五十四話 奇襲
霊華の後ろ姿を見ていた。何も考えずにボンヤリと。ふと、足元に転がっていた埃を摘もうと頭を下げた。その瞬間、藤也の頭を矢が掠めた。そして頭を上げた時には、霊華の背中に矢がぶっ刺さっていた。
霊華の身体がふらりと揺れて血を吐く。更に、バランスを崩して倒れてしまった。
まるで止まっていたように感じた時間は、アンの悲鳴で動き出したのだった、
「お兄ちゃんっ!!おにぃちゃぁぁぁぁん!」
アンがすぐさま駆け寄り、矢を引き抜かずに傷口を砂で塞いで血を止めようとする。矢を引き抜かない事で、それ以上損傷させないのだろう。
その様を、藤也は薄ぼんやりと眺めていた。非現実的な光景。自分よりも遥かに強い、師匠でもある霊華がいとも容易く矢で射抜かれ、光の無い瞳で血を垂れ流している。
「は?」
そこで、やっと声を発する事ができた。困惑しながらも、状況を判断するべく後ろを振り向く。そこには、恍惚な表情で熱心に祈りを捧げる男が居た。膝を突き、天を仰ぐ。足元には、それで射抜いたであろう豪華な装飾が施された弓が落ちていた。
「おい…何祈ってやがる…!お前っ!何舐めたことしてやがるって聞いてんだよ!」
藤也は珍しく声を荒らげ、刀に手を添えながら祈りを捧げる男に詰め寄る。しかし、男は見向きもせずにただ手を組んでいる。それを挑発と捉えたのか、藤也の怒りがより込み上げてくる。
「殺す!師匠の仇だ!」
藤也はとうとう、怒りを抑えきれずに刀の鯉口を切った。
「っ!待って!」
藤也の行動を見ていたギルド職員は、切羽詰まった様に慌てて声を上げ、制止させようとする。だが、藤也の耳には一切入っていなかった。
「死ね!」
腰を落として構えた藤也は綺麗な流れで抜刀し、腰を捻りながら刀を逆袈裟に振り抜いた。男の身体は腰から胸にかけて真っ二つに切り裂かれ、残心する藤也越しに身体が崩れるのが見えた。
「なんてこと…!何をしたかわかってるの!?」
ギルド職員は、刀を握ったまま俯く藤也の胸ぐらを掴む様に怒鳴りつける。
「これじゃ、コイツらの思う壺…」
そう言いかけた瞬間、開けっ放しだったギルドの扉の向こうから、多数の聖職者らしき人々が雪崩れ込んできた。彼らは、男の死体を見るや否や、わざとらしい悲鳴を上げた。
「うわぁぁぁっ!何だこれは!?我らの仲間が惨殺されている!お前か?お前がやったんだな!」
「許せん!穢れなき信者を殺すなど、神の罰が喰らって当然だ!」
「神に代わり、我々が手を下そうではないか!」
そして、藤也を囲んだ聖職者達は、手を伸ばして一斉に魔法詠唱を始めた。
『聖なる焔をもって神敵を燃やし尽くさん。神承魔法・サンクトゥス・ファイアボール!』
『聖なる大地よその片鱗を神へと返したまへ。神承魔法・サンクトゥス・ロックバレット!』
『母なる水よ聖なるその身で神敵を浄化せよ。神承魔法・サンクトゥス・アクアショット!』
『聖なる焔を…』
四方八方に魔法が生み出されるが、藤也はゆっくりと構えをとる。頭上で刀を斜めにし、身体もそれに沿って斜めにする。それは、所謂柳の構えと呼ばれる構えだった。
「構えをとった所で無駄な事!刀を受け取った愚者よ!今ここで死に晒せ!」
その声を合図に、一斉に魔法が放たれた。藤也はすぐに反応し、至近距離からの攻撃を受け流す。左右前後から襲いくる魔法を別方向へ去なし、互いにぶつけて相殺させる。初めは攻撃を喰らわず調子が良かったが、止まらない攻撃にバテ始めたのか、少しずつ攻撃が当たる様になった。
「うおぉぉぉぉっ!!」
藤也は雄叫びを上げながらよりスピードと精度を上げて攻撃を受け流す。
『うっ!』
『ぐわぁ!』
受け流された攻撃は、放った本人へと返ってきた。呻き声や悲鳴を上げて一人また一人と倒れてゆく。
「ええい!小癪なぁ!」
一人の聖職者がそう言い、少し出力の高い石礫を放った。その石礫は、藤也の死角に滑り込む。そして、吸い込まれる様に脇腹にめり込んだ。
「ぐぅっ…!」
小さな呻き声は、魔法の着弾する音によってかき消された。藤也は魔法の雨に見舞われ、土煙へと消えた。
「おい!坊主!!」
偶々居合わせたカーターが、人の合間を縫って見える位置に出て来る。そして、丁度そのタイミングで藤也と目が合ったのだ。土煙の向こうに居る藤也に声をかけるが、返事は返ってこない。
「クソッ!あの野郎共…!」
カーターは斧に手をかけて飛び出そうとするが、後ろから伸びてきた手に引っ張られた。
「痛っつつ…何しやがる!」
カーターが顔を上げると、真っ青な顔をしながら怖い顔をしたキャシーが立っていた。キャシーは唇を噛み、涙を浮かべて首を振った。それは、行ってはいけないと言う意味であった。
「だけど…」
カーターは渋るが、キャシーの後ろに居る仲間を見て苦虫を潰した様な顔になる。眉間に皺を寄せ、天井を見る。
「見捨てろってんのかよ…確かに教会の力は怖えが、俺は…」
しかし、ガットの握る拳から滴る血を見て悟った。全員が堪えているんだと。
「クソっ…たれ…!」
カーターはガックリと肩を落としたのだった。
一方、魔法を喰らった藤也は、土煙の中で痛みを堪えていた。ズキズキと全身が痛み、脇腹には拳大の石が突き刺さっている。
「痛ぇ…でも師匠はもっと痛えんだよなぁ…」
次第に土煙は晴れ、聖職者達の下卑た嘲笑が響く。
『ギャハハっ!威勢だけか?異教徒が!』
『土を浴びて無様だな!』
自分に暴言が浴びせられるが、藤也は耐え忍ぶ。抜刀状態の刀を握る手に力を入れ、いつでも飛びかかれるように。
『あの貧弱な雌豚みたいに矢で貫いやんよ!』
そう言いながら落ちいてる弓を拾い上げて弦を引いた瞬間、その男に藤也が飛びかかった。まるで、その言葉を待っていたかの様に唐突に。
『ひぃっ!』
男は引き攣りながらも弓を放った。しかし、それよりも速く懐に入っていた為に、目標を失った矢は壁に深々と突き刺さった。
藤也はそのまま男の両腕を切り裂き、乱暴に蹴り飛ばす。倒れた男が顔を上げた瞬間、首元に刀が突きつけられた。
「おい。お前、師匠を愚弄したな。女神とも呼ばれる方に対する侮辱。覚悟はできているんだろうな?」
藤也はそう言うと、刀を首にブッ刺した。
「死を持って償え」
血振るいをした藤也は、残りの聖職者達に向き合った。
「来いよカス共。どうせ縋り付く事しかできないんだろ?」
その煽りに反応し、相手が殺気だった。
『神を馬鹿にするか!』
そのうちの一人が右手に炎を創り出し、鬼の様な形相で藤也に肉薄する。藤也は落ち着いた所作で納刀し、ピタリと静止した。
そして、攻撃が到達する直前、藤也の姿が一瞬ブレたかと思えば、攻撃をしてきた男が魔法ごと縦に切り裂かれていた。
「が…あが…」
男は壊れたスピーカーの様な声を漏らしながら崩れ落ちた。
藤也は納刀し、身体を叩いて身なりを整える。息を大きく吸って吐き、次の挑戦者を待った。しかし、挑戦者はなかなか現れない。初めはあれだけ死を恐れなかった彼らだが、幾人もが死にゆくのを目にし、捨て身の攻撃をすることを躊躇ってしまったのだ。
「来ないのか?」
藤也がそう言っても、誰一人出てこなかった。
「ハァ…」
ため息を吐いて踵を返した瞬間、背後から鋭い殺気を感じすぐさま刀を抜き、振るった。
カランと乾いた音を立てて弓矢が落ちる。弓矢から視線を外し顔を上げると、集団の前に出て来た一人の聖職者と目があった。
「お前は…いや、貴方は!!」
その懐かしい顔に、藤也は思わず声が震えた。それは、懐かしさだけが原因では無かったが。
「お久しぶりです。勇者様。女神様とはお会いできた様ですね」
その人物は、優しく微笑んだ口元と糸目のあの神官長であった。戸惑いを隠せない藤也は、狼狽えて後ろに下がる。すると、何かにぶつかってしまった。壁とは思えない衝撃に、恐る恐る振り向くと、自分よりも数十センチ背が高い、ブラウンのローブを被った大きくて細身の男性が見下ろしていた。その瞳は、やけに真っ赤に輝いていた。
「……」
一切言葉を口にしない男が放つ圧は、藤也だけで無くギルドに居る全員を戦慄させた。
藤也が睨み合っていると、神官長が手を二回鳴らした。
「はい、注目。ここでは少々やり辛いでしょう。さ、外に出ましょう」
そう言うと、藤也に向かって歩き出した。藤也が警戒していると、藤也の目の前に手を突き出した。
「?」
何も起こらず首を傾げた瞬間、神官長の手から邪悪な魔力が放たれ、藤也は壁を突き破って外にぶっ飛ばされた。
バラバラと木片が音を立てて落ちる。神官長はその穴から外に出て、埃を払った。
「さぁ。処刑を始めます。卑しき女神の手先に創造神の裁きを」
そう宣言した神官長の手には、紫色に輝く光の剣が握られていたのだった。
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