四十四話 白髪の吸血鬼と不穏な気配
日の光が差し込む本屋の奥。暗くて湿っぽいカウンターに佇む彼女には、人のものとは思えない程鋭い犬歯が生えていた。
「二百歳の吸血鬼!?」
目の前にいる、十歳と少しくらいに見える少女の正体を知ったナレスは、困惑しながらも素早く後退し、日の光が差し込む位置でナイフを構える。
(ここじゃ剣だと長すぎる。だけど、ナイフで戦えるかわからない)
そんな心配をしながらも、少女からは目を離さない。吸血鬼は身体能力も魔法技術も高い生き物だ。
(目を離した瞬間に死ぬかもしれない!)
だが、少女からはそんな圧は感じられない。少し大人びてはいるが、人を殺す気など毛頭無いようにも見える。
「そんなに警戒してどうした?年端もいかないような少女だぞ?」
少女は、クスクスと笑いを堪えながらナレスを煽る。
「年端もいかない少女は自分のことを年端もいかない少女などとは言いません。それに、先程貴方は二百歳と言っていたでしょう?」
「そうだった。歳かの?」
少女はわざとらしく首を傾げ、さも忘れっぽい、と言ったように振る舞う。ナレスは話しながらも警戒を緩めず、身体の周りに風を纏う。
ナレスが少女を睨んでいると、少女が急にカウンターを軽く飛び越え、ナレスの方へ向かって来た。
「っ!?来るな!」
ナレスはナイフで空を切り裂き、少女を威嚇する。だが、少女は止まらずに近寄ってくる。とうとう、少女は太陽の光が差し込む位置まで足を踏み入れた。
「っ!なんで…!」
「太陽なんぞ、とうに克服している」
少女は背伸びをし、ナレスの耳に顔を近づけてそう囁く。吐息がナレスの頬を撫で、ナレスの背筋に冷たいものが走る。
「太陽を克服…っ!?そんなの、八百年前の女神様の仲間だった吸血鬼ただ一体だけじゃ無いの!?」
ナレスが後退りながらそう言うと、少女は後ろ向いて数歩歩き、また正面を向いて語り始めた。
「不正解だ。太陽を克服した吸血鬼は三体居た。帝王ドラキュラと女王ルージュ。そして、三体目の、ブロンシュ・ヴァールハイト。私のことだ」
ナレスは、ブランシュと名乗る少女の放った、神々しさすら感じる雰囲気に、息を呑んだ。
ブランシュは少し間を置いてからまた話し始めた。
「二体の吸血鬼、帝王ドラキュラと女王ルージュは、今から千二百年程前と千年前に産まれた。二人は敵対し、女王が帝王を打ち倒した。女王ルージュはその後、魔王に取り込まれ、命を落とした。その魔王が女神に打ち倒されてから数百年の間、吸血鬼は何体も産まれ、何体も死んでいった。そして、二百年後に私が産まれた」
ブランシュは日光に向かって手を伸ばし、目を細めた。静かに聞いていたナレスは、今度は自分の番と言わんばかりにブランシュに近づいた。
「それで、貴方は人に仇成す存在なのか?否か?」
「そうだな。それは…君達次第だ」
その答えを聞いたナレスは何かを考えた後、脇に抱えていた本をブランシュに差し出す。
「これが欲しい。くれるんですよね?」
ブランシュは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに満足そうな顔になる。
「しょうがない。冒険者。持っていきな」
ナレスはブランシュに笑いかけた後、本を片手に店を後にした。
その後ろ姿をブランシュは見送る。その表情は新しいおもちゃを買ってもらった子供のように輝いていた。
「面白いね…」
その呟きは、本に吸い込まれるようにして消えた。
少年がナイフを買ってから少し、街をぶらぶらしていると何やら人だかりが見えた。
何かと思い、気になって背伸びをしてみるが、あまりの人の多さによく見えそうに無い。面倒くさくなったのか、少年はため息を吐いて立ち去ろうとした。その時、同じように人だかりに興味を持ったナレスが無理矢理にでも見ようと風を起こそうとしているのが見えた。
「アホか」
静かに接近し、そう言いながらナレスの頭をはたく。
「痛った!何するんですか!?」
頭を抑えてナレスが抗議をしてくる。少年はそれでも構わずにペチペチとはたく。
「痛っ…痛っ!本当になんですか!なんか言ってくださいよ!」
「お前な、こんな人混みで魔法を使ってみろ。逆にお前が人だかりの中心になる。それと!お前知らない街で急に走り出すな。迷子になったらどうする」
そう叱ると、ナレスは不満げな顔を少年に向ける。
「なんですか。私が迷子になるような子供に見えるんですか?」
「ああ、見える。お前、戦闘の時と普段で落差が激しすぎるんだ。阿保」
ナレスは心外だと言わんばかりで少年をキッと睨みつける。少年も負けずと睨みを効かせると、ナレスはビクッと身体を一瞬震わせ、視線を逸らした。
「怖くなるくらいだったら初めからやるな」
「……」
ナレスは拗ねてしまったのか、少年の言葉に何の反応も示さなくなってしまった。少年もやり過ぎたと反省したのか、少し間を置いた後にナレスの頭をガシガシと乱暴に撫でる。そして、人だかりから離れるように歩き始める。
ナレスは少年の唐突な行動に混乱して少年の後ろ姿を眺める。すると、少年は急に立ち止まって振り返る。
「何してるんだ?来い。人だかりの原因が見たいんだろ?」
そう言うと、少年は空間を破壊して近くの家の屋根に登った。ナレスが少年の意図を理解した途端、ナレスの顔が花開いたように笑顔になり、機嫌を良くして少年の後に着いて行った。
「貴方も頑固ですね!見たいなら素直にそう言えば良いのに」
「阿保。お前が見たいんだろ」
二人は並んで人混みの中心に目を向ける。人が多いせいで、あまりよく見えない。人の隙間からチラチラと何かが見えるが、ハッキリとはわからない。
「あんまり見えませんね。残念」
「そうだな」
少年とナレスは揃ってむすっとした表情になる。負けず嫌いなのか、二人は目を細めてよく見ようとする。
「アレは…!?」
少年が急にヒュウっと息を吸い込んで驚愕の声を上げた。
「何か見えたんですか?」
疑問に思ったナレスが少年の顔を見るが、少年は怒りとも恐怖とも取れるような顔で身体を震わせていた。
「アイツはまずい…っ!逃げるぞ!」
そう言って視線を逸らそうとした瞬間、少年の目とそれの目が合ってしまった。少年は、サァッと血の気が引いていくのを強く感じた。
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少年がポートバレーに到着する少し前、藤也達一行も街へと向かって歩いていた。
「師匠、壮大な景色ですね」
藤也は上の方を見上げながら呟く。藤也達はいま、山脈と山の間を進んでおり、針葉樹と広葉樹が入り混じる山が空を貫くように聳えている。
「凄え高いな。二千メートルは軽く超えてるんじゃないか?」
霊華も感心したように山を見上げる。この道は多くの人が通るのか、進んでいる道だけ草が生えず、歩くのもかなり楽である。
「嬢ちゃん達、アレを見てみな。目的の街だぜ」
「「わぁ…っ!」」
カーターが包帯でぐるぐる巻きの腕で指差す。その先の光景に思わず感動の声が漏れる。そこには、風車が立ち並ぶ、とても美しい街があった。まるで、アルプス山脈にあるような街並みに藤也とアンは息を呑む。今まで以上に感じる異世界の美しさに涙が込み上げてくる。
「あの街の人々は風を利用して暮らしているらしい。言わば、風の民ってところか?」
ガットが全身包帯だらけの姿で笑いながら言う。
「風の民…かっこいいですね!」
藤也が目を輝かせながら言葉の響きを称賛していると、ビュゥッと一陣の風が吹き抜けた。風の音が山びことなって反響し、遠くの街の風車が勢いを増して回り始める。
藤也はふと、街が自分達を歓迎しているかのように感じた。
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