三十三話 平穏を脅かす来訪者
霧に満ちる森の中、木刀を打ち合う音が木霊する。片方は死に物狂いで木刀を振るい、もう一方は涼しい顔で受け流す。
「動きに隙が多いぞ」
霊華は藤也にそう指摘して、隙だらけの頭に木刀を打つ。ゴンッと鈍い音が鳴り、藤也は思わず仰け反る。
「いったぁぁぁいっ!!」
涙目で痛む頭を押さえて叫ぶ。そんな藤也を見下ろしながら、霊華は思案する。
(いつまで経っても動きが拙い。日頃の筋トレのお陰で威力は多少上がってるが、技と呼べるものでは無いな)
どうしたものか、と深く考えにふけっていると、藤也が顔を覗き込んできた。
「師匠。どうしたんですか?俺、悪い事しましたか?」
「いや、そうじゃ無いんだ。お前の動きがいつまでも単調だからな。どうすればいいか考えてたんだ」
「えっ!?俺、そんな下手ですか!?」
藤也は、ガーンッという効果音が見えそうな程ショックを受ける。
「ししょーっ。俺を見限らないでくださいー」
藤也は涙を流して霊華に縋り付く。霊華は困った顔で藤也を宥める。
藤也が落ち着いたところで、霊華は困った顔をしてふと呟く。
「困ったなぁ。ものを教えるのはこんなに難しいのか…あっ!そうだ!」
霊華が急に大声を出したので、藤也のビクッと肩が跳ねる。
「何事ですか。師匠」
「妙案が浮かんだんだよ。試しにやってみようじゃないか」
霊華はそう言うと、木刀を握りしめて藤也から少し距離を取る。木刀を上段に構え、ピタリと動きを止める。それに伴って辺りはしんっとし、息を呑む音さえ聞こえてくるようだった。
少し時間が過ぎ、霊華はやっと動き出した。木刀を思い切り振り下ろし、刃を反転させてすぐさま振り上げる。先程の静かさとは打って変わり、空を切る音が高らかに鳴り響く。
「『桜花乱舞•散り桜』そして、『桜花乱舞•返り咲き』だ。言ってしまえば単純な燕返しなんだがな」
「それで…コレを俺にやれと?」
「そう言う事だ。理解が早くて助かる。早速やってみてくれ」
藤也は同じように木刀を上段に構え、振り下ろした後振り上げた。しかし、霊華のようにはいかず、空を切る音どころか、木刀の重さに振り回されて、軌道がブレてしまった。
「ぐぬぬ…」
上手くいかず、悔しげに唸っている藤也に、霊華は暖かい眼差しを向ける。
「ほら、一緒にやってみよう」
藤也の手を取り、一緒に木刀を振る。ゆっくりと優しい手つきで。しかし、熱心な心が伝わるように真剣に。
「なんか…わかんないけど、わかるような…」
「なんだそりゃ。でも、振り下ろしは良かったぞ」
「毎日素振りしている甲斐がありましたね。ただ、振り上げるのがちょっと…」
「確かにな。振り上げが苦手そうだったから、今日から振り上げの素振りも取り入れてみろ」
「ハイっ!」
藤也は元気よく返事をし、真剣に素振りをし始めた。
それから数時間後、すっかり日も暮れ、カラスが帰り始める頃、藤也と霊華は城へと戻り、夕食の準備をしていた。藤也は食材を切り、霊華が調理をする。そして、途中から入ってきたアンが味見と称して摘み食い。
「コラっ!摘み食いをするなと何度言えばわかるんじゃい!」
「うへぇ。すみませーん」
アンは悪びれる様子も無く、次の食べ物に手を伸ばしていた。
「阿保!」
「痛っ」
霊華は、伸びてきたアンの手をはたき、摘み食いを阻止する。手を振り、あっちに行けとジェスチャーをする。アンはすごすごと引き下がり、居間へと帰って行った。
「全く。困ったもんだ」
霊華は腰に手を当て、アンの態度に憤る。そんな霊華に、藤也は気まずそうに声をかける。
「あの、えっと、アンはきっと寂しいんじゃ無いですか?」
「え?」
「師匠が俺に付きっきりで教えてるから、アンはその間ひとりぼっちですよね。アンって、実は寂しがり屋な性格で、嫉妬深い所もあるんです。だから、俺たちが構ってくれなくて寂しいんですよ」
「成る程な…それなら、悪いことをしてしまったな」
「お互い、反省ですね」
「だな」
二人は目を見合わせ、互いに頷いた。
夕食の時間。出来上がった料理を三人で囲みながら食事をしていた。
「なあ、アン。俺にちょっかいをかけてるのって、もしかして、構って欲しいからか?」
霊華が早速切り込んできた。
それを聞いたアンは、一瞬驚いたような表情になるが、すぐに顔を逸らしてしまう。
「そ、そんなんじゃ無い!暇だったからよ!」
「本当に?」
「本当だよ!」
「あ〜あ、明日は一緒に遊んでやろうと思ったのに」
霊華の言葉に、アンはピクッと肩を震わせる。その反応に、霊華と藤也はニヤニヤと気持ちの悪い視線を向ける。
「今喜んだでしょ」
「よ、喜んでなんか無い!」
アンは頬を赤らめ、明らかに照れている様だった。
霊華とアンのじゃれ合う様子見て、藤也はホッとする。アンの繊細な心が傷ついていたらどうしようという思いがあり、もし傷ついていたら、何故早く気がつけなかったのかと罪悪感を抱えるところだったからだ。
夕食は和やかな雰囲気のまま進み、料理も無くなってきて、腹も膨れてきた。
「それじゃ、ご馳走様でした」
「「ご馳走様でした」」
手を合わせて食後の挨拶をし、皿を流し台に持ってゆく。三人で手分けして片付けをし、その後に順々で風呂に入る。そんないつものルーティンをしていると、急に霊華が立ち上がり、真剣な顔で何処かに意識を向けていた。
「お兄ちゃん?」
アンが心配そうな表情で霊華を見つめる。暫く黙っていた霊華だが、アンに向かって指示を出す。
「藤也を呼んできてくれ」
「でもお風呂に…」
「良いから今すぐ」
「わ、わかった」
あまりの気迫に気圧されるアン。駆け足で風呂場に向かい、扉を勢いよく開く。
「うわ!びっくりした!」
急にアンが来たことに驚く藤也。普段なら恥じらうところだが、アンのいつもと違う様子に何かを察する。
「藤也!今すぐ来て!」
「了解!」
すぐさま湯船から上がり、身体をザッと拭いて服を着る。走るアンの後ろについて行き、霊華のいる居間へと向かう。
居間では、真剣な表情をした霊華が椅子に座っていた。
「どうしたんですか!師匠!」
勢いよく机に手をつき、霊華の異様な様子の説明を求める。霊華はゆっくりと、神妙な面持ちで話し始めた。
「外に、複数の生物の気配がある。肌を突くような殺気。恐らく俺たちを殺しに来た何者かだ。理由はわからないが、後回しにする。この霧の森に隠れた城を見つけたんだ。手練の可能性が高い」
「……っ」
誰かが息を呑む音が聞こえる程、真剣に霊華の話に聞き入っていた。霊華は淡々と話を続ける。
「お前たちは俺から離れるな。もし離れたら、極力逃げに徹し、無理に戦おうとするな。いいな」
二人はコクリと頷く。霊華は立ち上がり、外へと繋がる大きな扉を見つめる。無音な空間に重い空気がのしかかる。秒針が音を刻むように、心音が聞こえてくる。その音はとてもうるさく、鼓膜自身が鼓動しているかのようにも思えた。
しかし、その静寂はいきなり破られる事となった。
バンッと大きな音を立てて扉が勢いよく開き、大きな丸太と共に、沢山の黒いローブを纏った者達が雪崩れ込んできた。襲撃者達は三人を取り囲み、逃がすまいとこちらを睨みつける。
藤也はその光景に思わず足が竦む。更に嫌な汗がドッと溢れてきた。
「お前達は何者だ?何の用があって襲撃をしにきた?」
霊華が襲撃者達に問いかける。しかし、襲撃者達は何も言わず、ただ様子を窺っているだけだった。
「襲撃を否定しないなら、こちらも実力行使に出させてもらうぞ!」
霊華は凄まじい殺気と共に身体から炎を出し、身体に纏う。
それを合図に、襲撃者は一斉に飛びかかってきた。
全方位から剣を持って襲い掛かる襲撃者達。霊華は炎を放射状に放ち、城が燃えるのも気にせずに襲撃者達を燃やし尽くす。
「熱つっ!」
焦げる様な熱風に顔を覆う藤也。視界いっぱいを埋め尽くす緋色に、どこか美しさと神々しさを覚えた。
炎の勢いが収まり、次第に城内部の状況が見えてきた。黒焦げの死体が幾つも転がっており、その威力の凄まじさがわかる。魔法を使ってなんとか防いだ者もいたようだが、その数も少なく、怪我をしている者もいた。
家具に炎が引火し、メラメラと炎が揺らいでいるが、霊華が炎を操って消火している。
「お前ら何が用だ。返答次第では、命までは取らんぞ」
霊華は残党達の前に立ちはだかり、腕を組んで問い詰める。残党達は互いに顔を見合わせ、どうしようかと考える。そして、その内の一人が躊躇いがちに口を開く。
「俺たちは…雇われたんだ…聖職者と名乗る奴らが大金持って来て、思わず首を縦に振っちまったよ」
「聖職者…ねぇ。お前達は殺しを家業としてるのか?」
「いいや、そんな事しねえよ。俺達は半端な冒険者なんだ。ろくな力も無いから、金に困ってたんだよ」
「ふぅん、成る程な。今回の事を口外せず、二度と殺しの依頼を受けないと言うなら逃してやろう」
霊華のその提案に、冒険者と名乗る男達は表情を明るくさせる。
「わ、わかった!口外しないし、二度とやらねえ!だから許してくれ!」
「そうか。じゃあさっさと家に帰りな」
霊華がそう言うと、冒険者達は蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げて行った。
霊華は、その後ろ姿を真剣な表情で見つめていた。
ひと段落し、三人は肩の力を抜く。ほっと胸を撫でおろし、壁にもたれかかったり、椅子に座ったりした。
「驚いたな。ここがわかるとは」
「私達も、お兄ちゃんの助けが無かったらわからなかったしね」
「うん。でも、これってだいぶ不味くないですか?雇い主はこの場所がわかるっていうことだから、コレからも襲撃者が来ないとは言えないですし」
霊華は腕を組んで俯き、険しい顔で何か考え込む。ため息を吐き、重い口を切る。
「ここを離れよう」
その発言に、藤也はただ歯を食い縛ることしかできなかった。
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