四十一話 生き返る戦士
熱々の鍋が冷えた身体に沁みる。だが、藤也の心は落ち着かずにソワソワとしていた。
「師匠。すぐに逃げないんですか」
横で静かに肉を食べる霊華に尋ねた。霊華は、なんともないような表情で答える。
「大丈夫だ。今は少しでも身体を休めろ。アイツがどこかの組織の刺客だとしてもすぐには来ないだろうし、あのタイプは誰かに縛られるのが嫌いだと見える」
そんなものなのか、と思いながら、肉を一切れ食いちぎって飲み込む。
「あの、死んだ人の近くで鍋を囲むって良いんですかね?」
「さぁ?大丈夫だろ。あっちの、元の世界でも通夜の後に食事するし。まぁ、楽しむことはしない方がいいけどな」
「そっか…」
その後も、何度か口をつけてみるが、結局食欲が湧かず、少しだけ食べて箸を置いた。
そんな藤也の横に、ガットが心配をしに来た。
「おいおい。元気無えなぁ。痩せちまうぞ」
「ハハ…食欲が出ないんで…」
そんな藤也の反応に、ガットは頭を掻きながらバツが悪そうに口を開く。
「あー…人が死ぬのを見るのは初めてか?」
「いえ…何度か…自分で手にかけたことも…」
「そうか。なら尚更か?だけどな、それは不可抗力であり、正当な理由があってだろ?」
「それでも、死んだと言う事実があるんです」
「仕方のない奴だな。相手は全て覚悟している。やるならスパッと一発で。兵であれば、それが本望であり、礼儀である。それなのにどうとか言うな。さ、飯が冷めちまう」
ガットはそう言うと、また焚き火の方に戻って、残っている鍋の中身をよそった。
肉を食べようとする。たが、そこで何かを思いついたように藤也を見る。
「やらなければやられる。弱肉強食とだけ覚えとけよ!」
ガットは声を張ってそう言うと、肉を美味しそうに頬張った。
「弱肉強食…か」
まだモヤモヤしているが、特に気にしていなさそうなみんなを見て、考えすぎなのかと思い、食器を置いて立ち上がる。
少し考え直そうと、ラリアードの埋まっている所に目をやる。草が禿げ、少し盛り上がっている場所に、死体が埋まっている。そう考えると、なんだか不気味に思えてきた。今にも、地中から手が出てくるんじゃ無いかと想像してしまう。あのゴツイ腕であれば、土くらい簡単に掘り進められるだろう。
そうやって考えながらボーッとしていると、突然、ボコっと言う音が聞こえた。音の発生源は、ラリアードの埋まっている場所である。すぐにそちらを見ると、焼け焦げて、岩のようになったぶっとい腕が地面を突き破って生えている。
腕は地面を捉え、グッと力を入れる。皮膚はヒビ割れ、血が滲み出ている。
異変に気がついた皆も、異様な光景に言葉を失う。
腕は力を入れ続け、ヒビが広がる。すると、ヒビの間から赤い光が漏れていることに気がついた。
「アレは…なんだ!?」
カーターが突然光り出した地面を凝視し、困惑の声を上げる。光は更に強くなり、腕の付近が白くなり始めた頃、地面を砕いてラリアードがぬらりと立ち上がった。
ラリアードの肌は冷えた溶岩のように黒くヒビ割れ、その隙間からは赤い光が漏れている。全身から蒸気を発生させ、切られた筈の胴体からは、絶えず溶けた溶岩が溢れ出ていた。
「なんだあの姿は!?」
その姿は、人のものではまるで無く、人の形をした怪物のようだった。
ラリアードはググっと身体を縮めると、思い切り全身を広げる。身体に付いていた溶岩が剥がれ、散弾のように散らばった破片が辺りのものを無差別に襲う。
「危ねぇ!」
少年が立ちすくんでいると、ガットが少年を押し倒して破片から救ってくれた。
「すみません!ガットさん!」
少年はすぐに次の攻撃に備えて立ちあがろうとする。
「ぐうぅっ!」
しかし、ガットは呻き声を上げ、額に脂汗を沢山掻いている。
どうしたのかと身体を起こして見てみると、ガットの背中に大量の冷え固まった溶岩の破片が刺さっていた。他にも、溶けた溶岩が触れて焼けたような跡もあった。
「大丈夫ですか!」
少年が声をかけると、苦痛に歪んだガットの顔が痛みを誤魔化すように笑みを浮かべる。
「大…丈夫だ…!それよりも…お前に怪我は無えか…?」
ガットは痩せ我慢をしながら立ち上がり、膝に手を突いて明らかに辛そうに肩で息をする。
「俺は大丈夫です!それよりも…ガットさんが!」
「俺は痛くもなんとも無えよ…」
「そんな…」
「いいから立てってんだ」
ガットそう言い、少年が立ち上がるのを促す。少年は酷く心配そうな顔で立ち上がり、今にも倒れそうなガットを支える。
「俺はいい…まあ、あの嬢ちゃんがやってくれるだろう…お前は死なないようにどっかで見てるこった」
「ガットさんも一緒に…!」
「いや、俺はあの嬢ちゃんのサポートをする。見てみろ。俺の仲間はやる気だ…」
見回してみると、カーター達冒険者一行は先程のラリアードの攻撃で何人かが負傷している。皆、誰かしらを庇って傷つき、満身創痍の状態だ。
「俺達一行は…あの攻撃ですらこの状態だ。だが、まだ死んじゃういねえ!サポートくらいさせろってんだ!」
カーターが前に立ちそう叫ぶ。対するラリアードは、カーター達に向ける視線を強者に向けるものと同じに改めた。
「ヌフフフフッ!フハハハハハッ!良いぞ!来い強者共!」
ラリアードは高らかに笑い、腰を落として地面を強く蹴った。
「俺が迎え撃つ!横に避けろ!」
カーターの指示で冒険者達は横にバラける。ラリアードは一直線にカーターに突進する。カーターは大きな戦斧を盾のようにし、自分の一回り以上あるラリアードの攻撃を受け止めた。
「今だ!」
動きが止まったラリアードに、冒険者達は一斉に攻撃を仕掛ける。
「貫き、動きを止めなさい。『氷魔法・フリーズアイシクル』!」
キャシーか魔法を唱えると、ラリアードの足元から氷柱が勢いよく生え、ラリアードを貫きながら凍りついた。
「良くやった!次は俺だぜぇ!『風魔法・エアーバースト』!」
凍りつき、動けないラリアードを足場にし、ガットが頭上に飛び上がる。そして、双剣を持った両手を前に突き出し、猛烈な風を生み出した。
その風はラリアードを押し潰さんとし、そのまま辺りの草木を薙ぎ倒した。
「ちょっと!周りの事も考えてよね!『土魔法・ストーンウォール』!」
マオがすぐさま土壁を生み出し、ラリアードを包囲する。それにより、風が遮られて逃げ場を探して上昇気流を作る。
「離れていてください!『炎魔法・フレイムトルネード』!」
ブランが炎の竜巻を放つ。その竜巻は、上昇気流によってより強く燃え盛り、土の壁すら赤熱化している。
「よし…これで少なからずダメージは与えられたか…?」
カーターは警戒しながらそう呟く。しかし、次の瞬間、炎の竜巻がかき消え、土の壁も四散した。
砕けた土壁は高熱であり、それが高速で飛んでくるので、例え武装していてもタダでは済まない。
またもや散弾のように散らばった土塊により冒険者達はダメージを受け、悲鳴を上げて倒れる。
「グハハハハハッ!温い!温いぞ!そんな物なのか!?啖呵を切って出て来たんだ。もっと楽しませてくれよ!」
黒煙の中から目を爛々とさせながらラリアードが現れた。その身を覆っている溶岩には傷一つ付いておらず、ドロドロと溶けた溶岩が地面を焦がす。
「師匠!ヤバいですよ!」
その光景を見ていた藤也が霊華に助けを求める。霊華は、ため息を一つ吐き、やれやれと言った感じで首を振って前に出る。
「やっぱり無理だったか。しょうがないな」
霊華が歩きながら刀を引き抜いた。その瞬間、ラリアードの殺気が全て掻き消され、声の一つすら発することのできない程の重圧が酷くのしかかった。
ゴクリ、と誰かが唾を飲み込んだ。藤也とアンは、背筋がゾッとするのを確かに感じた。
霊華の視線に射貫かれたラリアードは、真っ青な顔で歯をカタカタと鳴らし、震える足で一歩後退った。
「く…来るな!来るなぁ!」
ラリアードは腕を振り回し、滅茶苦茶に溶岩を飛び散らせる。たが、霊華に当たりそうになると、その溶岩は全て液体になり、何かにぶつかった様に弾かれる。
「魔力って言うのはな、高密度になれば物理的に触れる事ができるんだよ。俺は魔力を使わないが、力って言うのは物質的な側面を持つ」
霊華は説明をしながらラリアードに近づき、立ち止まって見上げる。ラリアードの全身の溶岩から湯気が出ている。汗が蒸発しているのか、蒸し暑く感じる。
「俺が一歩でも近寄れば、お前は死ぬ」
霊華がそう宣言する。霊華の周りの空間は陽炎の様に揺らめいており、そこに落ちて来た木の葉が一瞬で灰と化して消えた。
「…ッ!!」
ラリアードはそれを見た瞬間、弾かれる様に踵を返して逃げ出した。
「あの威勢はどこに行ったのかな?」
後ろにいた筈の霊華の声が前方から聞こえた。ラリアードは卒倒しそうな程の恐怖に襲われる。
目の前に、霊華が立っていたのだ。瞬きをした瞬間、揺らめいていた空間が全て苛烈な勢いの炎に変わり、辺りの木々が自然発火した。
「逃げられないよ…ここは俺の空間だ」
そう言った霊華の表情は、とても生き生きとした笑顔だった。
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