四十三話 谷間の街で
アンデットだらけの村を出て約一週間、少年とナレスは新たな街に足を踏み入れた。
その街の名は『ポートバレー』山脈と山の間にある谷間の街で、小さいながらも、大陸の西と東を繋ぐ中継地としてそこそこ栄えている。谷に沿って風が吹くため、風が強い日が多い。その為、街の至る所に大小様々な風車が風を受けて羽を回している。
「壮観な眺めだな」
「そうですね。雄大な山々の間にこんな街があるなんて。ナパージャに居たら絶対に見られない光景です」
二人は見たことのない景色に目を輝かせ、何もかもが新鮮に見える事に感動を覚える。
「ところで、ここに来た目的はなんですか?」
ナレスが聞くと、少年は伝えるのを忘れていたと言った感じで話し始める。
「ナパージャに居た時、宿屋の婆さんに聞いたんだ。ここを抜ければ西に出れるとな。次の反応が西寄りだったから、ここで少し物資を整えてから谷を抜けて西を旅する」
「わかりました」
少年は少し声を低くして付け足す。
「谷を抜けた先に、俺の故郷があるんだ」
「え!?行ってみたいです!」
「行きたいのはやまやまなんだが、あまり良い状況じゃ無いように思える。俺は半ば追放される形で出てきたから、俺が近づいただけで何か悪い事が起こる気がする」
「そうなんですか…」
ナレスは明らかに肩を落として落ち込んでしまった。
「まあ、地図で見る限りこの大陸はかなりデカい。シュルルーシに行かなくても他に面白い街は沢山ある」
「そうですね。クヨクヨしてたらダメですし、この街で物資を整える事に専念しましょう!」
少年の言葉にナレスはやる気を取り戻し、硬貨の入った巾着をジャラジャラと鳴らして街を駆けていった。
「オイ!待てって…」
手を伸ばして静止させようとするが、ナレスの姿はあっという間に小さくなり、とうとう見えなくなってしまった。
「フーっ…まあいい。俺は俺でやるとするか」
一人になるのは久しぶりだなと思いながら、適当な店を選び、扉を開ける。
「いやっしゃいませ」
少年を店員の明るい声が出迎える。店員はカウンターの向こうで笑顔で少年を見ている。少年はそれを一瞥し、商品を物色し始めた。
(ここは雑貨屋か)
試しに商品を手に取ってみる。手に取ったのは細長い筒のようなもの。
「これは…?」
店員に聞くと、店員は目を輝かせて食い気味で答える。
「お客様!お目が高いですね!そちらは、望遠鏡です!」
「望遠鏡か…」
「それも唯の望遠鏡じゃ無いんですよ!なんと!頭の部分が取れるんです!そして、別売りの倍率の高い頭をはめ込めば、より遠くを見ることができるんです!」
店員の勢いに押されながら、試しに望遠鏡の上の部分を捻ってみる。すると、先端部分が外れ、ガラスも一緒に外れる。そして、店員に渡された別のパーツを取り付けると、確かにさっきよりも遠くが見えるようになった。
「凄い…だが、最初から倍率が高くてもよく無いか?」
「いいえ!倍率が高すぎると、逆に近くが見えにくくなるんです!かと言って望遠鏡を複数持つと嵩張る。だからこれを作ったんです!」
「賢いな」
少年は望遠鏡が置いてあったをなんとなく見る。そこには望遠鏡の値段が書かれた紙が貼られていた。
「金貨…五枚」
少年はそれを見た途端、両手で望遠鏡を持ち、丁寧にそっと棚に戻した。
「あ、値段見ちゃいましたか。それ、特に透明度の高いガラスを職人が丁寧に手作りしてるので、結構高いんですよね」
ハハハ、と笑いながらそう言う店員に、すこし恐ろしさを感じた少年は、別の品に目をやる。
「こっちの水の入ったガラスの棒はなんだ?」
少年の指差した先には、試験管のようなガラスの棒に、緑色の液体が入った物があった。
「そちらは、回復ポーションです。それを飲んだり患部にかけるとあら不思議、回復魔法を使ったみたいにみるみる内に傷が塞がる優れものです」
「それはいいな。で、値段は?」
「大銀貨一枚です」
「アホか」
少年は、その値段の高さに思わず口が悪くなってしまった。店員は気まずそうにエヘヘと笑い、理由を話す。
「そのポーションには、魔力が多く、標高の高い場所でしか取れないマジックリーフが使われてるんです。マジックリーフは魔力との親和性が良いので、沢山の魔道具にも使われてるんですよ。あと、回復魔法の使える魔術師が居ないと作れないので、結構な値段になるんです」
店員は因みに、と付け足す。
「そのポーションは一番安い低級回復ポーションです。一番高い物は、金貨五十枚を超えます」
少年はそれを聞き頷いた後、他の物品を見てため息を吐き、ジト目で店員を睨んで出ていってしまった。
「あぁ!待って!そんな軽蔑の目を向けないで!」
店を後にした少年を店員が必死な形相で引き留める。
「ま…待って…せめて何か買って下さい…もう貯金が無いんです…」
「馬鹿か?なら安い物を仕入れろ」
少年がそう言うと、店員は驚きで言葉が出ないと言った感じで口をパクパクさせた。
「あのな、こんな路地で金持ちが来ると思うか?一般庶民は出すとしても銀貨数枚が限度だ」
そう言って肩を叩くと、ガックリと項垂れて地面に手をつく。
「気がつかなかった…」
相当アホなのか、それともギャグでやっているのかわからなくなって来たので、そそくさと去ろうとした。
「オイ放せ」
少年は足を止めてドスの効いた声をあげる。下を見ると、少年の足首を掴む店員が居た。
店員は諦めずに少年の足を掴んで泣きそうな声で叫ぶように少年に懇願する。
「あります!安いのあります!だから行かないで!」
少年は渋々と言った感じで踵を返し、店に戻る。
「二度は無いからな」
すると、店員の表情がみるみる明るくなり、安堵からか、目尻に涙が浮かんでいた。
「ハイ!」
店員は少年の後を追うように店に戻り、棚を物色して品物を机に置く。細々した物品の中に、鈍色の小さなナイフが幾つかあった。
「ナイフ…か」
少年はナイフを一本手に取り、刃に手を触れる。
「まあまあ鋭いな」
ヒヤッとするような鋭さを指先に感じながら、ナイフの細部まで見る。食器のナイフと同程度の大きさのナイフだが、刃がそれよりも太く、持ち手が短い。
「試し切りしてみますか?」
店員は紙を一枚取り出して少年に手渡す。ナイフを紙に当てると、スッと軽く刃が紙を両断した。
「いいな。これを何本か貰おうか」
「ありがとうございます!!」
少年は銀貨を二枚渡し、ナイフを十本受け取った。
(一本で大銅貨二枚か。得したな)
少年はニヤリと笑い、歩いて行った。
ナレスが勝手に走って行った後、ナレスは一人だと言う事に気がつき、少し心細く思いながらもいつか会えるだろうと考えながら街を散策する。
「旅に必要な物資といえば…保存できる食べ物ですね」
独り言を呟きながら歩いていると、軒先に大きな肉を干している店を見つけた。
「干し肉…いいですね」
ナレスは駆け足で近寄り、店を覗く。店には大きな肉が並ぶショーケースがあり、その奥で太った女の人がパタパタと忙しそうに行ったり来たりしているのが見えた。
(今は…忙しそうですね)
邪魔をしてはいけないと思い、取り敢えずショーケースの中にある肉を眺める。
豚肉に牛肉、鶏肉や羊肉まである。更に、見たこともない魔物の肉までもが売っている。
ナレスが目を輝かせていると、上から声をかけられた。
「お嬢ちゃん。どれが欲しいんだい」
ナレスが見上げると、先程忙しそうにしていた女の人がショーケースの上から覗き込んでいた。
ナレスは立ち上がり、咳払いをする。
「こんにちは。長持ちのする肉を探しにきました。良さそうなのありますか?」
「それなら、コレでどうだい?塩漬けした肉を、燻製して乾かした干し肉だよ。環境にもよるけど、三ヶ月はもつよ」
「本当ですか!?買います!」
「まいど。この大きさで良いかい?これで大銅貨三枚だよ」
ナレスは巾着に手を突っ込み、大銅貨を三枚手渡した。
「丁度だね。まいど」
「ありがとうございました!」
ナレスは良い買い物ができたと上機嫌で鼻歌を歌いながら店を後にする。
(他にも、何かありませんかね?)
干し肉の入った袋を片手に辺りを見回すと、古びた看板が目についた。木製の看板には『本屋』とだけ書かれている。
(面白そうですね)
ナレスは興味本位で入店した。
店の中は埃っぽく、カビと紙の匂いが充満している。本の棚にはびっしりと大量の本が詰め込まれている。
その光景に感慨深く浸っていると、店の奥で座っている店主に気がついた。
「こんな店に良く来たな」
店主はくたびれた外套を纏っており、顔は見えない。だが、声から察するに女性だろう。
「こんにちは。なんとなく寄ってみただけですが、雰囲気が良いですね」
ナレスがそう言うと、店主は立ち上がり、無言でナレスに迫る。
並んでわかったが、店主の身長はナレスよりも低く、一見すると子供のようにも見える。
「あの…えっと…」
ナレスが困惑していると、店主は踵を返して背を向ける。
「冒険者。お世辞はよせ。気分が悪くなる」
「いえ、そんなこと無いですよ。心から、雰囲気が良いと思いました。懐かしい雰囲気です」
店主は元の位置に戻ると、足をカウンターの上に乗せ、積み上がっている本を手に取り、読み始めた。
(態度が悪いですね)
ナレスは少しムッとしながらも、本棚にある本を無造作に取ってペラペラと流し読みをし始めた。すると、店主が本を大袈裟に閉じる。
「冒険者。お前のお世辞で気分が良くなった。好きな本を一冊持って行きな」
そう言いながら外套のフードを脱ぎ、顔が露わとなった。ナレスはその一言と、店主の顔に驚きの表情を浮かべた。
白い髪に幼い顔。しかし、そこから感じられるのは歴戦の貫禄。
「魔女である私がそう言うんだ。喜んで持って行け」
ナレスは驚きのあまり、持っている本を落としてしまう。パタリと本が落ちる音が響き、埃が舞い上がった。
「魔…女…?」
ナレスが疑問を呟くと、店主はニヒルな笑みで答える。
「そうだとも。ただし、齢二百年の吸血鬼でもあるぞ」
店主は外套で口を覆いながら、鋭い犬歯を見せびらかすように生意気に笑った。
読んで頂きありがとうございます。
誤字脱字などがありましたら教えて頂ければ幸いです。
評価や感想などもお待ちしてます。




