三十六話 冒険者との出会い
天使の羽根がフワリと舞い落ちる。炎のようなオレンジ色の羽根はやがて地面に落ち、その瞬間に燃えて消え去った。いつか少年と出会った天使、ウリエルが両手を広げて降臨する。
ウリエルの威光に、二人と一匹は思わず膝を折りそうになる。それをグッと堪えながら少年は天使を睨みつける。
『また会いましたね。神の器よ。先程、貴方が言った疑問にお答えしましょう。何故、街が危機に晒されたにも拘わらず、民達が普段通りの暮らしをしていたのか』
ウリエルは、お告げを告げるかのように仰々しく話す。
『あの日、民達は死を悟りました。迫り来る黄金に身を蝕まれ、街すらも純金に変わるそのさまに。ですが、それでは貴方が安らぐ事ができない…そこで、民に告げたのです。「何も無かった」と』
「お前、洗脳をしたのか」
『洗脳とは人聞きの悪い。民を落ち着かせただけですよ』
ウリエルの腹の内のわからないような微笑に、ゾクりと寒気が走る。少年は頬に汗が伝うのを感じながら、ウリエルの動きを見ていた。
そんな二人を見ていたナレスが口を開く。
「少し、よろしいでしょうか。話に割って入ってすみません。何故、この少年の元にご降臨なさったのです?」
ウリエルはその質問を静かに聞き、話が終わった後にゆっくりとした動作でナレスに近づく。ウリエルは何かナレスに危害を加えるのでは無いかと危惧し、ウリエルの前に立ちはだかった。
「手は出すなよ」
『何もしません。ただ、質問に答えるだけです』
「変な気を起こしてみろ。殺すからな」
ウリエルは無言で微笑むと、ナレスの方を見る。
『この少年には、特別なものがあるのです。今はわからないかもしれませんが、いずれ、わかります。それまでの間、少年との思い出を育むことですね』
ウリエルの不穏な言い方にナレスは激しい胸騒ぎを覚える。今後、少年の身に何かあるのでは無いかと不安になった。
ウリエルは少年とナレスを一瞥すると、その後狐に視線を移す。すると、今まで傍観していた狐が急にウリエルに向かって炎のブレスを吐いた。ウリエルは迫る炎の塊を見ても顔色一つ変えずに、逆に炎を自ら迎えるように腕を広げた。
ウリエルは炎に呑まれて見えなくなる。それでも狐は、まだ何かある筈だと警戒をより強くしながら次の行動を考えていた。すると、何かが急に視界の端から一瞬現れた。振り向いた瞬間、その視界がズレた。
『な…にが…』
やがて地面が迫り来る。視界に光が消えた。
それを見ていた二人は、その光景に思わず息を呑んだ。
まず、炎に呑まれたウリエルだったが、ゆっくりとした動きで地面に舞い降り、そのままぐるりと狐の背後に回った。炎の中にウリエルが居ると思っている狐の背後で炎の剣を造り、そのまま縦に両断してしまった。二人の目には、そう映っていたのだ。
倒れた狐は、その身を形作る炎が散って消えてしまった。
「アレって…少年も使っていた…」
「気配を消す技だ」
『ええ、器の貴方が使っていたものと同じですよ。気配を消すと言うよりも自然に溶け込む技。神は、この世、森羅万象を創造した。それとは即ち神は自然である。神の直属の天使である私たちと、神の血液を飲んだ貴方だけが使える技。似たようなものはありますがね』
「成る程な…ところで、お前は今私たちと言ったな?お前以外にも天使が居るということか」
ウリエルは少年の話を聞きながらフワリと浮き上がる。ある程度たかいところまで上がると、一旦停止して少年を見据える。
『……』
無言で見つめた後、無機質に微笑んでゆっくりと光に溶けてゆく。
「今後のお楽しみというところか…」
少年は掴みどころの無いウリエルの行動に頭を掻く。ウリエルが完全に消えると、辺りに漂っていたただならぬ気配も消え、緊張の糸が切れたナレスが息を吐きながらへたり込む。少年も肩の力を入れすぎたのか、肩を揉んだり腕を回したりしている。
「少しばかりヒヤヒヤしたな」
「あんな神々しいオーラ、初めてです」
二人は心を落ち着かせると、街道に沿って歩き始めた。
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森の中、眠る藤也とアンを見ていた霊華が、急に顔色を変えて何処か遠くを見る。表情には少しばかりの焦燥と驚きが見て取れる。
「これはいけないな。強く作った筈だったが…」
頭を掻きながらアハハと苦笑した。ゆっくりと立ち上がり、反応の消えた方向を見つめる。
「天使…ねぇ…何処の宗教だ…?神とか言っていたが」
霊華は徐に拳と拳を合わせるような動作をする。まるで刀を持っているかのように腰に手を当てる。紫電一閃、振り返りながら抜刀すると、いつの間にか背後に迫っていた食屍鬼を両断した。
気がつけば手に刀を握っている。抜刀の動作をした瞬間に作り出したのだろう。血振るいをすると、納刀するような動作で刀を炎に戻して消す。
「グールか…あまり良い気がしないな。どこかで自然発生したのか?」
そうやってグールを見ていると、眠っていた二人が起きた。
「師匠…どうかしたんですか?」
「どうしたの…?」
二人は寝ぼけ眼を擦りながら霊華の下に歩いて来る。そして、霊華の見ていたものを見ると、少し硬直した後、絶叫して飛び跳ねた。
「うわぁぁぁっ!!」
「何コレェ!」
二人が尻餅をついて大袈裟に驚いたので、霊華は思わず吹き出してしまった。
「アハハっ!驚きすぎだろ。さっき襲ってきたグールだよ」
「そりゃ驚きますよ!だってゾンビみたいなのがいるんですから!」
「予想の斜め上をいってるよ…目が覚めちゃったし…」
霊華はひとしきり笑い終えると、気持ちを切り替えて二人に次の指示を出す。
「よし、疲れは取れたな。ヤマタノオロチのせいでだいぶ予定が狂った。街道を逸れちまったから、ここから少し先にある別の街道に出てそこから帳尻を合わせるぞ」
「「はい!」」
三人は街道を目指して森を掻き分ける。高く太い木々の足元は暗く、ジメジメとしているので、苔やシダが鬱蒼と茂り、歩みを阻む。
想定よりも時間がかかり、街道に出た頃には一日が経過していた。
「すっかり夜だね」
「そうだな。街道の真ん中で野営するわけにも行かないし、ある程度休憩できるスペースがあると思うから、少し進むぞ」
地図を見て進行方向を確認し、そちらに歩き出した。地図には少し行った場所に休憩できそうな地点があるので、そこまで行くことにする。月明かり以外無い夜だが、それに慣れると案外見えるものだ。青白い月明かりが綺麗で、むしろそちらの方が良いとまで言える。
少し歩くと、やはり休憩できそうな場所があった。しかし、先客がいるようで、焚き火の淡い光が漏れて出していた。
霊華を先頭にして警戒しながらそこに行く。例え人間であろうと、警戒は怠ってはならない。
「こんばんは」
そう挨拶しながら顔を出すと、野営していた冒険者らしき集団が慌てて武器に手を伸ばす。しかし、相手が小さな少女だとわかると、あからさまに安心し、息を吐いて座り込む。
「こんばんは。嬢ちゃん」
集団の中のリーダーらしき筋骨隆々な男が柔らかいもの腰で挨拶をしてきた。
「こんばんは。驚かせてすみません」
「いや、大丈夫だ」
「それと、仲間も居るのですが、ここでご一緒してよろしいでしょうか?」
「ああ、良いとも。見張りもしてやるから安心してくれ」
「ありがとうございます。ほら、出てきて良いぞ」
残った二人も顔を出すと、冒険者達は奇異の視線を向ける。少年と少女だけで旅をしているのが珍しかったのか、心配をするような反応をした人も居た。
「三人だけで、しかも年も若いじゃないか。そんなんじゃ危ないぞ」
「いえ、大丈夫です。私が二人を守るので」
すると、それを聞いた冒険者の内の一人が笑いながら話に割り込んできた。
「あっはっはっ!嬢ちゃん!冗談はよせよ」
細身だが、しっかりと筋肉がついている男が、大笑いで涙まで浮かべている。
藤也はその態度に少しイラッときたが、なんとか心を落ち着かせる。
「心配ありがとうございます。ですが、大丈夫ですので」
愛想笑いを崩さずに対応していると、仲間の女性が困った顔で様子を見にきた。大人な女性と言った印象だ。
「悪いけど、自然はそんなに甘く無いわよ…命が無くなってからは遅いわ」
「…そうですね。よく…わかります」
そこで霊華の表情が少し暗くなった。昔のことを思い出しながら言葉を搾り出す。
「…ごめんなさい。私デリカシーが無かったわね」
「昔の事ですので気負わないでください」
「あんた、だいぶ経験豊富そうだが、姿と年が一致して無いんじゃ無いか?」
リーダーの言葉に、霊華はハッと顔を上げる。なんと察しのいい人なのだろうと思い、霊華の中でのこの人の好感度が少し上がった。
「正解です。年齢は伏せますが、この姿よりもずっと年は上です」
「そうだったのか嬢ちゃん。悪かった」
先程大笑いしていた冒険者も、態度を変えて霊華と接する。
「その耳と尻尾、獣人か?獣人は長命だと聞いた事が無えが」
「まぁ、似たようなものですね」
「ふわふわで可愛いわね」
女性の冒険者は霊華の尻尾に手を伸ばす。
「きゃっ!」
霊華の口から可愛い少女の驚いた声が漏れる。霊華は自分から出た声に驚きながら、顔を真っ赤にして口を押さえる。
藤也とアンも、霊華の意外な一面に呆気に取られた。
「あっ!ごめんなさい!思わず触っちゃって…」
「い、いいんです」
霊華はバクバクと鳴る胸を押さえながら女性をあしらう。
霊華は照れ隠しをするように咳払いをする。
「コホン。では、自己紹介をしましょうか。私は霊華。こちらの二人は藤也とアンです。以後お見知り置きを」
「よろしくな。霊華!俺はこのチームのリーダーをしている。カーターだ」
「俺ァガットよろしくなぁ!」
「私はキャシー。よろしく」
そして、今まで後ろで見ていた二人も出てきて挨拶をする。
「ワタクシはブランと申します。」
「僕はマオ!よろしくね!」
ブランと名乗った男は落ち着いた雰囲気で、礼儀正しい。マオと名乗った女は、明るい性格に見える。
「今日はもう暗い。自己紹介はほどほどにして、そろそろ寝ようか」
「はい。私たちはこちらで寝ますね」
「そこでいいのか?」
「ええ、お気になさらず」
霊華はそう言うと、木にもたれかかって目を閉じて眠るような仕草をする。それに習い、藤也とアンも木にもたれかかって眠った。
藤也は慣れない寝方でなかなか寝付けなかった。
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