五十話 修行再開
小鳥のさえずりで目が覚める。この世界の鳥のやけに響く鳴き声を忌々しく思いながら、ボヤける頭で外に水を汲みに行った。
外に出ると、空気は冷えているが幾分かマシになっており、春の麗かな日差しを予感させる。
井戸にあるバケツを落とし、縄を手繰って水を汲む。中の水は澄んでいるが、何が潜んでいるかわからないのでひとまず飲料水にはせずに部屋に持ち帰る。
「師匠、起きてますか?」
バケツを置いてからそう言う。だが、返事は無く、眠りを邪魔されたアンの不機嫌な唸り声が聞こえるだけだった。不安に思い、霊華の寝ていたベッドを捲る。そこには誰も居なかった。
「っ!!」
背筋に寒気が走る。激しい不安感に襲われながらも、取り敢えずアンを起こしてみる。
「おい!起きろ!」
「ん…うぅん?」
寝ぼけ眼を擦りながら怠そうに身体を起こすアン。構わずに掛け布団を引っ剥がす。
「うわっ!寒ぅっ!」
ぬくぬくの温かい空気から一転、凍える空気がアンを包み込む。アンはあからさまに不機嫌になりながら藤也を睨んだ。
「何すんの!?寒いじゃんか!」
「そんなのどうでもいい!師匠がどっか行っちゃったんだ!」
藤也が取り乱しながら言うと、アンは馬鹿馬鹿しそうに肩をすくめながら掛け布団に手を伸ばす。
「お兄ちゃんにもプライベートがあるんだから、そう不安にならないでよ。そのうち戻ってくるさ」
そう言ったっきり、スースーと寝息を立てるアンを少し腹立たしく思いながら、自分のベッドに倒れ込む。
何も考えずに木目を眺めて時間を潰す。どれくらい経ったか、太陽の光が少し動いたのがわかった。そのくらい時間が経った時、急に身体が固まった。遠くから感じる強烈な殺気。それも一つでは無く、複数の殺気に背筋が粟立つ。
(動いたら…死ぬ…っ!)
死を感じながらも、勇気を振り絞って弾かれる様にベッドから起き上がった。辺りの様子を確認するが、特に何も無い。殺気は別の誰かに向けられたものらしかった。
「藤也!この殺気…!」
アンも感じたのか、真っ青な顔で警戒をしている。
「この感じ、多分師匠の殺気も混ざってる。取り敢えず、俺等に向けられたものでは無いから外に出て確認してこよう」
「そ、そうだね」
そう言って刀に手を伸ばすが、外に出る勇気は一向に出てこなかった。外がどんどんと明るくなって、空気がぬるむのを感じる。やっと殺気が収まった頃、二人は大慌てで外に出た。
殺気がした方を見ると、霊華がゆっくりと歩いて向かってくるでは無いか。
「師匠!」
「お兄ちゃん!」
二人は霊華の元に駆け寄ると、一斉に質問を浴びせた。
「何があったんですか!?相手は?敵は?」
「大丈夫?怪我は?痛く無い?本当に?」
すると、霊華は耳を抑えながら眉間に皺を寄せる。
「姦しい。質問は一つずつにしろ。聞き取れないだろ?」
「ですが…」
「わかる。不安な気持ちもよくわかる。なに、ちょっと小競り合いをしただけで、どっちにも怪我は無いよ」
霊華がそう言うと、二人は気が抜けた様にヘタリと座り込む。
「「よかったぁ」」
まるで口裏を合わせたかのようなハモリに、霊華は思わず吹き出した。それを見た二人は急に怒り始めた。
「何笑ってるんですか!心配したんですよ!」
「街中であんな殺気を飛ばすなんて、馬鹿じゃないの!?」
喜怒哀楽の激しい二人を鬱陶しく思いながら、二人を宥めて宿に戻った。
霊華は、部屋に備え付けられている椅子に座って足を組む。藤也とアンの二人は、ベッドに座る。まだ一日が始まったばかりだと言うのに、ドッと疲れた気分になった。
「そうだ…」
霊華はそう言って話を切り出す。
「この頃、旅の移動ばかりで修練できてなかったな。今日からまた再開しよう」
霊華は刀を持って立ち上がり、出口に向かって歩く。それを見た藤也は慌てて刀を持ち、後についていった。
「今からやるんですね」
小走りで追いつき、横に並んでそう聞く。
「そうだ。宿の裏庭を借りよう」
霊華は横も見ずに答えた。
その時、部屋の方からパタパタと走る足音が聞こえた。
「私も見てていい?」
アンはニコニコしながら霊華にそう聞く。
「いいぞ。なんなら一緒にやってもいいんだぞ?」
霊華が悪戯っぽい笑みでそう言うと、アンは面倒くさそうに顔を晒して藤也の後ろに隠れた。
「遠慮しとくね」
顔をひょっこりと出して蚊の鳴くような声でそう言い、また藤也の後ろに隠れてしまった。
宿の人に話をすると、快く承諾してくれた。裏の井戸がある場所を借りて修練をする。
「一先ず、準備運動も兼ねて筋トレだ。腹筋、背筋、腕立て伏せ、スクワットをそれぞれ二十回それを…そうだな、五セットやろう」
「わかりましたぁっ!」
藤也は元気よく挨拶をして取り組み始めた。
「一、ニ、三…」
この世界に来た時は辛かった筋トレも、今では慣れたものだ。だが、これだけやると流石に息が上がり、筋肉に疲労が溜まる。大の字になって呼吸を整える。十分くらい休んだ後、霊華が次の内容を話す。
「よし、だいぶ早く出来るようになったな。そしたら、この街をぐるっと一周しよう。結構曖昧な所もあるから、俺が先を走る。ついて来い!」
「はい!」
霊華の後について街を走る。この街は山あいにあり、ハッキリした境界線も無いため、霊華を見失わないように一定距離。保って走った。標高千メートル以上はあるため、気のせいか平地よりも息が上がりやすい。
普段は走らないアンも、今日は藤也の隣を走っている。砂鯨の子供だからか、長距離を走るのは得意のようだった。
「はいお疲れ様」
街を走り終えて、霊華は余裕そうに水を取りに行った。喉が渇いて張り付き呼吸がしにくいのか、藤也はヒューヒュー言いながら呼吸をしていた。
(やっぱり長距離はキツイけど、最初の頃よりかは幾分かマシになったな)
自分の成長を実感し、心の中でガッツポーズをした。
暫くして、霊華は冷えた水を持ってきてくれた。受け取ってすぐにコップを呷る。冷たい水が喉を流れ、ボンヤリとしていた頭がスッキリとした。
「休憩はそのくらいにして、次は素振りだ。ほら、コレを使え」
そう言った霊華は、バックから木刀を二本取り出し、一本を藤也に投げ渡した。
「おっとっと」
それを受け取った藤也はその木刀を腰に差し、ゆっくりと抜刀し正眼に構える。木刀を持ち上げて静止したかと思えば、一気に振り下ろす。木刀は空気を切り、ヒュッ!と言う音を立てる。
「よし、いいぞ。今日は素振りをニ千回はやろうか。ただし、絶対に形は崩すなよ」
そして、霊華の掛け声と共に素振りをし続けた。
「…千九百九十八、千九百九十九、二千。よし、十分間の休憩だ」
素振りが終わった途端、藤也は木刀を投げ捨てて大の字に寝転がる。そんな藤也にアンが声をかける。
「お疲れ様ー。豆とか潰れて無い?包帯あるよ」
そう言われた藤也はすぐに自分の手を確認すると、苦虫を噛み潰したような顔になってからアンに包帯を頼む。
「あちゃー。結構深くいったんじゃない?血が滲んでるよ」
清潔な水で流してから水気を拭き取って包帯を巻く。支障はあまり無いように関節には被さらないようにしてくれた。
「ありがとう」
藤也は感謝を述べる。
「どういたしまして!」
アンは笑って藤也の背中を叩き、立ち上がって離れて行く。気がつけば十分経っており、霊華が手を叩いて知らせる。
「次は実践に近い打ち合いをする。全力でかかって来い」
その指示に従い、藤也は木刀を握りしめて霊華と距離を取って向かい合った。
「いつでも来ていいぞ」
そう言った霊華は左手を軽く木刀に添え、右手はぶらりと下ろした力の込もっていない構え方をする。
(初めて見る構え方…っ!)
見たことの無い構え方に動揺するが、深呼吸をして落ち着きを取り戻す。霊華は新しい構え方を模索しているようで、藤也に動きが無いとわかると、別の構え方に変わった。
今度は納刀状態の刀を眼前で逆手に持つ、座頭市のような構え方になる。
(次も受け身の構え方…コレは誘っているのか?)
藤也がそう思った瞬間、霊華は刀を腰に当てて深く構え、地面を蹴って肉薄して来た。
「うわっ!?」
驚いた藤也は即座に距離を取ろうとしたが、大きな踏み込みで麗華から離れることができない。
(切られる…!)
霊華は刀を逆手に持ちながら抜刀し、そのまま切り上げた。藤也はかろうじて反応し、僅かに抜いた状態でその攻撃を防ぐ。
ホッとしたのも束の間、切り上げられた刀がくるりと反転し、順手で持った木刀が勢いよく振り下ろされた。後ろにのけぞった状態で切り上げを受けたため、体勢が大きく後ろに崩れてしまっている。
頭を襲う衝撃に備えて目を瞑るが、その衝撃は来ず、尻餅を突いて倒れてしまった。恐る恐る目を開けて上を見ると、ギリギリで寸止めされた木刀が眼前にあった。
「勝負ありだな」
そう言った霊華は、木刀をゆっくりと納刀し、尻餅を突いて呆けている藤也に手を差し出した。
「ほら立て!そんなんじゃ魔物すら倒せないぞ」
手をとって立ち上がり、尻に付いた砂をはたき落とす。額を流れる汗を袖で拭い、息を吐く。
「師匠、強すぎますよ」
「そりゃぁ、師匠だもの。強くなけりゃ師匠にゃなれないからな」
藤也の文句に対してもっともな事を言うと、また初めの位置に戻って構えをつくる。
「昼までまだまだ時間はある。ビシバシ行くぞ!」
それから約一時間半、木刀がぶつかり合う音が辺りに響き続けた。
「そろそろいい時間だ。昼飯にしよう。午後はギルドに顔を出すぞ」
一時間半後、過呼吸気味に息をする藤也を見下ろしながら霊華はそう言った。藤也は声にならない声で返事をし、深呼吸を
しようと息を思い切り吸った。
「ゆっくりでいいからな。ほら、水置いとくぞ」
霊華は藤也の頭の横に水筒を置き、必死に呼吸する藤也を心配そうに眺めた。ある程度呼吸が落ち着いてくると、身体を起こして水を飲む。温まった身体を内部から冷えているのがわかり、なんだか面白いと藤也は思った。
「ふー。師匠、先に宿に戻っていてください。手合わせでの改善点を一人で考えてまとめたいので」
「そうか。わかった。早めに来いよ」
霊華はそう言うと、木刀をバックにしまってから宿に戻って行った。アンは置いていかれないようについて行く。一人残された藤也は、自分の手を眺める。そして、ため息を吐いた後にその場に座り込み、暫し思索に耽った。
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