は幸せ者だ!」
その日、藤也捜索隊が発足した。隊員は大陸のほぼ全ての教会関係者。大国の国民を超える程の人々が一人の勇者を探すべく踏み出した。
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