五十六話 女神の再臨
まるで魂が抜けるかのように肩から吹き出す鮮血は、藤也の身体から力を奪っていった。
(反応できなかった…っ!)
相手が動く瞬間すら見えず、理解できぬまま切られてしまった事に戦慄を覚える。それは、霊華の素早い攻撃に慣れて、それなりに自信がついていた藤也とって屈辱的なことでもあった。
身体を大きく揺らし、痛みを超えて熱さすら感じる肩を抑える。その直後、相手を睨む鋭い目つきがフッと緩んで地に倒れ伏した。
「呆気無い。つまらん」
男は藤也を一瞥し、すぐにどこかに行こうと足に力を込めた。しかし、地面が急に棘となり襲いかかってきたことにより、それを邪魔された。すぐに回避し、魔力の源を探る。正体は意外にも簡単に見つかった。ギルドの壁に開いた穴から、涙を流しながら手を突き出し魔力を放つ少女、アンの姿があったからである。
「お兄ちゃんと藤也の仇…私がとる!」
「仇なすのなら神の名の下に」
アンは弾かれたかの様に駆け出した。目の前の敵は強い。一緒に居た藤也が呆気なくやられてしまったのには驚いた。が、それ以上に憎しみが上回った。
「地面操作魔法・大地の石槍!」
アンはまた地面を棘の様に隆起させる魔法を放つ。だが、不意を突いてすら当たらなかった魔法が通用するハズも無く、男の姿は無かった。そして、男が消えたのとほぼ同時にアンの方から鈍い破壊音が響く。
「くっ!!」
アンの周りに創られた土壁を手刀で砕く男。攻撃を避けながら肉薄し、攻撃までしたのである。手刀が防がれたとわかると、すぐに次の行動に転じた。右手刀で身体を捻ったのを利用し、左手で正拳突きを放つ。その威力は誇張無く岩をも砕き、土壁の後ろに居たアンまでもが吹き飛ばされてしまった。
「ちょっとは頭を使える様だが、それも当てずっぽう。所詮はその程度か」
男は興味が無くなったのか、すぐに止めを刺そうとアンに近づく。
「弱者を見下ろして何が楽しいの!宗教なら、神なら、私達弱者を守るのが常識でしょ!」
アンは声を荒らげてそう叫ぶが、本人には響いておらず、壊れた玩具を完全に砕くかの様に拳を振り下ろした。
「っ!!」
アンは目を瞑って頭を手で守る。痛みを覚悟して下唇を噛むが、その痛みは一向に来ることは無かった。代わりに、頭のすぐそばで大きく、くぐもった音が鳴った。
恐る恐る目を開けてみるとそこには、男の拳を掴んだ霊華の姿があった。
「俺の弟子をよくもやってくれたな。覚悟できてんだろうな?」
胸を穿たれ、死すら覚悟していたのだが、目の前にピンピンしている本人が居る。その事実に思わず涙が溢れる。
「お兄ぃーちゃぁん!!」
感動のあまり、その場の空気に場違いな幼い声を発するアン。ただ、霊華の見た目が若干変化しており、左眼から蒼い炎が出ている。少女の見た目も、やや成長している様に見えた。
男は興味深々で無邪気な笑みを浮かべる。
「神の名の下に」
「へ、口ではそう言うが、実際は楽しんでんだろ?坊や」
二人の視線の間の空間が歪むのを幻視する程熱烈で殺気だっていた。
刹那、男が動いたと思ったら、アンの顔の真横にある壁が砕ける。
「ひっ!?」
アンの小さな悲鳴を合図に、今度は霊華が動く。自然な動作で行われた抜刀は動いたことすら察知されない程で、男の首を捉える。しかし、男の異常な速度が刀の動きを捉えた瞬間に発揮された為、致命傷は避けられた。だが、刀が首元を擦り、喉から血が吹き出す。
男は痛みに反応せず、平然と首から溢れる血を観察している。
「な゛がな゛がや゛る゛な゛」
発する言葉が濁る。どうやら、首から溢れた血が喉で絡まっているようだ。男はニィッと笑うと、姿をブレさせる。
「っ!!」
アンがそれを察して身体をこわばらせた瞬間、自分の周りの壁が砕け散った。
「おいおい。俺だけを狙えよ」
霊華はそう言いながら駆け出し、袈裟斬りの軌道で刀を振るう。男はそれを半身になって躱し、拳に黒い魔力を込めて殴るが、刀で逸らしてから反撃する。真横に薙いだ一閃は、男の腹部をばっくりと切り裂いた。
だが、今度も痛みを感じないのか、傷口に手を触れてからすぐに次の構えを取った。
(なんだコイツ…痛みが無えのか?血は出てるから傷が治った訳でも無えし…)
傷口に対して不気味な程に無反応な男が気になるが、それは後回しにして攻撃をいなす事に集中する。電光石火の様な速さで肉薄してきた男の蹴りをバックステップで避け、つかず離れずの距離を保ちながら少しずつ切りつけてゆく。
目の前で苛烈な攻防が繰り広げられるのを見ていたアンは、ある違和感を感じていた。
(お兄ちゃんがなぜか炎を使って無い…?目の所にある炎は別として、いつも攻撃に使っているあの赤い炎を一瞬たりとも使って無い。それと、動きがやけに小さくて的確…)
その要因がはっきりとわからずに首を捻っていたところ、ふと、何かを忘れている様に感じた。そして、それを思い出した瞬間、みるみるうちに真っ青な顔になる。
「藤也!生きてる?」
藤也の元に行き、肩に手を触れる。
(まだ温かい…不規則に血が吹き出てるのはマズイ!)
すぐさま砂を生み出し、操作する。傷口を塞ぎ、圧迫。それと同時に、塊の砂に穴を開けて擬似の血管を作り出す。
(片方の肺が潰れてるけど、もう片方は生きてる。心臓も無事だから、後は出血に気をつければ良いけど…っ!太い血管が幾つも損傷してる。血が足りない!)
アンがあたふたしていると、視界の端から藤也の肩に向かって手が伸びてきた。手が伸びてきた方を向くとそこには、見覚えのある人物が居た。
「…っ!!マオさん!!」
「やっほーっ!頑張ったね。後はお姉さんに任せなさい!母よ。地よ。傷ついた心身を、どうか癒してください。自然治癒魔法・母なる大地の恵み」
マオが両手を翳してそう唱えると、地面から植物が生えて藤也を包み込む。そして、傷口の周りから芽が生える。
それを見てギョッとしているアンを落ち着かせる為に、マオは魔法の説明をする。
「これは特別な植物で回復力を高める魔法なの。植物の根は、魔力を全身に行き渡らせると同時に、傷口の縫合もしてくれる。ほら、砂の魔法は解いても大丈夫」
マオに諭され、恐る恐る魔法を解いてみるアン。砂が無くなったのにも関わらず、血が出ていないと言うことはマオの魔法が効いたと言う事だろう。
「っ!よかったぁ…」
「よかったねぇ」
アンが安心して脱力すると、マオが優しい口調でそう言う。取り敢えず死ぬ心配は無いかな?とアンが考えていると、背後から大きな気配を感じた。
「っ!?」
警戒して振り向くとそこには、険しい顔をして仁王立ちをしているキャシーとブランが居た。
「ちょっとマオ!何してんの!?ここで私達が手を出すと、邪神教の奴らに狙われちゃうのよ!」
「そうです。マオさん。チームの事も考えてください」
二人がそう言った途端、マオの形相が険しく恐ろしいものになる。
「そうやって、我が身可愛さで死にそうな友達を見捨てるの?霊華さんがやられた時だって、助かるとわかってたから見て見ぬフリをしてたけど、それでも心苦しかったの。なのに今度は藤也君が致命傷を負って死にそうな状況。助けるなって言う方が難しいよ!友達が生きているのならば、例え私が狙われても良い。それよりも、死んでしまった方が悲しいもの。先のことをあれこれ考えるのも良いけど、大事なのは今なの。私は今を見るわ」
そう捲し立てたマオの覚悟に、キャシーとブランの二人は難しい顔をして黙り込んだ。するとそこに、カーターとガットもやってきた。
「俺も色々考えたが、今のを聞いて確信した。マオの考え方が一番自分で納得できる。このチームのリーダーとして、愚策であろうとも、俺は友を助けたい」
「そうだな。命が無くちゃなんにも楽しめねえし。命を狙われたとしてもそんときゃ反撃すりゃ良い。俺たちは一流の冒険者チームだ。神にすがる素人なんかちょちょいのちょいだぜ」
三人の主張を聞いたキャシーは、気まずそうにしながら藤也を一瞥し、暫し考え込んだ。ブランは、リーダーであるカーターの眼をキッと睨みつけ、自分が死んだら貴方のせいですからね。と念を押すような視線を送る。
「わかったわ。私の負けよ。確かに、彼らが死ぬのは悲しい。カーターに着いて行くわ。でも、これのせいで狙われて死ぬなんて言語道断、死んだらアンタを末代まで呪ってやるわ」
「私も同じです。まぁ、死なないように守ってくださいよ?」
二人はそう言いながらカーターやガットの向く方向を向いた。
「よし、お前ら、いつかの借りを返す時だ!少しは消耗させられるだろう!やるぞ!」
「「「「おう!!」」」」
頼もしい仲間が参戦し、それと同時に戦闘は最高潮にまで高まったのだった。
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