六十話 邪神降臨
片腕を破壊された大男が少年に背後から襲いかかる。その鬼気迫る表情には、ナレスとネールナルも圧倒されるほどの憤怒と憎悪が籠っていた。
ハッとした二人は、ほぼ同時に少年に向かって叫ぶ。
「少年!後ろ!」
「さっきの男が!」
少年は気がつき、驚きながら振り返る。ナレスは、少年が振り返る途中の口が三日月に裂けるのを見逃さなかった。
「騙したなぁ!!」
ナレスは弾かれたかの様に瞬間的に地面を蹴ると、風魔法で空気を圧縮させて少年に掌底ごとそれを喰らわせる。圧縮された空気は少年に触れたのを合図にその身を膨張させ、強い衝撃波を発生させた。衝撃波で少年をぶっ飛ばした事により、何とか破壊行為を防いだ。
家屋の壁にぶつかり、壁には無数の亀裂が走る。相当な衝撃だったのか、ぶつかった部分には穴が空いている。少年は家屋に突っ込んだようだ。
「警戒しろ!彼は邪神に乗っ取られている!」
ネールナルはナレスと、それに加えて二人の大男の冒険者にもそう伝える。大男達は何のことかわからずにキョトンとしていたが、次の瞬間に理解することとなった。
土煙の向こうから放たれる、純粋に限りなく近い極限の悪意。殺気や魔力なんて生優しいものでは無いソレは付近の生命体全てを標的にする。
「な…なんなんだよこれ…!?」
「知らねえぞこんなの…!」
二人はデカい図体を縮こませ、みるみるうちに顔から血の気が引いてゆく。ナレスがふと横目で見物人を見ると、沢山の人が気絶したり失禁していた。それも、前列に居た者だけで無く、その後ろ何列にも渡っていた。かく言う本人も、今にも膝から崩れて嘔吐してしまいたいほど喉がキリキリと締め付けられ、呼吸が困難になっている。
『神を吹き飛ばすとはどう言う要件だ?』
邪神の口から吐き出される、ナレスに向けた台詞。それにより、ナレスの全身から一斉に汗が吹き出した。震え出した身体は言うことが聞かず、足が無意識に崩れてしまった。
「っ!ナレスさん!クソっ!」
ネールナルはナレスを心配する言葉をわざとかの様に大声で叫ぶ。それは、自分を鼓舞しているかのようにも見える。土煙の合間合間から邪神に乗っ取られた少年の顔が見える。酷く邪悪で恐ろしい表情が。
「邪神!貴様またも少年の身体を奪って悪事をするか!」
ネールナルは邪神を指差してそう言い放った。しかし、邪神はソレを無視して顎を摩っている。
『お前…前にも見たことがあるぞ?』
邪神は少し記憶を探り、思い出したのかわざとらしい表情で片眉を持ち上げた。
『お前、女神との一戦の時に居たあの騎士だろ?落ちぶれたって魂は同じだ』
「っ!!それがどうした!」
『それ自体はどうもしない。所詮はそこら辺に落ちている有象無象と同じだからな』
「貴様っ!!」
邪神の罵倒にネールナルはいとも容易く怒りを露わにし、剣に手をかける。
「待てっ!ネールナルとか言ったか?それはやっちゃいけねえ!」
そんなネールナルを片腕を破壊された大男が止める。
「この一生かけても俺はこんな悪意を浴びたことは無え!手を出せば無事じゃ済まないぞ!」
「それでも!王国騎士直属騎士たる私を有象無象と嗤う奴が許せない!少年の身体を乗っ取り、人を殺しまくったのもそうだ!」
ネールナルは震える声でそう捲し立てる。冒険者の二人はソレを緊張の面持ちで聞いていた。いつ彼がこの恐ろしい奴に突貫するかわからないからだ。
すると、それを半ば遮る形で邪神が口を挟んだ。
『あの大量殺人は少年自身の意思だ』
唐突に明かされた真実に、ネールナルは目を見開く。
「そ、そんな筈は無い…!」
『お前は、私が女神と相見える直前に起きた殺人について言っているのだろう?あれは少年自身の意思だ。私は強大な力というもので背を押しただけに過ぎない』
邪神は、ネールナルを嘲笑うかの様に口を三日月に吊り上げて笑う。ネールナルはワナワナと震え、とうとう、邪神に向かって走り出した。
「やめろ!」
「行くな!」
大男が二人して止めに入る。しかし、ネールナルは手をするりと抜けて肉薄する。剣に手をかけ、居合の様に引き抜く。
「うおぉぉぉぉっ!!」
逆袈裟の軌道を描く剣だったが、邪神を捉えることは無く空を斬る。どうやら空間を破壊して僅かに後ろに下がったのだろう。だが、ネールナルは止まらない。
「『風氷魔法・エンチャントアイス・ウィンドラーミナ』!!」
剣に冷気を纏い、強化する。そして、何度も何度も切りつけ、それに伴って辺りに冷気が漂う。数メートル先しか見えなくなるほどの濃さになった時、突然ネールナルが邪神から距離を取った。
剣を立て、剣身に僅かに触れる。目をそっと閉じると、ネールナルの周りの冷気が渦を巻く。
「吹き荒ぶ北風、凍える大地、荘厳なる氷瀑、突き刺さる氷柱。冬を迎えるその日まで、我は力を蓄えよう。」
詠唱を進めるにつれて渦がより濃くなり、反対に周りの冷気が薄くなって行く。
「命を喰らい、血肉を喰らい、この世の全てを喰らい、厳しい冬を出迎える。」
ネールナルの周りの渦すら消えた時、ネールナルの身体に霜が降りる。
「『氷魔法・秘技・氷裏威ッ戴』」
その魔法は凄腕の氷魔法の使用者でも知らない特殊な魔法。冷気を身体の周囲に凝縮し、絶対零度付近まで下げる。そして、それを利用して攻撃や防御に転じるものである。
「貴様はここで止めねば、世界が危うい!!」
初速からトップスピードを出し、邪神との距離を数歩で縮める。中段から素早く剣を上段に移行して斬り下ろす。邪神は剣を破壊しようと手を伸ばすが、何を思ったのかすぐに手を引っこめて後退った。ただ、あまりに動作がありすぎたのか、皮一枚程度切られてしまった。
『っ!?』
邪神が違和感に気がついて切り傷を見ると、切り傷から徐々に凍っていた。その速度は遅くとも、確実に身体を浸蝕されている。
「その氷はお前を包み込むまで止まらない。堪忍して少年の身体から出ていけ」
ネールナルは納刀しながらそう言った。邪神は傷口に触れたまま俯いている。なかなか少年の身体から出て行かないことに苛ついたのか、ネールナルは睨みをきかせてもう一度言い放った。
「さっさとしろ!でなければ一瞬にして殺すぞ!」
手に魔力を込め、氷の矢尻を複数創りだす。それでも動かない邪神にネールナルは堪らず氷の矢尻を飛ばそうとした瞬間、邪神の身体を蝕んでいた氷がまるで雲母のようにボロボロと剥がれて消えた。それどころか傷口すらも剥がれ落ち、傷一つない綺麗な元の状態に戻った。
「っ!?貴様何をし」
ネールナルがそう言いきる前に、ネールナルの眼前に邪神が瞬間移動し、手のひらでそっと頭に触れた。すると次の瞬間、ネールナルの頭が盛大に吹き飛ぶ。頭蓋という蓋から解き放たれた血液は噴水の様に吹き出し、雨の様に辺りに降り注ぐ。血の雨の中で嗤う邪神の姿はまるで、お伽話に出てくる悪魔の様だった。
『大人しく破壊されろ人間共。さもなくば、絶対的な恐怖の後に殺してやろう』
頬を伝って垂れてきた血液を舐め、見下す様にそう言い放った。
「そんな…」
恐怖に屈して足に力の入らないナレスは、がっくりと項垂れながら零す。絶望したからか、恐怖からか、涙が溢れて止まらない。
そんなナレスに影が落ちる。ビクッと肩を震わせたナレスだったが、一向に痛みがこないことを疑問に思い顔を上げた。視界に入ってきたのは二人の大男。片方の大男は腕を失いながらも、肘を曲げて戦斧を挟んで構えている。
「人間だなんだと言ってるが」
「俺たちには名前があるんだ」
「大楯大剣戦斧すら」
「かるがる振り回すその膂力」
そう言いながら大剣を掲げ、地面に突き刺す。
「我こそは!A級冒険者、動く砦ことジャック・ビック!」
次に片腕の男が戦斧を振り回して肩に担ぐ。
「我こそは!A級冒険者、人間伐採ことポート・ビック!」
「「二人合わせて!ジャックポット義兄弟だ!」
二人の大男が今、邪神の前に立ち阻まる。
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