三十九話 自然の脅威
ポツリ、ポツリと雨が降り始めた。少年とナレスは、木々の隙間から落ちてくる水滴を浴びながら、どこか雨宿りができる場所は無いかと早足で森を歩く。街を出てから野宿をしながら歩き続け、山脈を越えてその頂上から降りてくる最中だった。
「少年!あそこにちょうど良さそうなのがあります!」
ナレスが木のうろを見つけ、二人でそこに駆け込む。数百年は生きたのか、外から見てもかなり大きな木で、空洞も人二人が入れるほどの広さになっていた。
「急に降られてビックリした」
「そうだな…暫くは止みそうにない」
「今日は一日中雨かもしれないですね」
「ああ」
外を見ると、先程よりも雨足が激しくなり、景色が白く見えた。
「珍しいな。冬に雨なんて」
「ここら辺は山脈の麓だから、海風で運ばれた雲が雨を降らすんです」
土がぬかるみ、水溜まりがあちこちに見える。鳥の声は消え去り、獣の気配も遠のいた。ただ雨音が音色を奏でる中で、少年とナレスの二人は肩をくっつけて雨が止むのを待つ。
「そう言えば、貴方はなぜクルーと戦っていたのですか?」
「それは…クルーが喧嘩を売ってきたからだ」
「喧嘩?」
「そうだ。俺と戦え、勝った暁にはお前の欲しいものをやるとな」
「そうだったのですね…それで、何を貰ったのです?」
その問いに対し、少しの間を置いた後に少年は懐から小瓶を取り出した。
「赤い液体の入った小瓶?」
少年はコクリと頷き、話し始めた。
「俺は、この小瓶に入った液体を集めなければならない。コレは、俺に必要な特別な液体だ」
「かっこいいね」
「俺はその為に旅をし、必要とあらば人を殺める。そんな俺についてこなくてもいいんだぞ」
ナレスは、それに対してキョトンとした表情になった後、コロコロとした声で笑い始めた。
「な、何がおかしい」
「いえ、貴方は心配性だなって…だって、私がちゃんと自分で考えてついていっているのに、私に悲しい思いをさせたくなくってしつこく言っているのでしょう?」
「そうだが…」
「クルーを倒したりできる人なのに、面白い人」
「そうなのか…?いや、そんなんじゃない。それに、クルーを倒したのはお前だ」
「違いますよ。あそこまで追い詰めたのは貴方。私じゃ絶対に死んでました」
少年は頬を赤くして視線を逸らす。ナレスはそれでもお構いなしに少年を褒める。
「第一、その歳で旅をしているのも凄いです。私なんて、貴方よりも歳下なのに街から出られずに居た。だから、一歩を踏み出し、ここまで歩いてきた貴方は尊敬に値します」
「わかった、わかったからやめてくれ。暑くてたまらない」
未だに視線を逸らしている少年に、ナレスは口端を僅かに上げて微笑む。ナレスが少年を揶揄おうとした時、少年が急に遠くを見つめるような真剣な眼差しを外に向けた。
「ど、どうしたの」
少年はそれを遮り、ナレスに人差し指を突き出す。
「静かに」
ナレスは困惑しながらも、少年が向ける方に視線を向ける。すると、木々の間、遠くの方に何かが見えた。よく見えないため、目を細めて凝視する。すると、森の中からニョロニョロと巨大な蛇の頭部が幾つも伸びているのが見えた。
(アレは!?大蛇の群れにも見えるけど、流石に大きすぎる…)
焦る気持ちでそのまま観察していると、群れの蛇が一斉に頭を天に向け、口を開いて何かを吐き出した。その何かはふわふわと空に登ってゆく。だが、その直後は特に何も無かった。
(何をしたの…集団の求愛行動…?)
そうやって考えていると、急に雨が強まった。異常なほど激しくなる雨は、木々を穿ち、岩に穴を刻む。
(今度は何!?この異常気象、ただの大雨じゃない…!)
困惑していると、ふと地面が小刻みに揺れていることに気がついた。揺れは徐々にハッキリとなり、更に轟音が響き渡る。
「コレは…!」
「まさか!」
少年が大剣を傘に木のうろから頭を出して音する方を見ると、山の上の方から茶色い濁流が木々を薙ぎ倒しながら流れ落ちているのが見えた。
雨水は流れを作る。山の上の方から集まり、徐々に勢いを増す。濁流となった雨水は、大地を削りながら低い方へと流れてゆく。
「まずいッ!ナレス!適当な物に掴まってろ!」
「そうは言っても!ここは木のうろです!何も無い!」
パニックに陥った頭では何も考えられない。さっき頭を少し出しただけでも、頭の上に掲げていた大剣に雨粒の衝撃が伝わってきたので、外は危険なことがわかる。
逃げ場が無い。そんな状況で何かできることはないかと思考を巡らす。だが、何も出てこない。刻一刻と迫る中、少年は賭けに出た。奇跡を信じると言う賭けに。
「ナレス!俺に掴まって、風魔法で囲め!」
「わ、わかった」
ナレスは少年にしがみつき、風魔法で二人を囲む。二人は木のうろから飛び出し、外の木に掴まる。先程、魔法で自分たちを囲った事により、雨を弾いて身を守ることができたのだ。
少年は懐から小瓶を取り出し、蓋を開けて口に咥える。
山頂の方を見上げると、すぐそこまで濁流が迫っている。眼前まで迫った濁流はひどく濁っており、飲み込まれた木々がぶつかり合って凄まじい轟音を立てている。
ナレスは目をギュッと瞑り、少年を掴む手に力を入れて衝撃に備える。その直後、まるで高所から水面に向かって腹から落ちたような衝撃が全身に加わる。その衝撃は脳を揺らし、意識を簡単に手放してしまった。
暗い、夢と現の狭間のような感覚。水に揺蕩うように身体がふわふわと浮いていた。心地よい暖かさが身体を包む。
(私は…何を…)
頭が回らない。まるで霧がかかったように不鮮明な思考の中、ナレスは必死に思い出そうとする。大切な、大事な記憶を。ナレスの頭の中では、幼い記憶が浮かんでいた。普段よりも明るい、大きな月が水平線の少し上から広大な海を照らす。砂浜の海岸で、裸足で佇む。海が煌めき、星々は祝福するように瞬く。その時、初めて美しいと言う感情が胸に浮かんだ。そんな記憶が…
少年は身体が痛むので目を覚ました。雨は止んでいるようで、顔を上げてみればそこは、平地の河畔であった。黒い雲がチラホラと浮かんでいる空には青い色も見え、冬の澄んだ空気が肌を刺す。
「ゴホッ!ゴホゴホッ!」
気管に水が入ったのか、ガラガラと音を立てながら咳き込む。ふーっと息を吐き、息を整える。
濡れた上着を脱ぎ捨て、凍える身体に鞭を打って立ち上がる。
「ナレス!どこだ!」
そう大声を出しながら辺りを見回すと、比較的近い場所でナレスが倒れていた。
「ナレス!大丈夫か!?」
駆け寄り、肩を揺らしてみるが、反応は無い。うつ伏せになっているので仰向けにし、口元に手をかざして呼吸を確認する。僅かだが、呼吸をしているのがわかり、動悸がする胸を抑えて安堵した。
「ん…んんっ…」
少しすると呻き声を上げて瞼がピクリと動いた。顔を覗き込み、状態を確認する。ゆっくりと瞼が開き、綺麗な瞳が露わとなる。起きたばかりでボンヤリとしているが、大丈夫なようだ。
「大丈夫か?ナレス」
「少年…ここは?」
「わからない。俺たちのいた山からだいぶ流されてきたみたいだ」
少年はそう言いながら山脈の方を指差す。未だに山の上には黒い雲が浮かんでおり、まるで傘を被ったように見える。
「本当だ…」
「とにかく生きていて良かった。一か八かに賭けて良かった」
「何かしたの?」
ナレスはボンヤリとしながら頭を傾げる。
「それは…」
少年はゆっくりと話し始めた。
二人が濁流に飲み込まれる直前、ナレスの風魔法によって濁流の勢いが僅かに弱まった。その時間に少年は口に咥えた小瓶に入った血液を一気に飲み干した。血液を飲み込んだ事により、破壊の能力が少年の身体から溢れ出て暴れ回る。その力は二人の周りの水を破壊し、小さな空間を作り出したのだ。
それによって生き延びた。少年はそう言いながら自分の手を見つめる。
「そうだったんだ…ありがとうございます。助けてくれて」
「いや、お前が居なけりゃ俺も死んでた。こちらこそありがとう」
そう言って二人で見合う。すると、ナレスがプッと吹き出して笑い声を上げた。少年は釣られて頰が緩むのを感じた。
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