四十八話 別れの挨拶
ただでさえ暗い早朝の空に、鈍色の雲が広がる。今にも雨が降りそうな空の下、ナレスは街を歩いていた。
昨日の夕食時のトラブルの後、少年とナレスの二人は言葉少なく帰路につき、焦燥感にうなされて夜を過ごした。
眠く、重だるい身体を奮い立たせながらとある場所に向かう。そこには相変わらず古びた木の看板が立っており、見た目からしてカビ臭さが漂っている。
木の扉を開けると、薄暗い部屋の中で一人の少女が本を読んでいた。
「また来たのか冒険者」
ブランシュは本から目を離し、ナレスを見てぶっきらぼうにそう言う。そして、また本を読み始めた。ナレスページを捲るブランシュをジッと見つめる。
「今度は何をしに来たんだ?」
今度は顔を上げずにそう言う。ナレスは表情を変えずに答えた。
「今日で街を出ていきます。ただ、その前にこの店に寄りたかったんですよ」
「そうか。人間は随分とせっかちなのだな」
ブランシュは鼻で笑いながらそう言うと、本を仕舞って立ち上がった。カウンターを避けて前に出てくると、カウンターに寄りかかって腕組みをする。口端を持ち上げながら、口を開いた。
「それで?お前は誰なんだ?」
そう言い放つブランシュの自信満々な表情とは裏腹にナレスは眉に皺を寄せて首をかしげた。ブランシュの意図がわからなかったのだ。
すると、ブランシュは顎でナレスの後ろを指す。ナレスが後ろを向くと、そこには昨日出会った少女が立っていた。
「っ!?」
全く気配を察知できなかったことに驚き、腰につけているナイフに手をかざす。
ナレスが警戒心を高めながら睨みつけると、少女は両手を上げながらヘラヘラとした態度で答える。
「二人してそんな目で見るなよ。私はただの旅人、名前は霊華だよ」
その名前を聞いた途端、霊華を見るブランシュが怪しむような表情をする。
「レイカ…お前は女神にでも成ったつもりか?」
すると、霊華は真剣な目つきで自信満々に言い放つ。
「そうだとも。私こそが霊華、女神である」
次の瞬間、ブランシュが凄まじい圧の魔力を放ち始めた。更に、それに対抗するように霊華も殺気を放ちだす。
(この圧…っ!二人とも只者じゃない!)
間に挟まれるような立ち位置のナレスは無意識に膝を曲げ、ひれ伏しそうになる。それを必死に抑え、歯を食いしばって耐える。
「殺気だけは立派だな。女神様よ」
「このサラサラした鉄臭い魔力…お前は吸血鬼か」
二人から放たれ、ぶつかり合う圧はどんどんと高まっていき、止まるところを知らない。
ナレスは、自分が蚊帳の外に追い出された事を悟り、そして苛立ちを覚えた。二人の圧倒的な実力と、無力な自分との差に。
「舐めるのも大概にしなさい!」
ナレスはそう怒鳴りながら立ち上がり、風の魔力を纏って辺りに風を巻き起こす。密度の高い魔力は風を可視化させ、白い旋風が吹き荒れる。
二人は、ナレスに対する認識を大きく変えた。
(この冒険者、なかなか良い魔力を生み出す!?)
(コイツ…量はさほどでも無いが、密度がまるで人のものじゃ無え!)
それに感化されたのか、二人も圧の密度をぶち上げる。拮抗していた三勢力だったが、ナレスが限界に達して足元がフラつき、その場に座り込んでしまった。
「おい、大丈夫か?」
霊華は殺気を抑え、ナレスに手を差し伸べる。気がつけばブランシュも魔力を放つのをやめていた。
「大丈夫です…!」
ナレスは霊華の手を無視し、自力で立ち上がった。全身にびっしりと汗をかき、息を切らしている。
「大丈夫には見えねえが、まあいい。それより、白髪の嬢ちゃんは何者だ?光を克服する吸血鬼など一人しか知らんぞ」
霊華が視線を向けた先には、輝く黄色の朝日を浴びて佇むブランシュがいる。
「ふぅん。女神様でも知らない事があると…」
ブランシュの言い方に霊華はむっとする。それを見たブランシュは嫌味っぽい笑みを浮かべる。
「この世界には三体の太陽を克服した吸血鬼が居た。帝王ドラキュラ、女王ルージュ、そして私ブランシュ。唯一生き残った私が、現段階で吸血鬼のトップだ」
まるで勝ち誇ったかのように胸に手を置き、霊華とナレスを見下すように不敵に笑う。ブランシュの言葉を静かに聞いていた霊華だったが、突然何を思ったのか、コツコツと大袈裟に足音を鳴らしてブランシュに近づく。
横に並ぶと、霊華の方が背が高く、ブランシュを見下ろす形になる。ブランシュは必死に背伸びをするが、頭ひとつ程の差があるようだ。
「へぇ。こんなちんちくりんが吸血鬼のトップねぇ。ルージュとは大違いだ。これが数百年の差かね」
今度は自分の番だと言わんばかりに煽り返す霊華、ナレスは霊華が言ったその言葉に妙な違和感を覚える。
(レイカが言った言葉…まるで女王ルージュと接点があるかのような口ぶり…女神には失った仲間が居た…)
そこまで考えたところでナレスはハッとした。
「もしかして、女神が失ったとされる仲間の一人に、女王ルージュが居たんですか?」
突然横から投げかけられた質問に霊華は一瞬困惑し、すぐに理解して答える。
「正解だ。ルージュは俺の仲間だった」
その答えに、ナレスは頷く。そして、物語を紡ぐように話し始めた。
「あいつは高貴な奴だったその高いプライドは他者を寄せ付けない。この小娘とは違って、その気品だけで人から一目置かれていたんだ」
そう言い終わるか否かのタイミングで、パチンという平手で叩く音が店に響いた。衝撃で顔が横を向いた霊華と、涙目で震えながら固まるブランシュ。
「うるさい!私を馬鹿にするのも大概にしろ!」
ブランシュは息を荒くして霊華に詰め寄る。突然の出来事に頭が真っ白になっている霊華は、ブランシュの言葉は一切頭に入っていなかった。ただ、頬を叩かれた痛みだけが熱を持ってそこにあっただけだった。
数秒経ってやっと我に返り、目の前のブランシュに視線を向けた。ずっと霊華のことを罵っていたブランシュだったが、霊華と目があった瞬間、蛇に睨まれた蛙のように動きが止まる。涙目だった瞳からは、みるみるうちに涙が溢れ、初めの頃の威厳はどこへやら、ただの幼い子供のように泣き出してしまった。
「もう…っ!お前も私を馬鹿にして…っ!」
ブランシュは震える声でそう言うと、霊華の身体をポカポカと殴り始めた。ただ、力は全く込もっておらず、本当に幼女になってしまったのでは無いかと心配になるくらいだった。
霊華は殴り続けるブランシュの拳を手で抑え、しゃがんでブランシュと目線を合わせる。
「な…なんだ…」
「そんなにビクつくな。俺が言い過ぎたよ。悪かった」
霊華はそう言いながら手を差し出す。
「仲直りの握手だ。応じてくれるか?」
すると、ブランシュはおずおずとその手を握り返した。
「私も悪かった。気にしていた事を言われてカッとなってしまった」
ブランシュは不器用な笑顔で笑い、それに釣られて霊華とナレスも表情が緩んだ。
平和的に終わる。その場にいる誰しもがそう思っていた。しかし、そうはならなかった。
霊華はふと、店の外から人が真っ直ぐ近づいて来るのを感じた。
(客か?だが時間も早いし、何より気配が不気味だ…)
すると、その人物は店の壁の前で動きを止めた。何をするのかと思えば、急に目の前の壁に穴が空いた。
「「「っ!?」」」
その穴は人がギリギリ通れるくらいだったが、ソイツは穴の下辺りを執拗に蹴り、穴を地面まで広げた。
穴を潜り、店に入る。逆光で顔が見えない。ポケットに手を突っ込んだまま、こちらに歩いてきた。それにより、やっと顔が見える。
「お前は…!」
「どうして!」
三人の前には、悪魔のような笑みを浮かべた少年が、醜い憎悪を湛えてそこに立っていた。
「おっはようございまーす。女神様とそのお友達のお二方」
その瞬間、ナレスの表情が恐怖と悲しみに染まり、それを見ていた霊華とブランシュにも緊張が走った。
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