四十七話 因縁との対敵
目の前の聖職者らしき人物が言った言葉に耳を疑った。驚き、硬直していると、聖職者らしき男がハッとして頭を下げる。
「すみません!いきなり失礼でした!私は女神教の信徒、パグラスと申します」
「はぁ、これは丁寧にどうも…」
未だ整理がつかない頭で、パグラスの背格好を見る。身長は百六十センチ後半と少し小柄で、白と黒、金色の聖職者らしい服を着ている。サイズが大きいのかダボダボとした着こなしとなっており、頻繁に袖を持ち上げて袖から手を出している。
「あの、遠くから見てビビッと来たんです!貴方があの女神様だと思い、お声かけさせていただきました」
パグラスは大きな声でそう言う為、横を通る人が皆こちらをチラリと見て物珍しそうに過ぎていく。
「伝承に伝えられる女神様は、さぞお美しいお方と聞いています。小川に映る蒼空のような髪色に、どんな願いでも聞き入れてくれるようなピンッと立った耳。そして、絹のような毛並みの尻尾…そんなお方を夢見ていたんです!」
パグラスは、夢見心地でそう語る。霊華は困ったように頭を掻く。
「…どうしたもんかな。君、女神教の信徒だと言ったね。もし、私が本当に女神だとして、君は何を願うんだい?」
そう聞くと、パグラスは慌てて取り繕うように答える。
「そんな、滅相もありません!女神様に願いをこうなど、失礼にも程があります。ただ、そこに居てくれるだけでいいのです。おお、女神様…」
パグラスは急に跪き、両手を合わせて祈り始めた。
「お、おい!やめろ!俺は女神じゃない」
すぐに止めさせようとするが、なかなか止めてくれない。気がつけば興味を持った野次馬達が霊華達の周囲を囲んでいた。
霊華が野次馬達を見上げていると、ふと、何か邪悪な気配を感じた。一瞬見えた屋根の上に、二人の人影が見えた。そして、野次馬に遮られて次に見えた時には、もう誰も居なかった。
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「ハァ、ハァ、ハァ」
風車が回る塔の中で、少年とナレスが荒く息を吐いている。上を見上げれば、壁伝いに螺旋階段が伸びており、その真ん中にある木製の軸がグルグルと回転している。
少年は回る歯車を眺めながら呼吸を整える。
(あのままあそこに居たら…俺は…)
人混みの中心に居た女と目が合い、急に背筋が凍りついた。蛇に睨まれた蛙のように、一瞬全身の筋肉が強張り、動けなくなってしまった。どんな強敵と会った時にも感じられなかった、初めての感覚。
少年は顔を片手で覆い、息を吐いた。息を吐くことで、恐怖感も身体から抜けた気がした。
未だ震える手を膝に突き、勢いよく立ち上がる。
「よし。ナレス、早くここを発つぞ」
そう伝えると、ナレスはなんとも言えない顔で少年を見つめ、頷いた。その様子を怪訝に思った少年はしゃがみ込み、座り込んでいるナレスと視線の高さを合わせる。
「何か不満があれば言って良いんだぞ」
優しい口調で聞くが、ナレスは何かを言おうと口を開いてから下唇を噛み、首を振って否定した。
「何も無いです。すみません」
ナレスの態度と一致しない言葉を少し不満に思いながら、少年は立ち上がって外へと繋がる扉を開けた。後ろからナレスがついてくるのを確認し、歩き始める。今いる場所は街の中心から離れた、標高が高くなった丘だ。周りには高原が広がり、大きな風車と小さな家がチラホラ見える程度で、中心地程の賑わいは無い。
「ここら辺に宿屋は無いだろうから、街の中心地まで降りるぞ」
「えっ!?でも、危ない人がいるんじゃ…」
「大丈夫だ。極力人の居ない場所にある宿に泊まる。万が一、見つかったとしても、相手は恐らく善人だ。やりようはある」
歩いて三十分程、道が舗装されたものになり、チラホラと宿屋が並ぶ。その中に、酷く寂れた建物を見つけた。店先にある、蔦に覆われた小さな看板には、宿屋の文字が書かれていた。だが、その字は掠れて消えかかっており、入るのも憚られる様な雰囲気が漂っていた。
不安そうなナレスを横目に、堂々と店の扉を開く。中は昼間だというのに暗く、湿気ったカビ臭い空気が鼻を突く。
入り口のすぐ横にある受付は、下部にごく小さい隙間を設けたガラスで仕切られており、その奥に人の気配は感じられない。どうしたものかと辺りを見回すと、小さなベルがポツンと置かれていた。それをチンッと鳴らすと、受付の奥から人が動く気配がした。
「いらっしゃいませ」
老婆の、嗄れた声が響く。
「宿に泊まりたい。明日発つ予定だから、一日分頼む」
少年は人が居たことに驚きながらも、部屋を取りたい旨を伝えた。
「それでしたら、大銅貨一枚です」
老婆はそう言ってトレーを下の隙間から出してきた。価格が安い事にほくそ笑みながら大銅貨を置き、部屋の鍵を受け取る。
階段を登り、目的の部屋を探す。そして、扉に鍵を挿して開けた。部屋の中はやはりカビ臭かったが、その反面、思ったよりも清潔にされていた。
「よし。宿は取れた。時間も遅いし、夕飯にしてすぐ寝るぞ」
「はい」
少年はそうナレスに伝え、宿を出る。東の空が藍色に染まり、西の地平線では烈火の如き紅が輝いていた。
沈む太陽を背に、街を歩く。飲食店は宿から遠く、ギルドの近くに密集している。人は少ないが、雰囲気の良い店を見つけたので、そこで夕食を取ることとした。
店内に騒がしさは無く、談笑する声と食器が鳴る音だけが響いている。
席に着くと、店員がメニューを持ってきた。
「ほら、メニューだ」
少年はさっさと注文を決め、ナレスにメニューを手渡した。ナレスはメニューと睨めっこをしてうんうん唸った後、思い切って注文を決めた。
「すいませーん」
ナレスはメニューを片手に手を挙げて店員を呼んだ。
「えっと、コレとコレをお願いします」
「俺はコレを頼む」
メニューを指差して店員に注文を伝える。店員が去る時にメニューを回収したので、ナレスが名残惜しそうにその後ろ姿を見ていた。
「そんなに食べたいのなら両方頼めばいいじゃねえか」
「それじゃあ食べきれないです」
ナレスはそう言って頬を膨らませた。
「そうか」
少年はそう言うと、興味が無くなったかの様に椅子の背もたれに寄りかかる。逆さまに映る店内。ボーっとしながら眺めていると、急に視界が遮られた。
「っ!?なんだ!」
慌てて立ち上がると、椅子の後ろに一人の少女が立っていた。
「やぁ。また会ったな」
その少女は、冷たい笑顔で少年を睨みつける。その異様な様に、ナレスは呆然として立ち竦む。
「誰だぁ?テメェは」
少年は警戒心を高めながら少女を睨みつける。この少女は、あの人混みの中心に居た人物で、遠くから一眼見ただけで少年の危機感が警鐘を鳴らす程の人物だ。
すると、少女は意外そうな顔をし、少年にずいっと近づく。
「魂間の記憶の共有はできないのか…?それか、片一方だけが分かるのか…」
急に訳の分からないことを言い始めたので、少年は後ずさって少女と距離をとる。
「なんだよ…テメェは。気色が悪い」
少年がそう貶すと、少女はハハハと笑った。
「そうか。気色が悪いか!これはすまない。俺の名前は霊華だ。良く知っているだろう?」
少女が霊華と名乗った瞬間、少年の目つきが変わった。
「お前。あの、あのレイカか?」
そう聞くと、霊華は顎に手を当てて少し考えた後、笑みを浮かべて炎を纏った。
「君がなんの話をしているかはわからないが、恐らくそのレイカで合っている」
そう言い終えるか定かのタイミングで、少年は霊華に襲いかかった。開いた右手を張り手の様に勢いよく伸ばす。だが、手応えは無かった。目の前に居た少女は、揺らめいたと思ったら炎になって消え去った。
「この…っ!野郎!」
行き場の無い怒りを募らせていると、ナレスが少年の肩を叩く。
「なんだよ!すっこんでろ!」
少年は八つ当たり気味にナレスに怒鳴るが、ナレスはそれをものともせず少年の瞳を見つめる。
「少年、今日は向こうも引いてくれた。何の因縁があるかは私にはわかりかねる。だが、焦っているのは見ていてわかった。今日はゆっくり休まねば、身体を崩してしまう」
ナレスが毅然とした態度でそう言うと、少年は納得して椅子に座る。
すると、丁度良く注文した品が届いた。店員は気まずそうにしながら皿を並べ、礼をして去っていった。
店に、静かな時間が戻ってきた。食器の鳴る音が夜空へと吸い込まれる。
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