三十四話 逃亡
「すぐに支度をしろ!最低限、必要なものだけ持て!」
霊華が叫ぶ様に指示を飛ばす。アンと藤也は慌ただしく城の中を右往左往し、必要そうな物を片っ端からバックに詰め込む。霊華もその姿を見てちゃんと行えているか確認した後、自分のバッグを取り出して物を詰め込み始めた。
一見すると普通のバッグだが、その大きさより大きい、入りそうに無い木刀がするりと入ってゆく。霊華は魔法のバッグがしっかり機能する事を確認し、ポイポイと物を投げ込む。
数分であらかた準備が終わり、三人は城の扉を後ろ髪を引かれる思いでくぐった。
外はシンッとしており、冬の始まりらしい凍えるような寒さが身を突き刺す。
「今までありがとう。また帰ってくるよ」
霊華が城に向かって頭を下げ、静かな声で礼を言う。吐く息が白く染まり、すぐに消えてゆく。
「そうだ。刀を…昔の相棒を持って行っても良いか?墓標の代わりにしているんだ」
申し訳そうに言う霊華に、二人はコクリと頷く。霊華は僅かに顔を和らげ、懐旧の念を抱きながらそっと刀に触れる。
昔の、艶のあった黒い鞘とはうって変わり、所々黒い塗装が剥がれて貧相な様相と化している。
「すまんな。外に出しっぱなしで。でもコレが無いとアイツらが寂しがるんだ」
刀に語りかけ、顔をあげる。目の前の墓に手を合わせ、眠る亡友に暫しの別れを伝える。
(ルージュ、クロウ、行ってくるよ。大丈夫。俺はまた戻ってくるし、それに、いつでも俺らは一緒だろ?)
それを見ていた藤也は、顰めっ面とも泣きっ面とも取れない表情の霊華が、複雑な心境である事を悟った。数百年、ゆっくりとした時の流れを共にした住処を後にし、時間が経ってガラリと変わった世界にまた足を踏み入れるのだ。不安や憂いがあるのは当然だ。
霊華は報告を済ませ、少しだけスッキリとした顔で二人の元に戻ってきた。
「師匠。旅の目的地はどこですか?」
「取り敢えず、ウィールデン国に行こうと思う。変わってなければだがな」
「今はウィールデンじゃなくて、レイカ教国の領地、ウィールウォールになっているわね。元ウィールデンの首都が、レイカ教国の大事な街となってるの」
「レイカ教国か…絶対に俺が関係している名前だな」
「大正解」
霊華は何とも言えない引き攣った顔で乾いた笑いをこぼした。
「面倒になりそうだから、極力バレないように。それじゃ、出発だ」
三人の旅が始まった。
霊華は、藤也の持っていた地図を広げ、旅の経路を歩きながら確認する。
「ウィールデンに向かうには、北から周るルートと西から直接行くルートがある。西から行けば早いが、藤也曰くきな臭くなっているらしい。敵を欺く為にも、危険が多く遠回りになる北から行こうと思う」
歩き初めて数時間で住み慣れた霧の森を抜け、東の空が白み始める頃に街道に出た。街道は人の往来によってある程度地面が踏み固められ、起伏も少ないので楽に歩く事ができる。更に、弱い動物や魔物は人を恐れて滅多に現れなくなる。しかしその反面、強力な動物や魔物は人を狙って襲ってくるので、危険なことには変わらない。
急に霊華が足を止める。霊華は二人に指を立てて静かにするよう伝える。藤也は何事かと辺りを見回すが、何も感じない。どうしたのかと書こうとした瞬間、藤也の背後から巨大な何かが飛んできた。
「っ!?」
藤也は思わず手で顔を覆って防ごうとする。来るはずの衝撃を待っていたが、一向にそれが来ない。恐る恐る目を開けると、攻撃を切り裂き、残心する霊華の姿があった。
攻撃をしてきた何者かは、攻撃が防がれたことに苛立ちを覚えたのか、更に攻撃をしてくる。
薮を倒しながら巨大な泥の塊が飛んでくる。霊華はその泥の塊を切り裂く。
「出てきな。弱虫野郎」
霊華がそう挑発すると、それに応える様に森の中から八匹の蛇の首が現れた。あまりの数の多さに霊華は炎を出して臨戦体制を取る。しかし、蛇の体の全容が見えてくると、三人は目を見開いた。
八本の大木の様なガッシリした首に、それらが生える極太の胴体。八本の尾。なんと、蛇は八匹では無く、全て合わせて一匹だったのだ。
「ヤマタノオロチだと!?日本神話に出てくる奴じゃねえか!」
神話として伝わるヤマタノオロチとそっくりな生物に、霊華は驚愕の声を上げる。
ヤマタノオロチは首をもたげると、空に向かって咆哮を放った。すると、次第に雲が集まり、天気が急に雨に変わった。
「天候も操れるの!?」
まさに神のような力に、アンは仰天する。藤也は間抜けな顔をして口をパクパクしていた。そんな中、霊華はヤマタノオロチと睨み合い、強烈な殺気を飛ばしていた。
霊華は疾風の如し速さでヤマタノオロチに肉薄し、一つの首を切り裂きながら駆け上がっていった。炎を纏わせた刀は傷口を燃え上がらせる。
ヤマタノオロチの頭上、霊華は刀を上段に構え、機会を伺っていた。ヤマタノオロチが霊華を撃ち落とそうと、その顎門を大きく開き、泥の塊を放つ。霊華は炎を纏った刀で迫り来る泥を両断し、そこから更に反撃をする。空中で加速する為に炎の推進力を使い、一瞬でヤマタノオロチに肉薄する。八本ある内の一本を目掛け、刀を左から横薙ぎに振るう。
ヤマタノオロチの首が綺麗に切れ落ち、激痛によりヤマタノオロチはのたうち回る。
「今のうちに逃げるぞ!」
着地した霊華はすぐに二人の元へ戻り、手を引いて逃げる。
「師匠!何故逃げるのです!?」
手を引かれる藤也は、逃げる逃げるのか理解ができなく、混乱した頭で疑問に思う。
そんな藤也に、霊華は叱咤するように叫ぶ。
「お前らが居るからだ!天候を変える程の力がある怪物をどうやって倒すんだ!アイツはまだ本気じゃ無い。首を切られても本気を出さない化け物、俺一人ならまだしも、お前らを守りながらじゃ無理だ!」
その言葉にハッとした藤也は、改めてヤマタノオロチの恐ろしさと、自分達の弱さを実感した。
それから暫く走り続け、数キロ程走ったところで足を止める。霊華が周辺を見回して安全な事を確認し、ヘタリと地面に座り込む。
「あぁーっ。死ぬかと思った」
先程の緊迫感ある声とは打って変わり、間の抜けた声が響き渡る。その声に緊張の糸がプツンと切れた藤也は、全身の力が抜けるのを感じた。
「怖かったぁーっ!なぁ。アン?」
同意を求めようとアンの方を向くと、真っ青な顔で異常なくらい震えてるいた。明らかに平常では無い様子に、藤也は不安を感じながら駆け寄る。アンに触れると、その震えが直に伝わってくる。
「師匠!アンが!」
「…っ!」
霊華に助けを求めると、大慌てで走ってくる。霊華はアンの身体を抱き、ゆっくりと地面に座らせてやる。
「大丈夫。大丈夫だから。落ち着け」
優しく、諭すように声をかけて落ち着かせる。アンの震えは止まらなかったが、真っ青だった顔に次第に生気が戻ってきた。
「大丈夫だからな…」
背中を摩ると、安心したアンの瞳からぽろぽろと大粒の涙が溢れてくる。
「うわぁぁぁん…!」
アンは、大きな泣き声をあげ、霊華の胸に顔を押し付ける。霊華は母親のようにアンを抱きしめていた。
「師匠…」
アンは泣き疲れて眠ってしまい、藤也はその様子を静かに見ていた。
「アンには…砂鯨の血が流れている。本能的に危険だと感じたんだろう。砂鯨は悪戯好きで、心優しく、臆病な生き物だ。だから恐怖を強く感じてしまったのだろうな」
「そう…だったんですね…」
「もしかしたら、俺が死んでしまうかもしれない。その時は、アンを頼むぞ」
「…っ!?師匠っ!」
「しっ!静かに」
「すいません…」
大きな声を出した藤也に、霊華は口に指をやって静かにさせる。幸い、アンは起きていないようだ。
「師匠は死にませんよ…強いんですから」
「そんな事を言ってもな、俺より強い奴はわんさか居る。八百年、その時間が俺をゆっくりと弱らせる」
霊華はそう語りながら寂しそうに胸に手を置く。
「昔使えていた力も次第に弱まり、使うたびに弱くなっている。今じゃ、炎を出す事しか出来ないくらいだ」
「そんな…」
「それでも、後れを取るつもりは無いぞ。安心しろ」
藤也はその答えに安心する。安心すると、急に眠気が襲ってきた。うとうと船を漕いでいると、霊華がそれに気がつく。
「深夜から歩き続けて疲れたろ。見張りは俺がする。少しだけでも寝とけ」
藤也はその言葉に甘え、木にもたれかかって瞳を閉じた。
読んで頂きありがとうございます。
誤字脱字などがありましたら教えて頂ければ幸いです。
評価や感想などもお待ちしてます。




