四話 不穏な気配
穏やかな光が差し込む部屋、壁一面についた大きな窓が光を迎え入れる。
その部屋の書斎机に、穏やかな光とは正反対の険しい表情をした一人の男が突っ伏している。
「どうすれば…」
その男は悲痛そうな声を上げる。
すると、扉がノックされる。
「誰だ」
男はくぐもった声で誰かを問う。
「ハッ!国王様、ゼールでございます」
男はその返答に対し、間を置いてから顔を上げて一言だけ「入れ」と放った。
扉が開き、先程の声の主が姿を見せる。
「国王様、勇者の軌石が見つかりました」
「本当か!」
国王と呼ばれた男が机に体重をかけて勢いよく立ち上がる。
ゼールは訂正する様に更に報告を続ける。
「しかし、現在の行方は不明です」
その言葉に、国王の表情が変わる。
国王は歯が軋む程顎に力を入れて怒りに震えている。
「何故!何故見失った!?アレが無ければ勇者が勇者足りえないんだぞ!」
国王は口を荒らげ、ゼールを叱咤する。
国王は息を一つ大きく吸うと、怒りを飲み込んで椅子にもたれかかる。
「もうよい…捜索に専念しろ。どんな手を使っても良い。報告は怠るな」
国王はそう言い放ち、書類に目を通して始めた。
ゼールはそんな国王を申し訳無さそうな目で見つめ、静かに下がって行った。
国王は、ふと顔を上げ一言呟いた。
「神は何故に勇者を召喚しろと言うのだろうか…今後魔王が出現するのか…?」
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「ここが…平民街」
少年がニルに連れられてやってきたのは平民街だ。
この地域では一般的な家が並んでいるだけなのだが、少年はスラムのボロい小屋やレンガを積み上げた様な雑な作りの建物しか見た事が無かったので、綺麗に並ぶ明るい雰囲気の家々に、目を輝かせる。
「フフフ…」
感動をしている少年を見守るニルが微笑む。
「凄い様に見える?でもね、コレでもまだ普通何だよ。もっと凄い建物がまだまだこの街にはあるんだ」
ニルが少年にそう話すと、少年は更に目を輝かせる。
「俺、そんな凄い家を見てみたい!今までのボロ小屋とは比べものにならないのを!」
「そうだね。でも、まだ君はスラムの一人の子供だよ。だから、お金を貯めて、そんな家の並ぶ街でも場違いにならない洋服と身体付きになろう」
少年はその言葉を聞くと、よりやる気が出てきたのか手に力を入れてふんっと鼻息を鳴らす。
「ほら、ここだよ」
ニルと平民街を少し歩くと、辺りの家と少し違う見た目の家があった。
その家の正面には、『交易商•マーチェル』と書かれた看板が付けられており、大きな窓から見える室内には、それなりの数の人がいた。
「これは?」
少年はニルに疑問を投げかける。
「コレはね、グラッドさんのお爺さんの代から続く、交易の拠点だよ。ここの一階では交易で持ってきた品物を幾つか売ってるんだ」
ニルは自分の事かの様に胸を張って話す。
「そして、今回用があるのはこの2階だよ!」
ニルが二階を指差す。
二階には一階程の大きな窓は無く、他の家と同じ様な小さな窓がはまっていた。
「今日は二階でお勉強だ!」
「わかりました!」
少年は、勉強という言葉に胸をときめかせ、店に入るニルに続いた。
カランカランと呼び鈴を鳴らして扉を開けると、沢山の棚とキラキラ光る商品が目に飛び込んできた。
陶器で出来た壺やガラスのコップ、フォークやナイフなどの食器は天井のライトに照らされ、魅力的な物に見える。
「ほら、見惚れてないで早く行くよ」
「は、はい!」
その声に我に帰り、ニルの元に駆け寄る。
階段を登り、二階に向かう。
二階の廊下にはいくつかの扉があり、ニルは一番手前の左の部屋に入って行った。
部屋には長い机が三つあり、十人程ならば余裕で席につけるだろう。
部屋の正面には黒板があり、教卓には何冊かの本が積まれている。
「ハイ、じゃあ席ついてねー」
ニルに促され、席につく。
席についたところで本が渡される。
その本をパラパラとめくると、何やら文字が書かれている。
しかし、少年はスラムの出なので、全く文字が読めない。
少年が首を捻っていると、ニルがニコニコ笑っているのに気がついた。
「大丈夫、皆最初はわからないから。ゆっくり学んで行こ」
「ハイ!頑張ります!」
「元気があるのはいい事だ!早速授業とするか!」
ニルはチョークを持ち、少年に本を開かせる。
「まず、文字を覚えよう!」
それから数週間、少年は必死に勉強に取り組んだ。
元々話している言語なので、文字の習得自体は早かった。
ある程度出来るようになり、授業も簡単に感じて来た頃、ニルは少年に新しい本を渡した。
「コレは算数の本だよ!仕事でも使うから、しっかり覚えてね!」
はつらつとしたその声を聞きながら、少年はページをめくる。
書かれている文字と数字の羅列。
まだ文字に慣れたばかりの少年は目眩を覚える。
「大丈夫!案外覚えたら簡単だから!」
ニルの励ましに僅かに気持ちが軽くなる。
「それじゃ!まず銅貨の価値は分かるかな?」
ニルは少年に問題を出す。
算数の話をしていたのに、何故お金の話になるのだ。と少年は首を傾げる。
「問題の出し方が悪かったね。じゃあ、銅貨一つでりんご一つ買えます。じゃあ、銅貨三個だといくつ買えるかな?」
「三つです」
少年は間髪入れずに答える。
「お、流石に簡単すぎたかな?じゃあ次、銅貨十枚で大銅貨と同じ価値になります。では、大銅貨一枚でリンゴはいくつ買える?」
少年は頭の中で思案する。
(大銅貨は銅貨十枚。リンゴは銅貨一枚…)
「リンゴが十個買えます!」
「大正解!天才だね!」
ニルの大袈裟すぎる褒め言葉に、少年は少し照れる。
「じゃあ、三問目。一気に難しくなるよ!リンゴを五個買います。その後に薬草を七本買います。さて、合計いくつ?」
「うーん…?」
少年は首を傾げる。
(リンゴは五個。薬草は七本…一、ニ、三…)
難しい顔をして思案する
「難しすぎたかな?頑張って!」
(…十、十一、十二…十二だ!)
少年はパッと顔を上げ、元気よく答える。
「十二です!」
「正解!」
少年はガッツポーズをし、喜びを表現する。
「どんどん行こう!」
「ハイ!」
「じゃあ次は…」
次の問題をニルが出そうとした時、何やら外が騒がしい事に気がついた。
「何かな?」
ニルは窓から外を見る。
少年はそれに続いて外を見る。
外には沢山の人と、鎧を装備した兵士達が見えた。
「え〜?何?何かやっちゃった?」
ニルは不安そうに、しかし、不安を誤魔化す様に話す。
ニルはパタパタと一階へ駆け降りる。
少年も駆け降り、階段からその行く末を見守る。
数人の兵士が店を物色し、残りが店の前を固めている。
あの人混みは野次馬のようだ。
階段からニルが駆け降りて来る。
「な、何の御用ですか?」
ニルは内心ヒヤヒヤしながらその中の隊長らしき兵士に問いかける。
隊長らしき兵士は疲れた顔でニルを睨み、口を開く。
「詳しくは言えないが、緑色の光宝石のような物を見なかったか?我々は王の命でそれを探しているのだ」
兵士の言葉にニルはホッとし、その後に首を振る。
階段から見ていた少年は、その言葉にハッとする。
「私共の店にはその様な物は置いていません。見た事もありません」
「そうか。念のため店を調べさせてもらうぞ」
「はい」
兵士達は店内を見て回る。
「二階も探しても?」
「ええ、良いですよ」
兵士は階段に向かって行く。
階段に居る少年は慌てて部屋に戻る。
少年が机に着いて直ぐに兵士が扉を開ける。
「少年、少し調べさせてくれ」
兵士はそう言って部屋をある程度見て回る。
何も無いと分かったのか、一礼して出て行った。
(緑色の光石…アレが…)
少年はミュアに渡した緑色の石を思い出し、冷や汗が背中を伝う。
(何かわからないけど、見つかったらやばい!絶対に殺される!)
少年はガタガタと震える。恐怖に思考が支配される。
しかし、少年は必死に恐怖を抑え、覚悟を決める。
(何があってもミュアだけは守ってみせる!)
握った拳には、震える程力が篭っていた。
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