四十二話 ファイアファイト
周囲を、烈火が囲む。熱風が喉を焦がし、火の粉が肌を焼く。
「舞台は揃った。つまらない死合いをしてくれるなよ」
興奮で霊華の声が上ずる。逃げられない事を悟ったラリアードは、覚悟の籠った瞳で霊華を睨む。
「前の戦いでは、死んでも大丈夫という安心感があった。だが、今は違う。確実に死ぬという現実が全身を震わせる!覚悟はできた。さぁ。死合おうぜ」
分厚い両手をパチンと合わせ、両手を羽ばたく鳥の様に広げた。すると、二人を囲うように岩石がドーム状にせり上がり、まるで火口のような眺めとなった。粘度の高い溶岩が至る所で沸々と沸き立ち、熱波を放つ。溶岩がドームの天井からドロリと滴っている。
ラリアードの行為に、霊華は満足そうに笑みを浮かべる。
「それでいい。このリングの中でいかに死なず、いかに敵を討つか。それだけを考えろ」
「今を生きる。今だけを見るに決まっている!受け止めてみろぉ!」
ラリアードはそう言い、地面を強く蹴って肉薄する。その衝撃で、溶岩が火柱を上げた。
まるで丸太のような剛腕が霊華を襲う。
「ハハハ!いいぞ!桜火乱舞・蓮華!」
迫る剛腕を刀でいなし、懐に潜り込む。そして、下段から刀を大きく切り上げ、ラリアードの胸から顎にかけてを切りつける。
「かっ…てえなぁ!」
溶岩の装甲に守られたラリアードは、容易には刃が通らず、逆に刀がボロボロに刃こぼれをしてしまう。
「ヌオォォォッ!」
衝撃に耐えたラリアードは、両手をハンマーのように振り下ろした。霊華は地面に撃ち落とされるが、舞い上がった土煙の中で炎が産声を上げてラリアードを包みこむ。
「熱ッ!」
熱に耐性があるラリアードだが、その勢いに反射で顔を覆ってしまった。その隙を突いた霊華が、土煙を割って現れる。ラリアードの両腕を刀で弾き上げ、ガラ空きの顔面に強烈な蹴りを見舞わせた。
仰け反ったラリアードに、更に追撃を加えてゆく。
「桜火乱舞・桜打」
刀に纏わせた炎を殴りつける様にラリアードに向かってぶつける。凄まじい衝撃がラリアードの腹を襲う。
「カハァッ」
衝撃は内部まで響き、ラリアードは口から乾いた息とともに溶けた溶岩を吐き出す。
激痛に腹を抑えて膝を突くラリアードの首を、刀が滑る。
「桜火乱舞・波の華」
泡立つ炎の波はラリアードの首を溶かし、削ってゆく。抉れた首からは、血液の代わりに溶岩が溢れる。
「人間じゃあ無くなったってわけか」
「グフッ…それがぁどうした…」
喉から溢れる溶岩をガラガラと泡立たせながら苦しそうに笑う。霊華は刀を顔の横で構え、トドメを刺そうとする。
「誰が死ぬと言ったぁ!『土魔法・岩棘』!」
しかし、ラリアードが抵抗して腕を振り上げると、剣山のように尖った岩が突き出してきた。
「チィッ!」
霊華は舌打ちをしながら跳んで避ける。
ラリアードは空中にいる霊華を見上げて口端を持ち上げた。
「安易に跳んだな馬鹿が!」
ラリアードは地面に手を触れると、地面を隆起させてグングンと登って行く。その勢いを利用して高く跳び上がり、空中で身動きが取れない霊華を掴んだ。
「なっ!?何すんだこのっ…!」
そう言いかけた次の瞬間、霊華は掴まれたまま火山の天井に強く打ち付けられた。溶岩を砕きながら天井に擦り付けられ、地面に投げつけられる。
そしてすぐさま追撃がきた。砂埃が上がり、ラリアードのシルエットだけが浮かび上がる。
やがて砂埃が晴れ、二人の姿がハッキリと見えるようになる。
「ガハハハ!拳を受け止めやがった!」
砂埃の中から、ラリアードの太い拳を両手で受け止める霊華の姿が露わとなった。
「当たり前だろ…お前のお陰で刀が折れちまっただろうがぁ!」
霊華の後ろには折れた刀が落ちており、炎となって消え去った。刀を折られた霊華は、憤りを隠さずにその怒りをラリアードにぶつける。ラリアードの拳を無理矢理跳ね除け、炎を纏った拳で数十発もの打撃を見舞わせた。
「殴るってのは気持ちいいもんだな!そうだろぉ!」
「何もかも洒落臭ぇ!」
二人は笑みを溢し拳を握る。ラリアードの間一髪で拳を避け、その巨躯を踏み台にして頭に蹴りを叩き込む。少し仰反るが、少女の軽い身体から繰り出される攻撃はやはり軽く、すぐに体勢を立て直して霊華の脚を掴んだ。そのまま振り回して地面に何回も叩きつけ、放り投げたと思えば魔法で岩石を操り、霊華を岩に閉じ込めてしまった。
しかし、岩石は赤熱化して至る所が溶け始める。そして、赤熱化した岩石が真っ二つに切り裂かれ、中から刀を持った霊華が猛る炎を纏って飛び出した。
「刀だとぉ!?そんなもんどこに…」
折れたはずの刀を持っていたことに驚き、狼狽える。霊華はラリアードに一瞬で肉薄した。刀を右手で持ち、頭の左側で構え、左手では火球を生み出す。
「俺の刀は特別製でな」
霊華はそう言うと、ソッと火球を置くように放った。
ラリアードの視界がゆっくりと動く。何故か思考が加速するのを確かに感じる。火球が向かってくる。それなのに、身体が上手く動かない。やけに頭が冴えているので、色々な事が頭に浮かんでは消える。
「桜火乱舞・月夜桜」
霊華の呟きがやけに耳に残る。霊華は右手の刀で火球を真っ二つに切り裂いた。ついでと言わんばかりにラリアードにも刃が触れ、パックリと腹が割れる。激痛が襲ってくるのを待っていると、真っ二つに割れた火球が沸々と爆ぜているのが見えた。次の瞬間、視界が赤く染まった。
――――――――――――――――――――――――――
小さな火山ができてからどれだけ時間が過ぎただろうか。短い筈の一分一秒がとても長く感じる。傷ついた冒険者達も霊華の勝利を不安そうに待っている。アンは、両手を握って神に祈っている。
(どうか、お兄ちゃんが勝ちますように)
アンは瞼が震えるほど力強く閉じ、まるで現実を見たくないように必死に祈り続けた。
突然、凄まじい爆発音が鼓膜を劈いた。そして大地が揺れ、突破が吹き抜ける。
「な!?なんだ今の音は!」
今まで鳴り響いていた戦闘音とは比べ物にならない程の爆音に、火山の頂上を見上げる。すると、火山の頂上から噴火のように炎が吹き出し、空を赤く染め上げた。まるで夕方のような光景に、息を呑む。チラチラと火の粉が雪のように降り注ぎ、大地を焦がす。
あまりの熱さに目を細めていると、火山の頂上から何かが凄い勢いで飛んできた。
地面に着地した際、それは大きなクレーターを作り上げた。放つ熱気が空気を揺らしている。
「これは…!」
覗き込むと、全身がボロボロに砕けたラリアードがヒューヒューと掠れた音を立てて呼吸をしていた。
あのラリアードがここまでなるのかと藤也が戦慄していると、また何かがこちらに飛んできた。何かと思えば、霊華が炎を纏って降りてきているのが見え、ホッと安堵した。
霊華はストンと軽く着地し、ゆったりとした所作でラリアードに近寄る。
「その胸の石…魔石だな?」
霊華はラリアードの傷の間から見える紫色の石を見てそう言った。ラリアードはしんどそうにしながら頷き、右手を霊華に伸ばす。
「こ…れを…壊せば…俺は…死ぬ…」
それだけ伝えると、手の力を抜き大の字になる。
霊華はふうっと息を吐き、刀を両手で握って魔石に切先を向けた。
「もう蘇るなよ。楽しかった」
寂しそうにそう言うと、魔石に刀を突き立てて破壊した。
すると、ラリアードを形造っていた溶岩が砕け散り、ラリアードは粉々になって消えてしまった。
「よし…」
霊華は刀を納刀し、踵を返した。そして、自分の弟子達を見ようとした瞬間、その弟子達が勢いよく抱きついてきた。予想していなかった展開に足がもつれてしりもちをつく。
「イテテ…」
仕方が無いなと二人の頭を撫でてやる。二人は今までの不安が嘘のように安堵し、涙を流すほど歓喜した。
「よかった!よかった…!師匠が死ななくて!」
「うわぁぁぁん!」
まだまだ可愛いもんだなと思い、二人を抱きしめながら立ち上がる。
「泣くな泣くな。そんなんじゃ強くなれないぞ」
霊華はそう言って慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
――――――――――――――――――――――――――
妖しい光が至る所で点滅する暗い部屋、白衣を着た一人の男がふと顔を上げる。その瞳は今いる場所では無く、どこか遠い場所にあるものに思いを馳せている。
「うぅ…うむ……ぅうむ。し…しし試作機体いい一号がここここ壊れたよ…よぉで…ですね?ふ…ふぅ…ふぅむ。ふむ。じ、じし自信はあったあったのですが」
男は独特な口調で独り言を呟いた後、紙が散らばる机に向かって何か書き殴り始めたのだった。
読んで頂きありがとうございます。
誤字脱字などがありましたら教えて頂ければ幸いです。
評価や感想などもお待ちしてます。




